第九節 『ババア!』って書き込んだヤツの住所も特定するから

第九節 『ババア!』って書き込んだヤツの住所も特定するから



 新台入れ替えのチラシをチェックしていた美香は、クローズ業務に備える指示を出しながらこちらに振り返った。相変わらず壁一面のモニターの前で女王のように堂々とした態度で。


「姫様は眠った?」

「初めての日本酒で爆睡だ。麻雀で精神をすり減らしたんだろう」

「彼女の言っていた見沼代喜三郎はデータが拾えた。宮内省の元職員で公務員ね。あまり省内での位は高くないけど、民間の出身で長く勤めてる」


 パイプ椅子に座って、次郎は京子が眠っている仮眠室の扉をちらと見た。


「この件が終わったら、墓前に花でも手向けてやりたいそうだ」

「恩返しと言うのは、いつも手遅れになるものね」


 そう言ってから美香は「初婚の妻を交通事故で亡くしてる。妊娠中だったみたい」といらない情報を告げてきた。

 次郎は顔を振って「悪夢だな」と拒絶する。

 美香も同様に「世の中は腐ってる。神様の野郎が居たら、ぶん殴ってやらないと」と言ってからいくつかの画面を切り替える。


「今日の活動はご苦労様。上々だと思う」

「皇軍に探知されるぞ」

「されていいのよ。政府が推し進める非道な行いが白日のもとに曝されたとき、国民はどう思うかしら? それも我らが皇室の関わるスキャンダル……。内閣が吹っ飛ぶぐらいじゃ済まないハナシだってあり得る」


 学術的に疑義のある古墳の調査さえさせてくれない宮内省ですもの。彼らには彼らの作り上げた『神話』がある。それを守る事が、彼らのシゴトなのだ。

 美香の論理には一理あった。

 次郎は首元を掌で擦りながら。


「しかし、引っかかる点がいくつかある。京子についてだ」

「わたしも同感ね。でも、いまここで仮説をこねくり回しているだけでは、きっと解決できない。真実を見抜くためには、まだ足りないピースがいくつかある」

「それは取りに行かない?」

「向こうが運んできてくれると踏んでる。だから、姫様の情報を積極的に発信してわけ」


 彼女はジッと次郎を見つめて。


「しばらくはあたしが状況を動かす。あなたは姫様を楽しませてあげて」


 画面上に映し出されたSNSには、たくさんの「#姫様」「#現代の姫御子」「#麻雀姫様」という文字が躍っていた。情報は民間の間で確実に拡散していた。



* *



 あっ、あっ、あっ、あァーっッ! こんばんやもやも~ッ! 家長と長兄の皆々ぁ~、マトリクスの海神ィ、すーぱー天才うるとらハッカーッ!!! 大盛ぃ? 特盛ぃ? 矢盛やもやもォ~!!!

 ねえー、今日ってばさ、お姫様の無双配信みたやも!

 みんなは麻雀とか得意やも? やもやもあんまり得意じゃなくってさァー。プロ雀士の足立さんと対戦してて、結構イイとこまで行ったんだって!


『あだにゃん、今日も化粧濃い』

『この神引きの子なに? すっげええ可愛いんだけど』

『姫様の麻雀配信見てたよ!』


 姫様かわいいよねえー。でも、やもやもの方が可愛いよねえ、皆々ぁ~!!!


『うっせ、ババア!』

『姫様の方が間違いなく可愛い』

『圧倒的な姫様勝利の展開』


 やもやもね、可愛い女の子とか見ると興奮しちゃうから、すぐに身元割っちゃうんだよね。あっ、いま『ババア!』って書き込んだヤツの住所も特定するから、覚悟しとけよ。ええっと岐阜県郡上市――。


『さっそくやもやもに割られてて草』

『岐阜の民の突待ったなし』

『やもやも可愛いよ』


 皆々も知っての通りぃ、特定するのなんて造作もないんだけどねえ……? でもさ、この姫様って住所ないの。通ってる学校もなくってさ、意味わからなくない?

 そんでもって現住所っぽいが長野県内でさ……ここってウェブ上だと山中なんだけど、リアルの映像だと建物あるんだよね。

 画面にSNSの投稿動画を転載する。

 山腹から火焔が轟々と燃え、夜空に黒煙が溶けていく。高速道路を走る車のドライブレコーダーの映像らしく、投稿者の「え、なに、山火事? やばくない?」という生々しい声が克明に残っている。

 んでね、これが焼け跡の写真なんだけど……。ここが姫様の住所っぽくてさ。意味わかんなくない?


『……練馬の件みたいに改ざんされた情報なの?』

『姫様ってマジモン? 追われてるの?』

『追われる姫君が麻雀配信で跳満で無双するわけないだろ! いいかげんにしろ!』


 よくわかんないけど、最近さ、似たようなコトが多いよね。すごい騒がしいことが起こってるのに、テレビ報道とかまったくない感じで。やもやも、そういうの調べるの得意だから、明日の配信でも皆々に経過報告するやもっ! んじゃあ、今日も三国志やって行こうと思うやもーっ!

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