第5話 ガチャ切り

「聞いてるフリで平気だろ」


 主任の言葉通り、オッサンの要件はいつもくだらない。いや、要件でさえない。


 前回は郵便物の切手の貼り方から封の仕方を延々説教され、最後はハンズフリーにしていたら、お局にキレられた。


 しかし今日は、それでは乗り切れなさそうだ。オッサンが、『引越しの手伝いに来い』と言って引かないのだ。


 主任は絶対断れのアクション。けれど引かない。オッサン引かない。なんの時間だこれは――、なんて思うが、うちにかかる電話の八割は、この類だったりする。


「無理っすねー、あー、無理っすねー」

 エンドレス拒絶。

 そこにコトンと、デスクで音がした。カップが置かれたのだ。


「せ、せつな……」

「お前さー、ポットに水くみにいって、そのまますぐいれるヤツがあるか? 水じゃん!」

「すんません」


 押し付けようとしたのに、主任の声が被る。刹那崎せつなざきはポットを掴み、コンセントを探し始めた。もう水でいいっつの!


『んじゃ今から住所言うから、とりあえず一人は来てよね!』


「無理です! 無理!」

 勝手に話を進めるな。


 でもこのオッサン、どんなにぞんざいに扱っても、ガチャ切りなんかはしないんだ。単に話したいだけだろっていう。


 刹那崎は刹那崎で、今度はポットの水をぶちまけている。でかいからって、もう少し繊細に動けよ!


「いーよもう、後で秋山にやらせっから」

『裏口の方がわかりやすいから、そっち来て』

「俺の仕事を増やすんじゃねぇボケ!!」


 まずい、受話器を口に当てたままだった。


「すんません、せっかく先輩が、もう一人前だって言ってくれたのに」

『困ったことがあったら言えって言ったよねぇ!』

「んなこと言ってねぇぇぇ!!」


 驚きすぎて立ち上がる。


「ほぉ~? 秋山のお墨付きかぁ」

 すると、二人の対照的ともいえる笑みが飛んできた。お局さえチラ見してくる。


「言ってませんって!!」

「それに、俺みたいな後輩がほしかったって……」

「言ってねぇええええ!!」


 ブチン。

 このひと月で、最も大きな音だった。しかし切れたのは俺の血管だけでなく――。


 ツーツーと、無機質に響く電話の音。オッサン、初めてのガチャ切り。


「えっ……」


 結局俺は、この後土下座兵として、オッサンに差し出された。


 刹那崎がついてくると言ったが、「爆発物は持っていくな」と主任からのお達し。当たり前だ! 誰が持っていくか!!


 あぁ、人生でそうそう、土下座することってあるか?

 でもここへ来てから、俺の土下座カウントは回り続けている。

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