第6話 怪物の誕生




「何故だ‥‥何故、俺は生きている‥‥?」




 血のように赤く染まった空の中、目が覚める。


 上体を起こし辺りを見回してみると、そこには地獄のような世界が広がっていた。


 腕や足を欠損し、悲痛な様相を浮かべて死に絶える、積み重なった、死体、死体、死体の山。


 空を飛び交う大量のカラスたちは、それらの骸の肉や眼球を啄み、喰らいながら、そこかしこで嬉々とした鳴き声を上げている。


 そこは、身寄りのない者の死体や、処刑された罪人の死体が放り投げられ捨てられる場所。


 王国の西の外れにある死体投棄場‥‥『骸の海』と呼ばれる場所だった。


 俺はそのような地獄の中、何故か横たわっていた。


 状況が理解できず混乱しながらも、震える膝に手を付いて、何とか立ち上がる。


 自分が何故、生きているのかが分からない。


 何故なら俺の中にある最期の記憶、それは、王国民の前で自分の首が斬首される瞬間だからだ。


 俺は間違いなく、あの時に死んだはず。


 それなのに、今、こうして生き永らえているのはいったいどういう理由なのだろうか。

 

 どんなに思考を巡らせても、この状況に陥いることになった顛末に思い当たることが無かった。


「カーッ!」


 その時、俺を骸と勘違いしたのか、一羽のカラスが俺の身体に目掛けて鋭い爪を向けて来た。


 咄嗟のことで反応ができなかった俺は、そのまま地面に膝を付いて前屈みに倒れ伏してしまう。


 その反動で、近くに積まれていた死体の頭から青銅の兜が外れ、眼前にある血だまりへと落ちていった。


 俺は手を振ってカラスを追い払った後、眼前に広がる血だまりへと視線を向ける。


 そしてその後、目の前にあるその光景に、思わず固まってしまった。


「‥‥え?」


 死体から流れる流血によって出来上がった水たまりに浮かぶ兜。


 それを拾い上げた後、その血だまりに映る自身の姿に――――俺は唖然とし、呆けた声を溢してしまう。


「‥‥‥‥首が、ない‥‥?」


 その血だまりに映るのは、首元に鋭利な切断面を残しただけの、首なしの騎士の姿。


 どう見ても、それは生前の自分の姿ではなく。


 人間の様相をしてはいない化け物が、そこには映っていた。


「は、ははははははははははははははははははははっっっっ!!!!!!!!!!!!」


 その姿を瞳で認識した瞬間、自然と、口から嗤い声が零れ出る。


 祖国のために何十年も戦ってきた結末が、まさか無実の罪を着せられ斬首され、挙句、怪物になることにはろうとはな。


 これが笑い話ではなかったとしたら、いったい何だと言うのだろうか。


 いや‥‥恨みを晴らす機会をくれたことに、この世界の神様とやらに感謝すべきことかもしれないな。


 だって、人間とは相反する存在‥‥アンデッド不死者に、俺は転化したのだから。


 これは、俺に残された唯一の奇跡といっても良いものだろう。


「ク、クククククッ、そうだな。生前は奴らに良いように利用されて、殺されてやったんだ。だったら‥‥これからはこの俺をコケにしてきた奴らに復讐するために、どハデに暴れまわりながら、なりふり構わずに生きてみるのも悪くはない、か」


 俺は立ち上がり、血だまりから拾い上げた兜を空虚な頭に被せると、死体の山の中を静かに歩いて行く。


 そんな時、足元に見覚えのある服装の、首のない死体が二体―――転がっているのに俺は気が付いた。


「‥‥ジェイク、リリエット‥‥‥‥」


 地面に横たわり、無造作に廃棄されている、俺のかつての仲間たち。


 俺は震える手で二人の手にそっと触れて、小さく声を溢した。


「‥‥すまない。もっと良い場所で眠らせてやるからな」


 首のない二人の死体をヒョイと持ち上げ、肩で抱えて、移動する。


 どうやら生前に比べて筋力が大きく上がっているようで、二人の身体を持ってもまるで紙袋か何かを抱えているような軽さにしか感じなかった。


 恐らく、アンデッドに生まれ変わったことで、いくらか基礎ステータス値が上がっているのかもしれない。


 まぁ、この場にはステータス値が確認できる魔道具マジックアイテムは無いので、どのように変化したのかは確認はできないがな。


「‥‥チッ。ステータスがどれくらい上がったのかなんて、この場ではくだらない考えだな。力を試すのは後だ。今は、二人を休ませてやるのが最優先だろう」


 俺はそう呟くと、蠅が飛び交う血の川を歩きながら、骸の海の外へと向かって行った。




「すまないな、二人とも‥‥」



 骸の海から離れた場所に穴を掘り、そこに二人を埋め、その辺にあった木片を使って墓標を作ってやった。


 今はこんな粗末なものでしか墓標が建てられないが、いずれ立派な墓石でも持って来て墓標を立ててやろうと思う。


 俺は手を組み、二人の冥福に祈りを捧げた後、死体の山が連なる骸の海を一瞥する。


 そしてその後、前を向き、荒れ果てた荒地を歩いて行った。


「‥‥腐った王国を粛清し、二人のような善人が犠牲にならない世界――――そんな理想郷を、必ず作って見せる。そのためには地獄を見てもらうぞ、権力に溺れる者たちよ‥‥」


 カラスが飛び交う夕陽を睨みながら、俺は王国に向かって静かに歩みを進めて行く。


 憎悪を晴らすために、そして、ここに居る、死した仲間への弔いのために。


 俺は、復讐の悪鬼、首なしの騎士デュラハンとして、王国に復讐することを誓った。

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