23 強くて危うい魔道士(ドリス視点)

「ルーツ!?」

 私は青い顔で叫ぶ。石人形の攻撃が何度もルーツに当たったからだ。先ほどから何回かヒットしている。防御魔法でガードしているようでルーツは動けているが、見ている側は気が気ではない。


 この石人形はかつて私が一人で挑み、全く相手にならずに敗走を余儀なくされた相手だ。こんな強い魔物が守っているならばきっとこの奥には強力な何かがあるに違いないと思っていたから、今回はルーツに補助をお願いした。


 しかし、ルーツはこの石人形相手では私は足手まといと判断したらしい。それは良い。別に私が勝つ必要はないのだ。しかし、ルーツの戦い方が危うすぎる。身を傷つけることを躊躇ちゅうちょしていない。前回の世界で、ルーツがアンデッド・ドラゴンと戦った時と同じだ。歪な笑い方をしながら戦っている。


 ルーツもまた、冷静さを失っている。戦いを楽しんでしまっている。頼りになる人だけれど、死界の本拠地でまたこうなられてしまったらきっと前回と同じことの繰り返しだろう。


 けれど何よりも、自分自身の身体の安全を度外視しようとするルーツのその行動を、私はとてつもなく嫌だと思った。



 戦いはルーツの勝利に終わった。あちこち怪我をしていて血が垂れている。


「ルーツ……」

 私は動かなくなった石人形の前で息切れするルーツに近づき、服の裾を後ろから掴んだ。しかし、ルーツは心ここにあらずという様子で気がつかない。


「ルーツ!!」

「っ……!?」

 大きめの声を出し、服を引っ張ったことでようやく気がついたようだ。ルーツが静かに振り返る。


「あ……、ドリス。どうした?」

「どうした、じゃないよ……」

 何でもない風を装うルーツの表情が酷く悲しく感じられ、私はその目を覗き込んだ。


「ルーツ、もっと自分を大切にするべき。いくら強くても、あんな戦い方してたら……」

「え……。いや、別に俺は自分を大切にしてないなんてことは……」

「自分で気がついていない。それって、歪なことよ……」

「俺……は……」


 ルーツは言い返してもこなかった。思い当たる節があるという様子ではない。頭が回っていないのだと思う。さっきの飲み込まれ方も、アンデッド・ドラゴンと戦った時もおかしかった。


 私は何故かそんなルーツを見続けたら泣いてしまう気がしてルーツから目をそらし、石人形が守っていた奥の部屋の扉を見た。歩き始めると、後ろからちゃんとついてくる足音が聞こえた。


「こ、これは……」

 私は思わず呟く。石人形の魔物が守っていた大部屋には多くの杖などが宝箱に入れられていた。上等品ではある。現代の魔法用の杖に匹敵するかもしれない。しかし、死界に突入した時に戦況を変えられるかといったら、そんなことはないだろう。


「く……そ……」

 私は思わず膝をついた。ルーツに来てもらって貴重な時間を浪費した結果がこれか。


「これでは不足か……?」

 ルーツが言った。低い声だ。正常状態に戻ってはいない。けれど、その言い回しは、私が今後に備えていることを薄々感づいているような気もする。


「……全然足りないわ」

 私は静かに答えた。ルーツの危うさを痛感させられた上に、めぼしい物が無かったという事実が私の心に重くのしかかった。


 疲れた……。


 私はその場に座り込んだ。前回、ルーツのような強力な魔道士と出会えたのは良かった。久々に高揚した。だからこそ、それでも駄目だったという結果が、私の心にかなり響いているようだ。


 ルーツは私に続き、静かに横に腰掛けた。この人も、過去に何かがあった人なのだろう。ルーツの心に、手助けが必要……?


 しかし、まもなく私たちの前にベルビントが現れる頃だ。マヤとベルビントが間違いを起こすのは止められないから、後からマヤとウィルの心のケアをしなければならない。


 やることが、多い……。


 しばらく二人で何も喋らないまま座り込んだ後、手に入れた武具を持てるだけ持ち帰った。



    ◇



 センクタウンに帰還すると、まもなくアンデッド・ドラゴンの侵攻に起因する死界の急拡大が起こった。私たちはいつもの街に派遣され、避難誘導に当たった。何が起こるか分かっているからこそ、私は率先して避難の指示を出した。優先順位のノウハウも確立しているから、避難は迅速に進んだ。


 人命に関わることだから手を抜く訳にはいかない。けれど、やはり毎回同じことをするのは疲れる。繰り返していれば私は……、私たちは……、死界に勝てるのだろうか……。


 アンデッド・ドラゴンの襲撃がある日、私は東方面の監視に当たった。東の空が死界の瘴気でいっぱいになり、一台の馬車が駆けてくる。いつも通りだ。


 私は警報を出し、デルロイ、マヤ、ウィル、ルーツと共にアンデッド・ドラゴンの足止めに向かった。


 しかし、このドラゴンは後にも戦うことになるのだ。ここで倒してしまった方が効果的ではないか……?


 ふと、そんな考えが頭をよぎった私は、魔力を全開にしてアンデッド・ドラゴンを攻撃した。


 そうだ、失敗したとしてもまだやり直しは効くんだ。一度、こいつをここで倒すことを試してみるべきじゃないか!


「はぁぁ……!!」

 私は攻撃を連打した。冷静に判断すれば私が勝てるわけはないのに……。


「……ス! ……リス!!」

 あれ、何だろう、声が聞こえる。


「ドリス、何やってる!!」

「ぁぐ……!?」

 胴体に何かがぶつかった圧力を感じ、私は悲鳴を上げた。身体が加速し、どこかに着地する。


「ドリス! 俺たちの任務は避難誘導だ! あれを倒すことじゃない!!」

「ル、ルーツ……?」

 ルーツの顔が目の前にある。ルーツが私を抱えて跳んだようだった。


「おい、早く構えろ!!」

「ルーツ、ドリス、来るよ!!」

 デルロイとウィルが叫んだ。ルーツは私を抱えてさらに横に飛び、私たちがいたところを火炎ブレスが襲った。


「ドリス、大丈夫!?」

 マヤが私たちのところに来て声をかけてきた。


 私は頭をぶんぶんと振り、自分自身に冷静になれと命じた。よく考えたらルーツだって勝てたかどうか分からない相手なのだ。それは前回のことで分かっていたはず! ここは避難作戦を継続しなければ!


「ご、ごめん! 足止めに集中するわ!」

 私は皆に謝り、アンデッド・ドラゴンに向き直った。


 元々この五人で囲めば足止めは難しくないのは前回よく分かっていたことだ。しばらくドラゴンの注意を引くと避難完了の合図があり、私たちも撤退した。



    ◇



 西の拠点の村に到着し、いつものようにベルビントが登場した。マヤが医務室に連れていったのも前回と同じだ。


「はぁぁ……」

 私はため息をついてベンチに座った。思わず頭を抱える。


 この後はマヤとウィルのフォローをする必要がある。それと同時に、死界に攻め込んだ時に対峙するさっきのドラゴンの対応方法を考えないと。いや、その前にマヤとウィルのフォローはいつも上手くいくわけではないから、二人の様子の変化を観察しておかないと。くそ、ベルビントさえいなければもっと楽に考えられるのに……!


「ドリス」

 私の名前を呼ぶ声が聞こえ、横に誰かが座った。


「ルーツ、どうしたの?」

「いや、さっきの事といい、大丈夫かなと思って」

「え……?」

「凄い顔してたよ」

「あ……」


 私は、ルーツが心配してしまうほど酷い顔だったようだ。見ればルーツは手に飲み物を二つ持っており、片方を差し出してきた。私は素直にそれを受け取った。


「ありがと」

 二人で飲み物を飲んでいると、しばらくしてルーツが話しかけてきた。


「さっきの君は、自分を勘定に入れていないように見えた」

「……そう?」

「ああ。自分が傷つくことをお構いなしという様子だったよ」

 そんな風に見えていたのか。確かに、私はやり直しが出来るから、多少傷ついても問題ないと無意識に思っていたのかもしれない。


「俺も、あんな風だったのか?」

「え?」

「二人であの巨大な石人形と戦った時だよ」

「……少なくとも、あの時のルーツは、見ていられなかった」

「そうか……。俺も、さっきのドリスを見て、あんな戦い方はやめてくれと思ったよ」

「そう……」

 ルーツは私を心配してくれたようだ。やり直しが効くとはいえ、そんなことを思わせてしまったのなら、やっぱり自分を見失ってはいけなかった。


「ごめん……」

「いや、俺も痛感したよ。人が自分を顧みない姿を見るのは嫌なもんだな。俺こそ、こないだはごめん。今後は気をつける」

「……私も気をつけるわ」


 ちょうど飲み物を飲み干したタイミングだったので二人でベンチから立ち上がり、拠点に戻っていった。

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