mythology teller(神話を語る者)

はしらい

第0話 籠の乙女といにしへの龍

 神は残酷過ぎる…


 ざぁざぁと降りしきる雨の中、魂が擦り切れ訳もわからず全てに怯え、怖くて叫び声すら上げる事も出来ず震えうずくまる少女を見ながらひとりごちる。


 年端もゆかぬ少女にこのような仕打ち、神はやはりこの世界を自らの無聊を慰めるための箱庭程度としか考えていないのだろう。


 だからこそ過剰に過激な事を好む。


 例えば、退屈だからと神託を出しいくつもの国家を消滅に追い込む大戦を起こさせたり。


 例えば、とある種族を一人を残して絶滅させるように仕向け、そのものに神託を与え魔王と呼ばれる存在になるように導く。


 盲信する魔王にお前の驚異になる人間がいると村を滅ぼさせ、一人だけ生き残らせて加護を与える事により勇者と呼ばれる人間を作り、その行く末を眺めてみたり。


 例えば……一人の人間に何十何百種類もの絶望的な結末を記憶を消して何度も繰り返させたり。


 その都度、規模はまちまちであれど悪辣極まりない娯楽を繰り返してきた。


 我ら龍は神と同時に生まれたが、龍は神と違い世界に干渉せずに観測することだけを義務付けられた。


 神は世界に干渉する為の力が強く、龍はそれ以外の全てにおいて神よりも強かった。


 龍は考えた、自分は神の行動が目に余る時のこの世界で生きる者達への救済措置なのではないかと。


 神は考えた、奴は自分にとっての邪魔な足枷なのではないかと。


 龍は誓約により動くことはできないが、誓約を破る事で一度だけ世界に干渉することが出来る、その事は龍しか知らない。


 神は龍がどの程度で動くのかを探ろうとした、しかし龍は依然として動かない、神は龍が軽々しく動けない事を悟った。


 ならばと神は龍が動かないであろうギリギリの線を綱渡りのように何度も繰り返した。


 龍は嘆く地上の生き物を見て魂が引き裂かれるようだった、龍は自分が干渉出来ないならば他に何が出来るかと考えた。


 龍は自分自身が干渉しなければ誓約を破ることにはならないと、自分の写し身を作り世界に降ろした。


 しかし、強すぎる写し身はまだ誓約の枷から外れることは出来なかった、降ろした場所からそう遠くまで動けなかったのだ。


 やがて写し身は神の送り出した勇者によって討たれてしまう、しかし、それによってもたらされたものを人が使うことによって龍は世界に干渉することに成功した。


 人間は龍の写し身から抉り出された心臓を人間の子供に移植することで、人工的に勇者のような超人を造り出そうとしていたのだ。


 もちろん、非人道的な実験であり一度は中止された計画であるが、自らの才能に驕り実験の為に犠牲を出すことに罪悪感をおぼえないもの達が秘密裏ひみつりに集まり実験を再開した。


 魔術的な力の根元である心臓には魂が宿っているとされ、心を示す際に心臓に手を当てる動作をするのはこの名残だとされている。


 しかしながら、この心臓を移植するだけでは魂の移植は出来ない、肉体的な拒絶反応や内包する魔力の不足による魂の消滅によって失敗してしまうのだ。


 そこで龍の心臓だ、内包する魔力が桁違いに多く、有り余る生命力から死してなお動き続ける心臓、しかし研究は難航していた、適合者がいないのだ。


 このままでは堂々巡りだ、ならばアプローチを変えようと彼等は他の魔物の肉体を人体へ移植し始めた。


 人数が足りなくなれば孤児を拐って補充した、そしてついに魔物の肉体との適合者が現れた、最初の成功はオーガの腕であった、やはり人型の魔物であったのが功を奏したのであろう。


 しかし、その実験体も人ならざる肉体を移植された拒絶反応でそう長くはもたなかった、物のように消費されていく孤児達、その中に彼は居た。


 リュートと呼ばれていた彼は孤児の中でもリーダー格で、もう一人のリーダー格のフルートと名前を付けあった仲だった。


 人拐いから年少組を逃がそうとしたが妙に組織だって動いていて、囲まれて捕まってしまったのだ。


 その後、紆余曲折有りつつも瀕死の重症を負った時に龍の心臓と契約を結び今の私がある。


 話が長くなってしまったが、これが今の龍でありつつ人間である私と神の関係性だ、つまるところ、直接関わっているわけではないが知っている反吐が出そうな邪悪な存在にもてあそばれ続けた少女に同情してしまったのだ。


「怖いかい?」


 私は彼女と目線の高さを合わせて話しかける。


「ひいぃ……ぇぇ?」


 喉が引きれてしまって、まともに声が出せていない。


「苦しかったね、辛かったね、今も怖いよね、怖くて仕方ないんだよね。」


 出来る限り優しい声と表情を心掛こころがける。


「うっ…ひっくっ…うぅ…」


 今も訳のわからない恐怖と絶望に襲われ続ける彼女にしっかりと伝わるように心を込めて。


「大丈夫、私は君を傷付けないよ。」


 野生の動物にそうするように、静かに下からゆっくりと手を差し出す。


「うぅ…ううぅ…うわあぁあぁあああ!」


 腕にすがり付いて泣き出した彼女は、声が枯れるまで泣き続けていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 あの出会いが随分昔の事のように感じる、事実昔の事なのだろうが、それでも彼女と暮らしたこの5年間は今まで生きてきた中で一番濃い時間だった。


「先生」


 泣きそうな声が聞こえてくる。


「君は出会った時から変わらずに泣き虫だねぇ。」


 愛しい我が子に向けるように柔らかい口調で話し掛ける。


「先生は変わりましたね。」


 彼女は私の手を取りゆっくりと優しくさする、手には既にあまり感触がないが心が暖かい。


「そうかい?」


 なるべくとぼけた口調で日常を繰り返す。


「ええ…傷付けないとおっしゃったのにとてもいじわるです。」


 喉が詰まっているような今にも泣き出しそうな震え声で彼女は言った。


「それは、約束を守れなくて悪かったねぇ。」


「いいえ良いんです、でも…もっと長く一緒にい゛だがっだでず。」


 彼女が鼻をズズっとすする音が聞こえる。


「ほら、鼻を啜るんじゃないよ、しっかりとかみなさい。」


「わ゛だじ先生がい゛な゛い゛ど駄目でず。」


「我が儘を言わないでおくれよ。」


「だっで…」


「あぁ…この世にこんな風に未練が出来てしまうとは…」


「ごめんなざい…」


「いや…いいんだ…悪くない気分だ…」


「先生…逝かないで…」


「ごめんよリリィ…愛しているよ…」

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