経理部の女王様が落ちた先には

Bu-cha

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社会人5年目 今年で27歳

この会社に転職し3ヶ月




フロアの床に、少しだけピンヒールの音が響く。



規則正しいその音が、わたしを冷静にしていく。



「これ、間違えてるわよ?」



両足を気持ち広く開き、左手を腰に当て、右手で資料を突き返した。



「直すまで、経理部では受け付けないわよ?」



そう言って、踵を返し部屋を出た。



フロアの床には、また私のピンヒールの音が、響く・・・。






「麻美さん、僕達は役員との経営会議に出席してきますので。」



「今日は長いかも、2時間くらい。

もし何か急ぎの案件があったら、迷わず副社長室に来て?」



経理部の岸部長と宮本副部長が、いくつかの資料とノートパソコンを持って、1階上の10階にある副社長室に向かった。



大手企業の“経理部”



男性の岸部長は監査法人経験もある会計事務所出身の公認会計士。

宮本副部長は税理士の資格を持っていて、競合他社から引っ張ってきた経理の女性。



そこに、他業種の中堅企業の経理を4年間経験している私と、パートの女性3人。



そんな6人で回している部署。



足を組み直し、岸部長と宮本副部長のデスクを眺める。

沢山のファイル、書類の束、領収書や請求書、数冊の決算書、参考資料の分厚い本に囲まれた、2人のデスク。



わたしはその景色を見て、笑った。

この散らかったデスクに、悪い気がしなかったから。



「麻美さん、何かやることありますか?」



17時まで残っている最後のパートの女性がわたしに声を掛けた。

私はパソコンのディスプレイから目を離し、その女性を見る。



「お疲れ様。今日も助かったわ?」



小学生の子どもがいる私より年上の女性に笑い掛け、そう答えた。



誰もいなくなった経理部。



少しだけ、何度か深呼吸をして、経理部にある時計を見た・・・。



経営会議が長引いたようで、岸部長も宮本副部長も18時の定時直前に戻ってきた。



「麻美さん、もう月半ばだから帰って?

僕達は今の会議での件、少しやってから帰るから。」



岸部長の話の途中で、私は椅子からゆっくりと立ち上がる。

そして、岸部長のデスクの前へゆっくりと歩いていく。



岸部長が不思議そうに私を見上げる。



「お手伝い致します。」



そう、岸部長に笑い掛ける。



岸部長は少しだけ悩んだ後、私に経営会議での資料を広げ簡単に説明をしていく。

そして指示を受け、私はまたゆっくりとデスクに戻り、資料・電卓・パソコンのキーボードとディスプレイに、向き合った。



そして、会社のすぐ近くにあるチェーン店の喫茶店へ。

その窓際のカウンター席で、コーヒーと手をつけていない軽食を前に、窓から見えるオフィスの街並み、車の流れ、人の流れを眺める。



この会社に4月に転職をして、7月になった。

まだ、3ヶ月・・・

もう、3ヶ月・・・



高級な腕時計を見たら、時間は22時。



すっかり覚めてしまったコーヒーと軽食を、ゆっくりと口にした。



当然だけど、こんな物では何も満たされなかった。

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