第49話 朝っぱらから騒々しいやつじゃの

「……まさか、このオレ様が負けちまうとはな」


 演習のことは隊長たちに任せて、アンジュは先んじて騎士団本部に戻ってきていた。

 いつもなら厳しく団員たちをしごくのだが、謎の冒険者に敗北を喫し、もはや指揮を執る気分になれなかったのである。


「き、きっと本調子ではなかったからですよ、騎士団長っ! いつもの団長より、心なしか動きが悪かったように見えましたし……っ!」


 と、必死に擁護してくるのは、副団長だ。

 アンジュよりも十個以上の年上だが、典型的な長い物に巻かれるタイプで、普段からご機嫌取りに忙しい男である。


「はっ、本当にそう見えたなら副団長なんざとっとと辞めちまえ」

「間違えました! 団長はいつも通りの強さでした!」


 ジト目で副団長を睨んでから、アンジュは大きく息を吐く。


「……単にあいつが強かっただけだ。あれで【農民】だと? 確かにやつの作ったブドウは死ぬほど美味かったが……」


 ブドウの味を思い出すだけで、口の中に唾液が溢れ出してくる。


「にしても、オレ様が負けるのはいつ以来だ……? 子供の頃、年上に敗れたことなら幾度かあったが、あいつみてぇな同年代に負けたのは初めてかもしれねぇ……」

「そ、それほどでしたか……」

「死ぬほど悔しいが……だが、何だ、この感じは……? あいつのことを思い出すと、動悸が止まらねぇっていうか……」

「え? そ、それはもちろん、憎しみ的なものですよね?」

「憎しみ? いや、それにしては不快な感じじゃねぇっつーか……むしろ、心地よい感じもするような……」

「~~~~っ!?」


 頬を少し赤く染め、苦笑するアンジュ。

 その姿からあることを察して、副団長は絶句していた。


「分からねぇ……だが……またあいつに会いてぇっつーか……」

「(いやいやいや、どう考えてもそれは恋ですよ!? けど、あの騎士団長が!? 冷酷無比の鬼女と言われている騎士団長がっ!?)」


 見た目だけなら絶世の美人であるにもかかわらず、色恋沙汰とは完全に無縁。

 そもそも彼女のような凶悪な女を御することができる男など、この世にはいないと思われていた。


「(あの冒険者の男っ……とんでもないことをしてしまいましたよおおおおおっ!?)」


 内心で慌てる副団長。

 そこでアンジュが何か思い至ったように。


「ってか、あんな男を冒険者なんかにしておくのは惜しいよな」

「へ?」

「クククっ、そうだ! 良いことを思いついたぜ!」

「(ヤバい……どう考えてもロクなことじゃない……)」








 その日、冒険者ギルドで、ある騒動が起こった。


 商売敵的な関係ということもあって、冒険者ギルトと騎士団は、どの街でもあまり仲が良くないというのが一般的だ。

 それはこのバルセールでも例外ではない。


 なのに、騎士団のトップ、すなわち騎士団長が、あろうことか単身で冒険者ギルドに乗り込んできたのである。


「ちょっ、この先は関係者以外、立ち入り禁止です!」

「うるせぇよ。オレ様は騎士団長だぞ? 考えようによっちゃあ、関係者だろうが。それより、バネットのババアに会わせろよ」

「アポイントはっ?」

「取ってるわけねぇだろ」


 職員たちの制止の声を無視し、ずんずん奥へと進んでいくアンジュ。

 そんな彼女の前に、禿頭の巨漢が立ちはだかった。


「がっはっはっは! 相変わらず乱暴な騎士団長殿だな!」

「サブマスのバルクか。おい、ハゲ。ババアに会わせろ。オレ様が立ち入るのがダメってのなら、向こうから出てこい」

「残念ながらギルマスは会議中だ! また日を改めてもらおぶごおっ!?」

「「「サブマスが殴り飛ばされたああああああっ!?」」」


 そのままアンジュは、ギルドマスターであるバネットの執務室へ。


「……まったく、朝っぱらから騒々しいやつじゃの」

「会議なんてしてねぇじゃねぇか、嘘を吐きやがったな」

「勝手にここまで侵入してくるような輩に、他人の嘘を咎める権利などないと思うがの? それで一体、わらわに何の用じゃ?」


 諦めたように嘆息して問うバネットに、アンジュは言った。


「ルイスって男がいるだろ? やつをうちの騎士団に寄越せ」

「は?」


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