影月の詠

@satuki-eigetu

Day.0プロローグ

暗い木々に囲まれた、深い、深い、お山の中。

滅びは世の常だと教わった。

人々が電灯を忌み嫌う夜。

一人の少年の悲劇、はたまた喜劇が幕を開けた。



─────ぼくはこのおうちがすきじゃない。

そんなぼくを、おうちのひともきらっている。

どうしてかは分からないけど、たぶん、そんなきがする。

だって、みんなぼくを見てくる。

こわいものでも見るような目で、ぼくをじっとにらんでくる。

その目がきらい。

ぼくをおかしなものみたいに言ってくるお父さん。

そんなぼくをみてわらうお母さん。

きもちがわるい。


─────ぼくはいちど、山をでた。

さむい、さむい、ふゆの日。

ちょっとおうちを出たら、犬においかけられちゃった。

こわくって、ひっしににげた。

そしたら、よくわからないばしょにでた。

「ここ、どこ」

ぼくが知っている空とはちがう空。

なんでか知らないけど、いつもみてるやつより、おおきい。

ぼくが知っているものとはちがう周り。

うっとうしいくらい、あたりに生えていた木がない。

ぼくが知っているものとはちがう地面。

あたりいっぱいに広がるしろい地面。

ゆきの事はしってるけど、

ここまでまっしろなせかいは知らない。


─────いたい。


─────さむい。


少年の足は血にまみれている。

当然だ。

裸足で山の中を駆けるなど、

自ら自傷しにいっているとしか考えられない。

ただ、それすら分からないほど必死に走っていた。

立ち止まったらそこで、

食い殺されていただろうが。


一面の銀世界の中、

甚平姿の少年が一人立ち尽くす。


山中からしか見たことない空。

普段と違って遮るものが何一つないため、

無限に広がっている。

運がいいのか悪いのか、空には一片の雲もかかっていない。

そこで少年は、一生記憶に残るであろうものを見た。


金色に輝く、大きな月。

星々に彩られた絵画のような空。


少年はそれが何であるか理解できていただろうか。

ただずっとそれを眺めて、その場で立ちすくんでいた。


そうして眺める事一刻程、知らない声が後ろから聞こえた。


「今夜はいい夜だね、少年」

紅色の髪の毛をなびかせながら、こちらに微笑んでくる女。

「おねえさん、だれ?」

「私?私は…そうね、君の姉よ」

「うそ。だって、ぼくはおねえさんを知らないもん」

流石にそれが嘘だということは分かる。

何故なら、彼には弟しかいなかったからだ。

「冗談だよ、冗談」

そう悪戯に笑う女。

「いやー、私、君みたいな子を見ると、ちょっと意地悪したくなっちゃうんだよね」

「それ、よくないとおもう」

良くないことは良くないと訂正すべきだ。

少年はそう思った。

そして、今一度空を仰ぐ。

今はただ、空の模様を目に焼きつける。

それだけに集中したかった。

それでも、女は構わず話しかけてくる。

「ねえ、君は何故独りでここにいるの?」

「気付いたら、ここにいた」

「そっか。それなら仕方ない。それでその足、どうしたの?一体」

血塗れの足を見て、どうしてそう?と問うてくる。

「知らない。いつのまにか、こうなってた」

「痛くないの?木の枝、貫通してるけど」

言われて、足元を見る。

木の枝が、足の裏から甲にかけてガッツリ貫通していた。

逃げているときにでも刺さったのだろう。

少年はそれを痛がることも、怖がることもなく、

ずる、と引っこ抜いた。

「いたいよ。でも、いたくない」

「痛くないって、どういう─────」

よく見ると、少年の足からは傷跡が無くなっていた。

「驚いた。君、不死か何か?」

「ふし?よく分からないけど、ぼくはけがなんかしないよ」

へえ、とひとしきり考え込んだ後、

「君はこの空を見てどう思う?」

同じ空を見上げながら、そう聞いてきた。

「きれい─────」

「まあ─────そんなもんか」

六歳位の答えとしては期待通りの言葉だった。


「こんなに広いんだって、知らなかったんだ」

「知らなかった─────ってどうして?」

空が無限に広がっていることくらいは、誰だって知っているだろう。

そんなもの、上を見上げれば一目瞭然なのだから。

しかしこの少年はこれを知らないときた。

「ぼくがいつもいるところからだと、木がじゃまして見えないの」

「木が邪魔─────となると、山にでも住んでいるの?」


そう問うた。


─────すると、

明らかにおかしな様子を見せる少年。

「だめ、言えない、いえない、いえない、いえない」

今まで一度も寒そうな様子を見せなかった少年は、

唐突に歯を鳴らして激しく震えだしてしまった。

「どうしたの!?急にそんな震えだして!」

「しらない、わからない、しにたくない」

がちがちと歯を打ち鳴らしながらそんなうわ言を喋る少年。

その状態を見て、すべてが合致した。

「そうか─────君は─────!」


「しにたくない、しにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくない──────────!!!!!!」

「─────っ!」

がたがたと震える小さな体を抱きしめる。

あの人間達が、まだ年端のいかない子供に何をしていたのか。

この怯え用を見ていれば、想像は容易い。


ここまで─────ここまで腐っていたのか─────。


「いやだ、いやだ、やめてよ、いたいのは、いやだ!!!!!!」

白い世界に響き渡る絶叫。

それは、私の意思を固めるのに十分な出来事だった。

「落ち着いて、少年。いや、弥景」

「─────!?」

なんで、ぼくのなまえ─────

「いい?弥景。今から君は君の家へと帰りなさい」

「い、い、いやだ。いまごろぼくをさがしてる。かえったら、ころされる」

「大丈夫。君は死なないよ。これ、持ってて」

そう言って女は、自分の首に掛かっていたものを外して、彼の首に掛けた。

「くびかざり─────?」

「そう。その首飾りは、君を守ってくれる。まじないみたいなもの」

そういうと女は立ち上がり、


─────Schickt diese Seele auf ihren Weg


そう、何かを唱えた。

とたん、視界が真っ白になって、何も見えなくなる。

「なに─────これ、ねえ、おねえさん、まってよ!ねえ!」

「安心して。君を一人にはしない」

そう言って、彼女は彼の頬に優しく触れた。

「どういう、こと」

「私が、君を救ってあげる。」

その言葉とともに、彼は見覚えのある場所へと、飛ばされた。

「ここ、は─────ぼくの─────へや」

先ほどまでのは、夢だったのだろうか。

否、そうではない。

その証拠に、少年の首には白銀の首飾りが掛かっていた。

「おねえ、さん─────」

結局、また独り。

少年はどんな感情からか、涙を流していた。

たった少し、一緒にいただけなのに、彼女の暖かさに触れてしまった。


たった少し、話しただけなのに、触れてしまった無償の愛。


たった少しの事なのに、彼女が恋しくて仕方がない。


「ああ、ああああぁぁぁぁぁぁ─────、っあぁぁぁぁぁ─────」


とめどなくあふれる暖かいモノ。

それが何かは解らない。


ただ襲い来る、寂しさという感情。

溶けた彼の心を、灰色に塗つぶさんとしている。






─────ひとしきり泣いて、涙が完全に枯れたころ、ふと、軒へと向かった。

なにか、よくないものを感じ取ったからだ。

窓を開け、軒下へ出ると、むせかえるような血の匂い。

まるで腐った鉄の様に、ぬったりと鼻の奥に張り付いてくる。

しかし、彼にとってはそうでもなかったらしい。

「いいにおい─────」

あたり一面には、父だったもの。母だったもの。そして、ほかの家族たちの肉片や残骸。

真っ黒だった木々は、月明かりに照らされて嬉しそうに真っ赤に滴っている。

そうして、その広場の真ん中には、まるで女神の様に立っている女の姿。

彼女がやったのだろう。

そう推察するのに容易いほど、彼女は鮮血に染まっていた。

「あ─────は─────」

何に対しての喜びだろうか。惨状の中、少年は笑いながら彼女のもとへと向かう。

そんな彼に気づいて、微笑みながら歩み寄ってくる彼女。

「おねえさん─────、きて─────くれたんだね」

満面の笑みで、彼女に語りかける。

「ええ、言ったでしょう?助けてあげるって。」


鮮血の海となったその場所で、血にまみれたその腕で、彼女は彼を抱きとめる。

「いい?これから君は、私の弟になりなさい」

「──────────いいの?」

「ええ、君はこれから、鳴苅として生きていくの。それでもいい?」

少年からしてみれば、願ってもないような話だった。

「うん。ぼくは、おねえさんといられるなら、それでもいいよ」

「そっか、じゃあ、きまり!」

そういって、しきりに頭をなでてくる。

そんな中、何か大事なものが薄れていくのを感じた。


これが、事の顛末。

一つの終わりと、新たな始まり。

少し様相は違うだろうが、これもまた一つの契り。

血液と臓物に彩られた、真っ赤な誓い。


少年にとっての悲劇はここで終わり。

ここから始まるのは、彼にとっての喜劇。


誰にも語り継がれることのない、美しく、穢れた物語の





始まり─────。





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