きざはし

紫陽_凛

【御伽話】天使の彫像

――広場の天使の彫像エンジェルのことなら、その辺にうろついてるガイドをとっ捕まえて聞いた方が早いと思うけどね? ほら、あすこで見てるじゃねえか、獲物を狙う狼みたいな顔してさ。俺はその辺の加工技師に過ぎないからサ、そんな詳しいことは知らねえわけだよな。だから……え? 判で押したようなガイドの説明なんか聞きたかねえ? そりゃ奇特な方もいたもんだ、あんた、変だよ。こんな訛のひっでえオジサンとっ捕まえて、そんな真剣な目して、何を聞きたいって言うんだね。

――天使の彫像についてのおとぎ話? ガイド以上のことは語れねえと思うけどナァ。仕方ねえな、そんなに頭下げられちゃ。俺が聞いたのは婆ちゃんや母ちゃんが伝え聞いた話だし、その記憶もあいまいだから、鵜呑みにしないでくれよ。


 昔々むかあしむかし、ステアビルド家のなんとかって男が、天使を見付けたんだそうだよ。天使は空から落ちてきて、もう一度空に戻りたいと願っていたそうなんだ。ステアビルドは、あんまり天使が哀れだから、昔っからそこに、天に続く橄欖かんらんの柱に、思い切って階段を作ることにした。

 ステアビルドってのは、あとからついた名前だ。「ほらごらん、あの天へのきざはしを、あのぐるりと回っていく美しいらせんの階段を」。あの階段を何百年もかけて作り上げたから、そいつはステアビルドと呼ばれるようになったわけだ。

 見えるだろ、天使の彫像以前に、あの天に伸びていく螺旋らせん階段をよ。曇りの日には先端が見えなくなるほど高いんだぜ。ステアビルドはその先端部分まで天使のための階段を作りとげて、そして死んじまったんだと。

 その男が本当に何百年も生きる長命の男だったかどうかは知らねえな。わからん。ただ俺は婆ちゃんや母ちゃんからこのステアビルドって男の話を聞いただけでね。実在したかどうかも定かじゃない。残っているのは橄欖の螺旋階段と、広場の天使の彫像と、このおとぎ話だけ、ってわけだよ。まあ、ステアビルドのおとぎ話っていえば、こんなもんだろう。ガイドの話したことと大差ねえだろ?

 ああでも。

 ステアビルドは、天使のことを愛していたんだって、婆ちゃんが言ってたっけな。


 ああちなみにあの階段、ニンゲンが登れるかどうかは定かじゃねえ。好奇心あるバカが何人か空に昇ろうとしたらしいが、全員落っこちてぺしゃんだ。あれは天使のための階段なんだよ。……わかったら、登ろうなんてことは考えないことだね、おじょうちゃん。

 ん、なんでわかるのかって? わかるよ。おめえ、空に焦がれてるもんよ。何人目かの馬鹿にならないように、ちゃあんと地面に足着けときな。俺との約束だぜ。

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