第20話 建国
《エレノア視点》
「‥‥おい、言われた通り森に火を点けたが‥‥俺たち、本当に大丈夫なんだよな?」
「昨晩は激しい雨も降っていたし、多分、森の火はもう沈火していると思うぞ‥‥? まさか、アグネリア男爵家の聖騎士たちが、今、この村への報復のために向かってきている―――なんてことにはなっていないよな!?」
「あ、あんな得体の知れない漆黒の騎士の言うことなんて、信じない方が良かったんじゃないのか? 騙されているんじゃないのか、俺たち!?」
――――早朝、午前八時。村人たちは中央広場に集まり、ザワザワと騒ぎ始めた。
私はそんな村人の姿を見て、思わず大きくため息を吐いてしまう。
(何故、彼らはロクス様を信じないのだろう。あの御方は、約束を違えるような人ではないというのに)
そもそも、ロクス様は私たち村人を見捨てることなど、最初から容易だったはずだ。
それなのに、彼は村の人間に発破をかけ、私たちにアグネリア男爵家の周囲にある森に火を点けろと指示を飛ばしてきた。
その言動のどこに、裏があるというのか。
私たちのために剣を振ってくださった彼には、感謝の感情しか普通ないだろう。
「‥‥‥‥それなのに、何でロクス様の愚痴を言っているわけ? 本当、この村の男の人たちは、ろくでもない人ばっかり―――――あ!」
遠くの方から、馬に乗って一人の騎士と、複数名の騎士が近付いて来た。
その光景にアグネリア男爵家の騎士が村を攻め滅ぼしにやってきたのだと思ったのか、村人たちは悲鳴を上げ始める。
だけど、私はそれが――――ロクス様であることが、何故だか分かった。
「ロクス様!! お帰りなさい!!」
前へと出て手を振り、私は彼の帰還を迎え入れる。
ロクス様は手綱を引いて、漆黒の黒馬を止めると、馬上から私の顔を見下ろしてきた。
「エレノア嬢か。ふむ、見たところ怪我は無さそうだな。無事で何よりだ」
「ロクス様こそ! ご無事に、このフレースベルの村に戻られて、何よりです!」
そう言って頭を下げた後、私はチラリとロクス様の背後に視線を向けて、先ほどから気になっていた疑問を、彼に問いかけてみることにする。
「あの‥‥先ほどから気になっていのですが、ロクス様の背後にいる、聖騎士の恰好をしているその方々たちは、いったい‥‥?」
「あぁ、彼らのことか。この騎士たちは我が
「そう、なんですか‥‥?」
そう言って首を傾げる私に頷いた後、ロクス様は馬から飛び降りて、村人たちの元へと向かって行った。
そして、動揺する彼らの前へと立つと、ロクス様は両手を広げ、大きく声を張り上げる。
「フレースベルの村の者たちよ、喜ぶが良い! アグネリア男爵は死に絶え、男爵家は我が手中に落ちた! これで、貴様らが男爵家からの不当な税収に苦しむことは無くなった! 貴様らは自由だ!」
その言葉に、村のみんなはポカンとした表情を浮かべ、唖然とした様子でその場に立ちすくむ。
そして、村人たちは各々隣にいる者と会話をし始め、ザワザワと騒ぎはじめた。
「ほ、本当にアグネリア男爵から、俺たちの村は解放されたのか‥‥?」
「あの男、本当に一人で‥‥男爵家の聖騎士たちを殺し尽くしたのかよ? 嘘、だろ‥‥?」
「こんな、簡単に‥‥? たった一晩で、男爵家を‥‥?」
村人たちの動揺の声は徐々に大きくなっていき、周囲は混乱に包まれて行く。
その様子をどこか楽し気に見つめた後、ロクス様は再び大きな声を上げた。
「さて‥‥ここからが本題なのだが‥‥私は、これからこの地に、独立国家を樹立していこうと考えている。領地はこのアグネリア領全域。この地では王国とは異なる体制を用い、弱者が嘆くことは無い、人の世の楽園を創設するつもりだ」
その声に、シンと静まり返る村人たち。
続けて、ロクス様は言葉を紡いでいく。
「さて‥‥貴様らはどうするかね? このまま我が軍門に降り、我らの国の領村として生きていくか、それとも、再び王国に従属するか‥‥どちらか好きな方を選ぶと良い」
「どちらか好きな方、って‥‥あんたが本当にアグネリア男爵を殺したのだとしたら、この土地は、どのみち‥‥」
「あぁ。近いうちに、戦火となるだろうな」
その言葉に、顔を青ざめさせる村人たち。
そんな彼らの中で、口髭の生えた初老の男性は緊張した面持ちで前へと出ると、村人たちへと大きく声を張り上げた。
「こ、ここは、大人しくロクスさんの下に付くべきだと、俺はそう思うぞ!」
「な、何を言ってるんだ、ラギュリーさん!?」
「だって、考えてみろよ! 王国の聖騎士団が、俺たちフレースベルの村の人々を守ってくれると思うのか!? 奴らは、今まで俺たちに何をしてきたか、改めて思い返せ! つい先日だって、少し税が足りなかったからと言って、多くの者たちの命を奪っていったじゃないか!! 聖騎士たちは俺たちの味方じゃない、奴らは俺たちの‥‥敵だ!!」
そう叫ぶと、ラギュリーはロクス様の足元に跪き、静かに口を開く。
「私は、貴方様の配下となります。ですから、この私も、貴方さまが築く国の住民とさせてくださいませ」
「良いだろう。ラギュリーといったか。貴様を我が国の国民として認めよう」
「ははぁ!」
そんな彼の姿に困惑した様子を見せる村人たち。
そんな時、意を決した様子で、一人の男が前へと出た。
「ぼ、僕も、あんたの国の住人になる! 妻と子供の仇である、聖騎士を、許してたまるものか!!」
デーグの息子、義理の父である村長と妻とその子を聖騎士によって惨殺された、ロドリゲスも、ロクスの前に行くと、膝を付き、そう叫び声を上げた。
その声を皮切りに、次々に、村人たちはロクス様の前で、膝を付き、頭を下げ始める。
その光景に、ロクス様に疑惑の目を向けていた村人たちも、段々と少数になっていき―――孤立することを恐れて、彼らも周囲の人々と同様に頭を下げ始めた。
私を含め‥‥総勢、35名の村人たちは、全員、ロクス様に膝を付き、頭を下げる。
ロクス様は、頭を下げるフレースベルの村人たち全員を見回すと、静かに口を開いた。
「良いだろう。このフレースベルの村全員が、我が国家の住人となること‥‥承認する。これからは我が庇護の元、この楽園での暮らしを謳歌すると良い。―――――デュラハン・ナイト」
ロクス様がパチンと指を鳴らすと、彼の背後にいる聖騎士の甲冑を着た者たちが、前へと出て来た。
そんな彼らの肩にポンと手を置くと、ロクス様は再度開口する。
「彼らは私の忠実な配下だ。これでも、一体で、聖騎士の三体分の戦力を保持する猛者たちだ。諸君らの村の守護者になり得るだろう。この村に五体、配置させてもらう」
「そ、それは、ありがたい話なのですが‥‥私たちは、アグネリア男爵の税収によって、自分たちが食べていく分の食料しかない、カツカツな状況でして‥‥。この村で暮らすには、その方々にまともな衣食住を与えることは、叶わないかと‥‥」
「案ずるな、ラギュリー。こいつらに寝食は不要。貴様らの貯蓄を圧迫する心配はない」
「は‥‥?」
「食料が心配であるのなら、後で、アグネリア男爵家にあるものを使者に届けさせよう。あとは土地を開拓し、自分たちで食料を補うが良い」
「りょ、了解いたしました。それで‥‥我らがロクス様にお仕えする上で、貴方様にお納めすべき税は、いくらほどで‥‥?」
「不要だ」
「へ?」
「貴様らから奪うものなど、何もない」
ロクス様のその言葉に、目を見開き、驚きの様子を見せる村人たち。
そんな彼らにフッと鼻を鳴らすと、ロクス様は踵を返した。
「これからはこのフレースベルの村は、ラギュリー、お前が村長となってまとめていけ。何か問題があれば、そこにいる騎士たち‥‥デュラハン・ナイトに伝え、私に寄越して来い。分かったな?」
「了解しました‥‥。デュラハン・ナイト‥‥?」
「また何かあればこの村に来よう。では、さらばだ」
疑問の声を溢すラギュリーを無視し、ロクス様は馬に飛び乗る。
そして、彼はそのまま、去って行ってしまった。
私は‥‥大きく口を開き、小さくなっていくロクス様の後ろ姿に向かって声を轟させる。
「ロクス様ー!! ありがとうございましたー!!」
やはり、あの御方はすごい人だ。
あのアグネリア男爵家を滅ぼし、この土地に、独立国家を築いてしまうだなんて。
国の名前はなんていうのかな? 国旗はどうなるのだろう?
とにかく、あの御方は、私のような搾取されるしかない運命にあった弱者にとっては‥‥救世の英雄様のような存在だ。
いや、違う、彼の方は『神』そのものだ。
聖騎士の身体を真っ二つに割って、私を助けてくださった、あの時。
あの時から、私の心は‥‥あの御方に奪われてしまった。
あの御方を信奉し、崇める運命を、決定づけされた。
「ロクス様‥‥貴方様は、この残酷な世界を滅ぼすために現れた‥‥神そのものです」
手を組み、去って行く彼に、祈りを捧げる。
『ロクス教』の第一信者として、私は彼を――――心から、奉った。
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