第8話 戦闘
『骸の海』から延々と荒野を歩き続けて、数時間くらいが経過しただろうか。
現在俺は、牧草が一面に広がる、平原地帯に辿り着いていた。
どうやらアンデッドの身体は、疲労を覚えることもなく、食事や睡眠の類も必要無いらしい。
そのおかげもあってか、あの『骸の海』で目覚めてからというもの、夜になっても、休むまずに延々と歩き続けることができていた。
「‥‥しかし、ひとつ問題があるな」
地図が無いから‥‥ここがいったいどこであるのかが、まるで分かっていなかった。
何となく、『骸の海』から王国があるだろう東に向かって歩き続けているが、一向に村落や街の姿が見えてこない。
こんなことならもう少し計画を持って動くべきだったと、俺は少し後悔した。
「そろそろ何処かで情報を得たいところだな。村に行って地図などを貰い受けたいところだが‥‥」
今の俺は、人間ではなく、
そんな怪物が平気な顔をして村に現れては、村人に道を聞くどころの騒ぎではないだろう。
下手したら聖騎士に助けを求められて、面倒なことになってもおかしくはない。
まぁ、とは言っても、今のところは兜を被れば人に見えなくもない様相をしているし‥‥臭い、は、分からないが、現状を鑑みるに、何とか生者であると誤魔化すことはできそうだ。
何にしても、まずは人間と接触し、情報を得ることが最優先ではあるな。
「‥‥さて。予想ではこの辺りはもう既に王国南西部にあるアグネリア領の付近だと思うのだが‥‥アグネリアにある領村は5つか6つ程度だったか? そのどれかに運よく辿り着けると良いのだが‥‥ん?」
2,3メートル程の背丈がありそうな牧草をかき分け歩いていると、突如、前方から人の声が聴こえてきた。
俺は牧草に身を潜め、声がする方向へとゆっくりと足を進めて行く。
するとそこには、ランタンを手に持った二人の騎士が牧草をなぎ倒し、道を作りながら歩いている姿があった。
かつては自分も着ていたその白銀の甲冑を目にした瞬間、俺は思わずクククと、小さな笑い声を溢してしまう。
「そこにいるのか! 女!」
俺の声が聴こえたのか、ランタンの光がこちらに向けられる。
俺は牧草をかき分けると、彼らの前へと躍り出て、敵意は無いと両手を上げた。
「な、なんだお前は!?」
「夜分遅くにすまない、聖騎士の諸君。ひとつ訪ねたいのだが、この辺りに村などはあるかな? 道に迷ってしまってね。ほとほと困っていたのだよ」
俺のその声に眉を顰めると、聖騎士の一人が剣を抜き、剣の切っ先を俺の眼前に突き付けてくる。
そして首を傾げ、訝し気な表情で口を開いた。
「貴様、何者だ? その漆黒の鎧は、罪を犯し、処罰された騎士が着用させられるものだが‥‥何処でそれを手に入れた? まさか、骸の海にある死体から盗掘でもしてきたのか?」
「ククク。さて、どうかな。そんなことよりも、まずは私の質問に答えてもらいたい。この辺に村は――――」
「不気味な奴め! 神に代わり、この私が処罰してくれる!!」
鋼で造られた長剣、アイアンソードを上段に構え、容赦なく俺の脳天に向かって剣を振り降ろしてくる聖騎士。
俺は軽く身体を逸らして、その剣をヒョイと避けると、無防備に前へと突き出された騎士の腕を膝で蹴り上げた。
「うぐぁぁぁぁっ!?!?!?」
腕があらぬ方向にへし折れ、騎士は苦悶の表情を浮かべたまま、剣を地面へと落とす。
俺は落ちたその剣を拾い、肩に乗せると、膝を付く騎士を見下ろしながら嗤い声を溢した。
「クククッ。やはり、生前に比べて筋力が上がっていると見て良さそうだな。剣を叩き落とすだけのつもりだったのに、こうも簡単に腕が折れ曲がるとは流石に驚いたぞ。死霊系の魔物特有の能力、【万力の加護】がこの身に宿っていると推察するが‥‥さて、どうなのだろうな」
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
仲間の腕が折られたその光景を見て、残った一人が剣を抜き、俺へと襲い掛かってくる。
俺はそんな騎士の姿に、ふぅと大きく息を吐いた。
「猪突猛進な奴らだ。しかし、そうだな。力を試すには持って来いの機会か」
生前の俺――――ロクス・ヴィルシュタインは、敵のヘイトを集め、盾を使って攻撃を防ぐことに特化した、
俺には剣の才能は無かったため、攻撃手段である剣技や攻撃魔法は覚えることができず、使えたのはたった二つの補助魔法だけだった。
一つは、3分間、敵の視線を強制的に自分に向けさせる魔法、【アタラクト・アテンション】。
二つ目は、相手から攻撃を受けた際、一度だけダメージを軽減することができる防御魔法、【ディフェンス・ガード】。
これらの魔法と盾を使った防衛術だけが、剣の才能がない俺に許された、戦うための唯一の力だったのだ。
果たして、アンデッドとなったこの身でも、これらの力が使えるのかどうか。
ひとつ、こいつらを相手に試してみるとしようか。
「――――【ディフェンス・ガード】」
魔力が消費された感覚と共に、身体全体の防御力が上がったことを理解する。
そして、右肩を狙って振り下ろしてきた騎士の剣に合わせるようにして、手刀を放ってみた。
すると、手刀が剣の刀身に当たった、その瞬間。
鋼の剣は中ほどから真っ二つに折れ、キラキラと砂塵をまき散らしながら、折れた刀身は地面へと静かに落ちて行ったのだった。
「なっ――――」
単なる手刀の一撃で鋼の剣が粉砕されたその光景に、瞠目して驚く聖騎士。
俺はそんな彼を無視して、眼前で掌をグーパーと開いては閉じ、手に異常が無いかを確かめる。
「ふむ。見たところダメージは無さそうだな。どうやら魔法は問題なく発動したようだ」
【ディフェンス・ガード】は、別に無敵になれる魔法ではない。
単に肉体の防御力を一段階上げるだけであって、お守り程度でしか役に立たない魔法だ。
攻撃力の低い鋼の剣だからこそ無傷でいられたが、高ランクの鉱石で造られた剣であったのなら、今頃俺の手は真っ二つにされていただろうな。
その後、【ディフェンス・ガード】は役目を終え、魔法の効果は即座に消えていった。
その感覚に俺はクククと嗤い声を溢すと、折れた剣を持って、放心状態となっている男へと声を掛ける。
「さて、では最初の質問に戻るが‥‥この辺に村は無いかね? 道案内を頼みたいのだが?」
「ヒッ!! ば、化け物‥‥ッッ!!!!」
「そう怖がるな。まずは俺の話を聞――――」
「近寄るな!! 化け物!! 化け物ぉぉぉ!!!!!」
「‥‥そうか。答える気が無いのなら、先ほど腕を折った彼に聞くとしよう」
「な、何を、何をするんだ、や、やめろ、やめろぉぉぉぉぉ!!!!!!」
俺は剣を振り上げると、容赦なく男の脳天へと剣閃を放ち、頭蓋を割った。
脳漿が弾け飛び、辺りに血しぶきをまき散らしながらパタリと倒れ、絶命する聖騎士。
そんな彼の姿を確認した後。
俺は背後を振り返り、折れた腕を押さえながら膝を付く聖騎士に視線を向け、再度口を開く。
「そこのお前。話は聞いていただろう? 貴様にこの辺の道案内を頼みたいのだが?」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」
男は悲鳴を上げると、牧草をかき分け、脱兎の如く逃げ出した。
俺はその後ろ姿に呆れたため息を吐くと、手を伸ばし、ある魔法を発動させる。
「――――【アタラクト・アテンション】」
その瞬間、男は足を止めると、もの凄い勢いでこちらに身体を振り向かせた。
自分に強制的に視線を向けさせる魔法、【アタラクト・アテンション】。
これは、自身にヘイトを向けさせるための、防衛職の戦士が好んで使用する魔法だ。
視界に入る全ての敵に対して効果があり、自身に仲間がいた場合、
ただ自分に視線を誘導させるだけの魔法なので、先ほどの【ディフェンス・ガード】と異なり、使い勝手が悪いのが難点ではあるがな。
だが、こうやって逃げる相手も強制的に止められたりするので、本来の用途以外にも利用できる面白い魔法と言えるだろう。
「さて‥‥これで逃げることはできなくなったな」
「しゅ、主よ、お、お助け‥‥お助けくださいぃ‥‥っ!!!!!」
「む?」
男はその場に尻もちを付けると、手を組み、尿を漏らし始める。
その目は恐怖に濁り、口の端からは泡を噴き出していた。
見るからに、まともな精神状態であるとは言えない状況だろう。
彼のその様子にため息を吐くと、俺は足元に転がる死体の頭蓋から剣を引き抜き、尻もちを付く騎士の元へと近付いて行く。
「チッ‥‥これではもう、使えないな。仕方がない」
そう口にした後、俺は剣を横薙ぎに振り、男の首を容赦なく刎ねた。
ゴロゴロと地面に転がっていく男の頭部を見つめた後、他に人間がいないか、キョロキョロと周囲へと視線を向けていく。
「さて、困ったな。怖がらせすぎてしまったのは失策だったか。他に、まともに会話が可能の人間が居れば良いのだが――――」
「おーい、ここに女がいたぞ!! 手を貸せお前ら!!」
付近から聞こえて来た人間のその声に俺は笑みを浮かべると、声がした方向へと歩みを進めて行った。
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