第59話 雷こわい雷こわい雷こわい

「ぜぇぜぇ……くそったれ、炎がっ」


 他の追随を許さない戦果を挙げていた騎士団長アンジュだったが、ついに体力の限界が近づいてきていた。


【炎拳士】の使う炎は、魔法によるものではなく特技によるものだ。

 そのため体力を消耗するのだが、最初からほぼ全開で使い続けたため、枯渇によりその勢いが弱まってきていた。


 と、そのとき頬にぽつり、と。


「……雨?」


 空を見上げると、黒い雨雲が空を覆い尽くしていた。


「ちっ……ただでさえ、雨の日は力が落ちるってのによ……っ!」


 炎を纏う彼女にとって、雨は天敵だ。

 こんなときに最悪だと、顔を顰めて吐き捨てる。


 加えて彼女は、アレが何よりも苦手だった。

 バリバリバリバリ――




「ふぎゃあああああっ!? か、雷っ、怖いいいいいいいいいいっ!?」




 そう。

 雷が大の苦手なのである。


 小さい頃のトラウマのせいで、大人になった今でもダメだった。

 そのため雷雨のときは絶対に屋外での演習は中止である。


 しかも今まで経験したことのない凄まじい雷で、


「あぎゃ……」

「「「団長おおおおおおおおおおおおっ!?」」」


 白目を剥いてその場に倒れ込んでしまう。


「だ、団長! しっかりしてくださいっ!」

「雷こわい雷こわい雷こわい雷こわい雷こわい雷こわい……」

「マズい団長が恐怖で壊れた!? 大丈夫です! もう収まりました! ほら見てください!」

「ほえ?」


 恐る恐る目を開けたアンジュは、先ほどの雷が嘘のように周囲が静寂を取り戻していることに気が付く。


「な、何だったんだ……?」

「分かりませんっ! ただ、どうやらスタンピードの第二波の直撃したようです!」

「なっ!?」


 信じられないことに、あの雷はすべて、迫りくる魔物の大群に落ちていたらしい。

 無数の肉片が延々と続いて、焼け焦げた地面から煙が上がっている。


「まさか、誰かがあの大群を狙って……? いやいや、んなこと、できるはずが……」


 アンジュが震える声で呟いた、そのとき。


「「「オオオオオオオオンッ!!」」」


 聞こえてきた雄叫び。

 見ると、どうやら先ほどの落雷の生き残りがいたようで、散乱した魔物の死体を踏み越えながら、慌てて来た道を引き返していく。


 恐らく逃げ出したのだろう。

 さらにこの流れに乗じて、残っていた第一波の魔物たちも一斉に北に向かって走り出した。


「魔物が……退散していく……」

「凌ぎ切った、のか……?」


 ホッと安堵の息を吐く騎士たち。

 次の瞬間、地面が激震した。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 今度は何だと狼狽えるアンジュたちが見たものは。


 地面に入る巨大な亀裂。

 それはちょうど逃げる魔物の群れの行く手を阻むように広がっていき、もはや引き返すこともできないその大群が次々と亀裂の中に落下していく。


 やがてすべての魔物が亀裂の奥に消えていったとき。


 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 再びの轟音と激震と共に、地面の亀裂が閉じていった。


 気づけばあれだけいた魔物が、綺麗さっぱり全滅していた。

 死体だけが無数に転がっている。


「だ、団長……我々は一体、何を見たのでしょうか……? ……団長?」

「うぅぅぅ……地震こわい地震こわい地震こわい地震こわい地震こわい地震こわい」

「……」


 アンジュは地震も苦手なのだった。







「……意味が分からぬのじゃ」


 アンジュが苦手な地震に震えている頃、ギルドマスターのバネットは唖然としていた。


 突如として発生した雷の嵐。

 そして巨大な地割れ。


 神が我々を救ってくれた……という方が、まだ納得がいくかもしれない。

 しかし生憎と、バネットにはこれを成した人物に心当たりがあった。


【農民】のルイスである。


 城壁にできた穴から侵入してくる魔物を討伐しつつも、彼女は見ていたのだ。

 依頼のために不在だったルイスがどこからか戻ってきて、城壁の上に現れたところを。


 雷雲は彼の姿が現れてから、すぐのことだった。


「天候と大地を操り、魔物の大群を殲滅してしまった……。これが戦士一人の力じゃというのか……?」




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