第16話 再会


 屋敷のロビーに聖騎士の死体を集めて、俺はすべてをアンデッドに変えるべく、一人ずつ手をかざし、魔法【アンデッド・ドール】を唱えていった。


 すると脳内に、いつものようにあの機会音声のようなアナウンスの声が鳴り響き始める。


 『《報告》 【アンデッド・ドール】の使用により、下級アンデッド【グール】の作成に成功致しました。【グール】レベル1が配下に加わりました』


 その声が聴こえた直後、死体はむくりと起き上がり、フラフラとその辺を彷徨い始める。


 その光景を見て、「ふむ」と、俺は小さく頷いた。


「なるほど‥‥先ほどの奴隷の少女たちの時もそうだったが、基本的に【アンデッド・ドール】で作成できるアンデッドは、【グール】が大多数を占めるようだな」


 アナスタシアのように上級アンデッドを作り出すには、何か他の要因が必要、ということなのだろうか。


 死体を前に数分間思考を巡らせていると、背後に立っているアナスタシアが心配そうな声を掛けてくる。


「ロクス様? どうかなされましたか?」


「いや‥‥少し、疑問に思ってな。アナスタシア君、どうして君だけは意思疎通ができる知能の高いアンデッドになったのだろう? 俺は君に対して、何か特別なことをしたつもりはないのだが‥‥」


「そう、ですわね‥‥確かに不思議ですわね。わたくしは何故、他の方のようにグールに転化しなかったのか‥‥うーん、自分のことといえどもまったく分かりませんわね‥‥むむむ~‥‥」


「そう、か‥‥。いや、すまない。君を作り出したのは俺なのだから、君が分かるはずがないよな。忘れてくれ」


 そう言って俺は前を振り向き、再びアンデッドの作成を再開させる。


 今度は首のない死体に手をかざし、【アンデッド・ドール】を発動させてみた。


 すると、脳内にいつものアナウンスの声が鳴り響いてくる。


 『《報告》 【アンデッド・ドール】の使用により、下級アンデッド【デュラハン・ナイト】の作成に成功致しました。【デュラハン・ナイト】レベル1が配下に加わりました』


 「む‥‥?」


 首のない死体は起き上がり、先ほどのアンデッドと同様、その辺を彷徨い始める。


 どう見ても知能は無さそうだが‥‥この首のないアンデッドは【グール】ではなく、【デュラハン・ナイト】と、そう呼ばれていたな。

 

 なるほど。もしかしたら、死体の形状が鍵、なのかもしれないな。


 アナスタシアは背中に無数の腕を縫い付けられていた。だから【ヘカトンケイル】に転化した。


 この首のない死体は、首がない状態だったから、【デュラハン・ナイト】に転化した。


 死体の一部が変化していたからアンデッドは別種に転化する。


 もしかして、これは、そういうことなのだろうか。


「‥‥‥‥グールとデュラハン・ナイト、か。この二体が、どれだけ能力値が異なるアンデッドなのかが分からないのが、悔しいところだな。くそっ、やはりステータス値が開示される魔道具マジックアイテムが今は欲しいところだ」


「では、この屋敷の宝物庫にその魔道具マジックアイテムがあるか、わたくしが探してまいりましょうか? ロクス様」


「そうか。宝物庫、か。なるほど。すまない、頼めるだろうか、アナスタシア君」


「フフッ、わたくしを手駒のように扱う、と、そう仰っていたわりには随分とお優しいのですわね、ロクス様。もっと命令口調で言ってくださってもよろしいのですわよ?」


「む‥‥」


「失礼いたしますわ」


 そう言ってカーテシーの礼をすると、アナスタシアはその場から去って行った。


 俺はそんな彼女の後ろ姿にフッと笑みを浮かべると、顎に手を当て、思考を巡らせてみる。


「‥‥死体の形状が鍵‥‥それならば、ある程度死体を損壊させてみれば、新たなアンデッドの作成することもできる、か‥‥? いや、人間種だけではなく、他の異端マモノのアンデッド化を試みても悪くはなさそうだな。知性化アンデッドを故意的に作出することに成功すれば、ある意味それは、死した者の復活も同‥‥然―――」


 その時、俺の脳裏に、今もっとも逢いたい二人の部下の姿が過った。


 俺を兵隊長と呼び、慕ってくれていた、俺の大切な仲間‥‥ジェイクとリリエット。


 もう一度二人に再会して、俺は謝りたかった。


 こんな俺を庇って死んでしまったことに、深く謝罪し、強く抱きしめたかった。

 

 あの大切な二人と再会できるのならば――――俺は何を捨てたって構わない。


 そう思ったのと同時に、俺は屋敷を飛び出て、裏手にある厩舎へと向かっていた。


 そして馬に飛び乗り、走らせると、雨の中――石畳で造られた坂を猛スピードで下って行く。


 ‥‥‥‥今のところ、知性化アンデッドの作成に成功する可能性は極めて低い。


 大方、ただ彷徨い歩き続ける【グール】と化すのが関の山だろう。


 だが‥‥だが、それでも、だ。


 あの二人に再会できる可能性があるならば、俺は何もしないでいることができなかった。


 動かずには、いられなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 王国の西の外れにある死体投棄場‥‥『骸の海』。


 日が昇りつつある頃。そこに辿り着いた俺は、馬から飛び降りて、二人を埋めた墓の前へと立っていた。


 シャベルか何かを探して持って来た方が良かったと後悔するが‥‥今更仕方がない、な。


 俺は手で土を掘っていき、二人の墓を掘り返していく。


 そして、数分後。


 無事、二人の死体を掘り返すことに成功した俺は、首の無いジェイクとリリエットを地面の上に横たえ、その死体を静かに見下ろしていた。


 前々から、少し、疑問に思っていたことがある。


 それは、二年もの歳月が経っているというのに――――俺とジェイク、リリエットの身体が、まるでついこの前亡くなったばかりかのように、痛んでいなかったことだ。


 普通、二年もの歳月が経てば、死体は骨だけとなるはず。


 それなのに、俺たちの身体には生前と同じように肉体が宿っている。


 この不可思議な現象の答えは、今の俺には何一つ答えは分からない。


 答えは分からない、が‥‥俺と同じように、遺体が朽ち果てなかった、彼らならば、もしかして―――。


 もしかして、再び、この世に知性を持って誕生することができるのではないかと、俺はそう、考えた。


「‥‥‥‥」


 緊張した面持ちで手を伸ばし、【アンデッド・ドール】を発動させる。


 そして、紫色の靄がかかった腕を、そのまま―――ジェイクとリリエットの身体に、順にしてかざす。


 すると、その瞬間。


 二人の身体がガクガクガクと痙攣を繰り返し‥‥その痙攣が止むと、静かに、二人の身体が動き出した。


「――――――――――――――こ、こは、どこです、か‥‥?」


「むにゃむにゃ‥‥すんごい眠い‥‥てか、あれ? アタシ、死んだはずじゃ‥‥」


 上体を起こし、二人は身体を動かし、キョロキョロと辺りを確認し始める。


 そして、互いに顔を見合わせると、大きな叫び声を上げた。


「く、首が無い!? ア、アンデッドだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!?!?!?」


「ギャッー!!!!! 化け物ぉぉぉぉぉぉ!!!!! アタシを食べたって美味しくないんだからっ!! あっちいけー!!!!!!」


 互いの頭の無い様相を見て、悲鳴を上げるジェイクとリリエット。


 朝焼けの中、俺はそんな彼らの肩を抱き‥‥思わず、強く抱きしめてしまっていた。

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