14 何度も通った関門(ドリス視点)

 死界討滅軍の養成アカデミーの生徒が主体となる避難作戦。私にとっては何度も繰り返したことだ。だから、先に何をすべきかは大体分かっている。被害を最小限にするためには、最初の三日にできる限りのことをしなければならない。


 私は何かと理由を付けて各日の作戦時間を延長させて仲間や住民を鼓舞こぶし、多くの避難誘導をした。


 三日目の夜は、早めに撤収することを要求した。初日と二日目に予定より大幅に避難が進んだので、休憩も必要だという名目でだ。可能な限り身を休めるべきだということを知っているからだ。


 夕食時、私はルーツ、マヤ、デルロイ、ウィルと卓を囲んでいた。


「ドリス、凄ぇな」

「ほんとほんと。リーダーシップ取りまくりだったよね」

「ああいうの、向いてるんだね」

 デルロイ、マヤ、ウィルが順に言った。これまでだとウィルは自信のなさから暗い顔をしていることが多かったから、今回は本当に良い流れだ。


「上手くすれば明日にも避難は完了するかもしれないな」

 ルーツが食事の合間に呟いた。


 それが目的だ。何故なら、明日には事態が悪化するからだ。それまでにできる限り避難は終えておくべきなのだ。



    ◇



 翌日。


 午前中は私も避難誘導をした。あと少しで避難が完了というところで、昼休憩に入らせてもらい、その後は東の監視についた。


 これは私がやるべきだ。次に何が起こるか、分かっている私が……。



 しばらくすると、東方面の空がドス黒くなっていくのが見えてきた。


「来た!!」

 私はすぐに通信魔導具で通達を出した。死界が急接近してきたという情報だ。


 アカデミーの生徒たちと一部参加してくれている正規軍が慌てて東方面を確認する。


 ドス黒い瘴気の中に、一体のドラゴンが見える。それが瘴気を放ちながら凄いスピードでこちらに向かってきている。すなわち、アンデッドの中の一体ということで、死界の侵攻速度を上げた原因だった。


 そして、そこから逃げるように走っている馬車が一台。


 こうなれば私が指示を出すまでもない。逃げている馬車の受け入れと、残っている住人の避難、アンデッド・ドラゴンの撃退、それはすぐに生徒や正規軍に伝わっていった。


 いつもならここで打って出るのは私とデルロイとマヤだ。しかし、今回はウィルを連れていって良い。実戦にも慣れてほしいからだ。そしてルーツも。


 強力なメンバーを当てる必要があることは誰の目にも明らかであり、自然とそういう流れになった。


 街の東門から飛び出し、私たちは風魔法で高速移動して馬車に合流した。


「早く行ってください!」

「ここは俺たちに!!」

「すまない!」

 マヤ、デルロイ、馬車の運転手が順に言った。


 そして、私たちはアンデッド・ドラゴンと向かい合った。


「避難完了までの時間稼ぎで良いからね!」

「おうよ! けど、チャンスがあったら倒し切るぞ!」

 私の問いかけにデルロイが反応した。


 そしてデルロイが先陣を切った。前衛で火魔法を行使する。アンデッドが火に弱いことは多いが、このドラゴンにはあまり通用しない。向こうも火炎ブレスを吐いてくるし、火属性は得意なのだろう。


 早速ドラゴンが火炎を吐いてきたが、マヤが水属性の防壁を張って防ぐ。ウィルが土属性の魔法を発射してドラゴンの足を止める。


 しばらく戦っていると、ドラゴンから溢れる瘴気が集まり、霊体のアンデッドが出現した。これが死界の嫌なところなのだ。瘴気から作られたアンデッドは強くはないが、瘴気が濃くなってくると数が増えてしまうのだ。


 私は、援護に徹していたルーツを見た。ルーツが私の視線に気づき、頷いた。


 ドラゴンの対処はデルロイたちに任せ、ルーツと私で霊体たちに向き合う。私が魔法攻撃しようとした時、ルーツの杖と左手が光り輝いた。


「わぁ……」

 私は思わず声を上げた。ルーツの魔法が綺麗だったのだ。ルーツが杖と左手を前に突き出すと、それは強烈な火と風の混合攻撃に変わり、出現した霊体を残さず倒し切った。


「おお、流石だな!」

「デルロイ、よそ見はダメよ!」

「わーってるよ!」

 デルロイとマヤが減らず口を叩く。彼らに余裕があるのだ。ウィルが上手くサポートしてくれている。


 私とデルロイとマヤだけだった場合はこうはいかない。始めの頃は私も勝手が分からず、窮地に陥っていたものだ。マヤのピンチにウィルが参戦してきてしまい、死傷してしまうケースも一度だけあった。


 その頃に比べると、今回のこの戦いは相当に余裕だ。しかし、これは本当に第一の関門に過ぎないのだ。ここで苦戦している場合ではない。


 やがて避難完了の報告を受け、私たちも下がった。ドラゴンも依然として追いかけてきたが、街で仲間たちが最後の馬車を用意しており、私たちはそれに飛び乗った。足の早い馬を使っているので、ドラゴンとの距離をぐんぐん引き離していく。


 街の西門を出て、後は街道を西に向かうだけだった。


 無事に拠点の村まで辿り着くと、私たちはようやく緊張を解いた。もっとも、この逃走過程で何かに襲われたことは今まで一度もなかったが。


「やれやれ、無事に終わったな」

「お疲れ、デルロイ」

「おう」

 デルロイとウィルが手を叩き合う。彼らがこういう関係を築けているのは初めてのことだ。


「無事に終わったね、疲れたわ……」

「ふふ。アカデミーに戻る前に少し休まないとね」

 マヤとそんなことを言い合い、軽く抱擁し合った。


 アカデミーの生徒も全員無事だし、住民も犠牲者なし。こうできるノウハウは私の中に溜まっていたが、ルーツの参戦とウィルの覚醒で本当に余裕があった。今後にも期待できると思う。


 しかし、いつもならここで大きな問題が発生する場面だ……。


「え……、何だあいつ……?」

 ルーツが怪訝けげんな声を発した。いつも冷静なルーツにしては珍しい。


 ルーツの視線の先を見ると、そこには避難民を乗せてきた一台の馬車がある。そして、その馬車の前で一人の男が倒れている。


「う……ああ……」

 うめき声を上げるその男性は私たちより少し上くらいの年齢の風貌で、よだれを垂らしながらゆっくりと痙攣している。


「やっぱりいたか……」

 私は思わず呟いた。こいつの登場は毎回本当にうんざりする。


「うわ、どうしたんだ、急病か?」

「大変、大丈夫ですか!?」

 デルロイが言い終わらないうちにマヤが心配そうな声を上げて駆け寄り、そのまま看病を始めた。


 私が世界をやり直すに辺り、分かったことがある。それは、全て同じにはならないということ。ただし、強い意志が働いていたり、運命性の高い出来事だったりすると、それは確実に起こる。今回のアンデッド・ドラゴンの出現もそうだ。そして、この男の登場も毎回確実に起こる。最初にドラゴンから逃げてきた馬車の中にいた者の一人だ。


 男はマヤに付き添われながら医務室に移され、看病を受けることになった。


 この後のことも知っている。一晩休むと、その男は話ができるくらいまで回復している。そして、記憶喪失だと言い出すのだ。自分の名前も思い出せないという。名前の刻まれたプレートを持っていて、それは彼自身のものか他人のものか分からないけれど、ベルビントと書かれているから、ひとまずその名前で呼ぶようになる。


「はぁぁ……」

 私は盛大に溜息をついた。


 今後、ベルビントが私たちの人間関係を引っ掻き回すことになるのを知っていたからだ。

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