三ツ橋ははっと目を見開いた。

 継ぎ目のない白い天井が目に入る。自分がどこにいるのかわからず、身を起こそうとすると、胴体にベルトが巻かれていて動けないことに気付いた。歯医者の治療台じみた椅子に固定されていて、そこでやっと、目の前の光景が眠りにつく前と同じであることに気付いた。

(……これは、現実なのか……?)

 大きく息を吐き、脱力する。全身汗でびっしょりだった。

 ひどい喉の渇きを覚えたところで、眼前にペットボトルの水が差しだされた。まるで思考を読まれたかのようなタイミングだった。

「おはよう」

 イスルギが上から見下ろしてきた。

 三ツ橋はペットボトルを受け取ろうと腕を伸ばした。その手首に例の測定装置が付けられていることに気付き、目を見開いた。

「何で測定装置……」

「実は新しい体験サービスのテスト運用をしたくてね。君に被験者になってもらったんだ」

 唖然とした。——勝手にを盗られていたのだ。

「ただで間宮くんの夢を観せたんだ。それくらいかまわないだろう」

 お礼もするからとイスルギはベルトのバックルを外しながら言う。

 そのまったく悪びれないさまを、三ツ橋は睨みつけた。

「従来の体験サービスはただ傍観するだけにすぎなかったが、今回、君に協力してもらったのは体験サービスだ。間宮くんの夢の記憶を元に作った体験データにユーザインターフェースを構築したのだよ。わかりやすく言うと、他人の脳内イメージ――つまり夢や記憶の中で、登場人物に成り代わって自由に行動できるというものだ。途中から、自分の意思で動けるようになっただろう?」

「……あのタクシーに乗ってから……」

「そう。タクシー登場以降にに切り替えをしたんだ」

 やっと身を起こした三ツ橋に、イスルギは視線を馳せた。

「間宮くんの姿で動きまわるの、面白かっただろう?」

(……ふざけんな)

 トラウマになりかねないほどの悪夢だった。本当にひどかった。

 三ツ橋は奥歯を噛みしめて震えをこらえた。怯えをイスルギに悟られるのは、絶対に嫌だ。

 そんな三ツ橋の心境も知らずして、イスルギは続けた。

「参加型体験サービスは、参加者の意思を反映できることが大きな特徴だ。つまりその舞台や世界観は、測定装置が読み取った君の脳内イメージと間宮くんの夢をAIが融合させて再構築したものになる。しかもその世界に外部から手を加えたりもできる。例えば――タクシーを送ったりね」

「……あの山羊やぎも、イスルギさんのしわざなんすか」

「山羊?」

 イスルギは身を乗り出した。

「山羊は出してないが、そんなものが出てきたのかね? 参加した人間の意思や行動によって展開が変わってゆくから、どう話が転がるかはこっちもわからないんだ」

 これは試聴が楽しみだなあ——イスルギは上機嫌で言った。

 言いたい文句は百ほどもあったが、三ツ橋は疲れ切った顔で装置から降りた。

 スニーカーに足を突っ込み——ふと顔を上げた。

「……ちょっと待ってください。じゃあ、元の夢ではあのタクシーは来ないんですか?」

「ん? ああ。タクシーは私が挿入したデータだから元の間宮くんの夢には登場しない」

 イスルギは黒いバインダーファイルに何やら書き込みながら言った。

「じゃあ、本当の夢の続きは? タクシーで逃げられなかった間宮はどうなったんです!」

「彼は例の影につかまったよ」

 ぞわっと怖気が立った。思わずイスルギの腕をつかむ。

「あの化け物は間宮に何をしたんですか!!  あの幼い間宮に——」

 夢の最後。三ツ橋は化け物の恐怖に耐えられず、電車に飛び込む方を選んだのだった。だからあの化け物に知らないのだ。

 落ちつきたまえ——言い聞かせる声音に、我に返る。

「あれは夢だよ。現実じゃないんだ」

 イスルギは三ツ橋の肩に手を置いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る