第4話

 五十メートル走は、やっぱり散々だった。

 同時に走った五人の中でもダントツに遅かったけれど、先生が声を張りあげて読みあげたタイムは、どう考えてもクラスでビリだ。


 そんなに大きな声で言わないでほしい。


 ミチルは顔が真っ赤になるのを感じた。暑くはないのに汗が出てくる。


「ミチルちゃん、クラスで一番遅いんじゃないー?」


 運動場の列の中から、紗希の声が響いた。にくらしいほど晴れた空に、よく通る声だ。何人かが笑う声が聞こえる。


 男子生徒の、

「マジ? あいつがビリ?」

 と面白がってはやしたてる声もする。


 ますます汗がにじむのを感じる。

 恥ずかしくてたまらない。

 ミチルは地面を見つめた。


 泣いたら、余計に笑われる。


 ミチルは、からだじゅうにぎゅうっと力を込めて、涙を我慢した。

 茶色い砂に、小石が見える。それだけしか見ないようにした。


 そのミチルに、

「がんばったね」

 と手を引いてくれる子がいた。


 陽子だ。


「……陽子ちゃん、どうして?」


 陽子はやっぱり、にこにこの笑顔だ。


「わたしね、ミチルちゃんとお話ししてみたいって、ずっと思ってたの。たぶんね、わたしたち、気が合うよ」


 陽子は長い髪をポニーテールにしている。まるで、尻尾のようだ。

 それをふわりと揺らし、みんなが並んでいる列のほうへ目をやった。


「……紗希ちゃんとは、仲直りしたほうがいいと思うけど」


 それからもう一度、ミチルのほうへ見返った。

 陽子が振り返ると、黒い尻尾も遅れてくるりと回ってついてくる。


「わたしとも、仲良くしてくれる?」


 陽子の大きな目が、ミチルをまっすぐに見つめている。

 ミチルは大急ぎで、何度もうなずいた。嬉しかった。


「うん、もちろん!」

「よかった」


 それから、ミチルは


「陽子ちゃんは、朝の男の人のこと、聞かないの?」


 と尋ねた。

 今日は一日中、誰からも、そのことばかり聞かれた。休み時間には、知らない他のクラスの子にすら話しかけられたくらいだ。


 興味がないはずがない。


 ミチルはそう思ったのだけれども、陽子は、ううん、と首を横に振った。


「気にならないわけじゃないけど、ミチルちゃん、困ってそうだから」

「……ありがとう」


 陽子となら、仲良くできそう。ミチルは、ようやっと中学の教室に、居場所を見つけたような気分だった。

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