第15話 雨の中に佇む、異形の二人



「‥‥王国六代貴族の一角の顛末も、この程度のものか。フッ、国盗りなど、存外あっけないものなのかもしれないな」



 アンデッドに貪り食われ、骨と皮だけになったアグネリア男爵の死体を見下ろした後、俺は地面に落ちている兜を拾い上げ、頭に被る。


 そして、周囲へと視線を向け、炎に飲まれていきつつある森林を静かに見つめた。


「あと数分もすれば、屋敷周辺の森は全て炎に包まれることだろう。だが、この空模様を見るに‥‥恐らくは、これからすぐに雨が降るはずだ。沈火の点についてはまず問題はないと見て良いだろうな」


 攻撃対象が居なくなったせいか、アンデッドの少女たちはアグネリア男爵の死体の周囲をフラフラと歩き、彷徨い続けている。


 どうやら知能の低い下級アンデッドというものは、使役者である主人の命令が無くなると、延々と周囲を歩き続けるだけの人形になるようだ。


 俺はそんな哀れな少女たちの背中に、そっと声を掛けた。


「‥‥もう、貴様らの仕事は終わった。ここまでご苦労だったな。協力、感謝する」


 そう言葉を残して、踵を返し、俺は燃え盛る森の中を歩いて行く。


 彼女たちは生前、この世界で生きることに嫌気が差して、俺に死を懇願してきた。


 故に―――これ以上、この世界に留まらせ続けるというのも苦なものだろう。


 手駒は、屋敷で惨殺したあの聖騎士どもを傀儡として使えば良いだけのことだ。


 だから、この奴隷の少女たちはここで、この残酷な世界から解き放ってやるとしよう。


 もう、無理に苦しみ続ける必要はない。この燃え盛る森と共に、安らかに眠ると良い――。


「‥‥‥‥あの世で見ていろ。俺が必ずや、この地に平和な楽土を建設してみせよう。貴様らのような者たちが泣いて苦しまぬような、そんな国を――――俺は作ってみせる」


 そう呟いた後、俺はそのまま丘へと向かって歩いて、屋敷へと戻って行った。





「‥‥おかえりなさいませ、ロクス様」



 舗装された石畳の道を歩き、丘を登り、屋敷の前へと辿り着くと、そこにはアナスタシアの姿があった。


 彼女は屋敷にあった衣服を盗んで着たのか、いつの間にか漆黒のゴシックドレスに身を包んでいた。


 背中から無数の腕が衣服を突き破り飛び出ているが‥‥まぁ、彼女のその異形の姿では、見合ったサイズの衣服も無いのも当然、か。


 彼女は目が合うと、俺へとペコリと頭を下げ、スカートの裾を掴み、優雅にカーテシーの礼を取ってくる。


「わたくしたちの悲願を叶えてくださり、ありがとうございました、ロクス様。アグネリア男爵によって収容されていた者たちを代表して、心からお礼を申し上げます。ご助力感謝致しますわ」


「別に、貴様らの願いを叶えたわけではない。俺は、俺自身の野望のために、あの男を討ったまでだ。礼など言われる筋合いはない」


「あの子たちは‥‥他の奴隷の少女たちは、あの森の中に置いてきたんですの?」


「あぁ。奴らの男爵への復讐は終わった。ならばここで眠らせてやるのが、彼女たちの望む答えであろう」


「‥‥そうですわね。わたくしも、彼女たちならばそう願うと思いますわ。フフッ、ロクス様はやはりお優しい御方ですのね。貴方様のその行動の背景には、わたくしたち弱者を慮った気配が見て取れる。わたくしも、生前に貴方様のようなお人に出逢っていれば‥‥恐らくは、このような未来を辿ることも無かったのでしょうね」


「お前も、あの少女たちと共に眠るか? 確か、お前も俺に死を懇願していただろう?」


「いいえ。わたくしはもう少しだけ、この世界に留まることを決めましたわ。――――貴方様がこの先、何を成すのかが、気になりまして。ロクス様は先程『野望』と、そう仰いましたよね? その野望とは、いったいどのようなことなのでしょうか?」


「聖王国を滅ぼし、新たな国を創造する。簡単に言うならば、国盗りだ」


「なるほど‥‥では、このアグネリア男爵家の襲撃も、その野望のひとつであると、そういうことですのね」


「そうなるな。手始めにこのアグネリア領を掌握し、徐々に侵略を拡大させていく。王都を孤立させ、陥落させるためにな。そして――俺は聖王と、その下に付いている六代貴族を殺し尽くす。くだらない貴族どもの計略で、死んでいった仲間たちのためにも、な」


「死んでいった、仲間たちのため‥‥?」


 首を傾げるアナスタシアに、俺は兜を外し、その空虚な首を闇の元に晒け出す。


 その姿に、アナスタシアは目をまん丸とさせて、驚愕の表情を浮かべた。


「‥‥わたくしをアンデッドに変えたことからして、ロクス様は人ではないのでは、と、そう察しは付いておりましたが‥‥まさか、お顔が無いとは思いもしませんでしたわ」


「俺の本名は、ロクス・ヴィルシュタインと言う。王国の人間ならば、その名前の者を聞いたことがあるのではないかね?」


「王女殺しの裏切りの聖騎士‥‥貴方様は、あの『不動の大盾』様、でしたのね」


「あぁ。もっとも、俺は王女を殺してなどいないがな。王女殿下を暗殺したのは、聖騎士団団長と、クライッセ伯爵だ。俺は、奴らの罪をなすり付けられたにすぎない」


「‥‥なるほど。貴方様が、聖王国に復讐をする動機、それを理解致しましたわ」


 そう言って胸に手を当てると、アナスタシアは首を傾げ、ニコリと、優しく微笑む。


「わたくしも、勝手ながらその野望のお手伝いを致しますわ、ロクス様。わたくしも、あの子たちのような‥‥一緒に収容されていた奴隷の子たちのような、悲しい犠牲者を、この先も産み出したくはありませんので。お優しいロクス様が新たな国を創造なされるのならば、わたくしもぜひ、その世界を見てみたいですわ!」


「俺について来ると言うのであれば、悪いが、俺は貴様を手駒のように扱うぞ? 国を滅ぼし、再生するためならば、心を鬼にすると、そう決めたのでな」


「構いませんわ。それに‥‥フフッ、どうやらわたくしはロクス様の手下? 眷属、なるものになったようですしね。異端マモノとなったせいか、貴方様の配下になったことが、心から理解できますの。貴方様が傷付けば、わたくしも傷付く‥‥そんな、一心同体となった、不思議な感触がしますのよ」


「‥‥そう、か。俺もこの不死者を造り出す魔法―――【アンデッド・ドール】は習得したばかりでな。その効果をまだ完全に把握しきれていないのだ。貴様の心を捻じ曲げているようであれば、申し訳ないな」


「いいえ。わたくしは魔法の効果ではなく、本心から貴方様をお慕いしているのだと思いますわ。わたくし、ロクス様が地下牢に現れたあの時、まるで御伽噺に出てくるお姫様を救いにきた王子様かと、そう思―――――――って、な、何を言っているのかしら、わたくしは!? い、今のは、な、何でもありませんことよ!!」


 そう言ってプイッと顔を背けると、アナスタシアは恥ずかしそうに唇をへの字にさせた。


 俺はそんな彼女にフッと笑みを溢すと、兜を被り、そのまま屋敷の玄関へと向かって歩き出す。


 そんな俺の後ろに、慌ててアナスタシアはついてきた。


「ま、待ってくださいまし! ロクス様!」


「さて‥‥今から、聖騎士どもの死体をアンデッドに変えていこうと思う。死体を運ぶのを手伝って貰っても良いかね、アナスタシア君」


「喜んで! ですわ!」



 漆黒の騎士と、異形の少女は連れ立って屋敷の中へと消えて行く。


 その後、ポツリポツリと雨粒が石畳を濡らしていき―――屋敷の崖下にある燃え盛る森に、ザーッと、大量の雨が降って行くのであった。

 

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