三
①
三ツ橋ははっと目を見開いた。
継ぎ目のない白い天井が目に入る。自分がどこにいるのかわからず、身を起こそうとすると、胴体にベルトが巻かれていて動けないことに気付いた。歯医者の治療台じみた椅子に固定されていて、そこでやっと、目の前の光景が眠りにつく前と同じであることに気付いた。
(……これは、現実なのか……?)
大きく息を吐き、脱力する。全身汗でびっしょりだった。
ひどい喉の渇きを覚えたところで、眼前にペットボトルの水が差しだされた。まるで思考を読まれたかのようなタイミングだった。
「おはよう」
イスルギが上から見下ろしてきた。
三ツ橋はペットボトルを受け取ろうと腕を伸ばした。その手首に例の測定装置が付けられていることに気付き、目を見開いた。
「何で測定装置……」
「実は新しい体験サービスのテスト運用をしたくてね。君に被験者になってもらったんだ」
唖然とした。——勝手に体験を盗られていたのだ。
「ただで間宮くんの夢を観せたんだ。それくらいかまわないだろう」
お礼もするからとイスルギはベルトのバックルを外しながら言う。
そのまったく悪びれないさまを、三ツ橋は睨みつけた。
「従来の体験サービスはただ傍観するだけにすぎなかったが、今回、君に協力してもらったのは参加型体験サービスだ。間宮くんの夢の記憶を元に作った体験データにユーザインターフェースを構築したのだよ。わかりやすく言うと、他人の脳内イメージ――つまり夢や記憶の中で、登場人物に成り代わって自由に行動できるというものだ。途中から、自分の意思で動けるようになっただろう?」
「……あのタクシーに乗ってから……」
「そう。タクシー登場以降に参加型に切り替えをしたんだ」
やっと身を起こした三ツ橋に、イスルギは視線を馳せた。
「間宮くんの姿で動きまわるの、面白かっただろう?」
(……ふざけんな)
トラウマになりかねないほどの悪夢だった。本当にひどかった。
三ツ橋は奥歯を噛みしめて震えをこらえた。怯えをイスルギに悟られるのは、絶対に嫌だ。
そんな三ツ橋の心境も知らずして、イスルギは続けた。
「参加型体験サービスは、参加者の意思を反映できることが大きな特徴だ。つまりその舞台や世界観は、測定装置が読み取った君の脳内イメージと間宮くんの夢をAIが融合させて再構築したものになる。しかもその世界に外部から手を加えたりもできる。例えば――タクシーを送ったりね」
「……あの
「山羊?」
イスルギは身を乗り出した。
「山羊は出してないが、そんなものが出てきたのかね? 参加した人間の意思や行動によって展開が変わってゆくから、どう話が転がるかはこっちもわからないんだ」
これは試聴が楽しみだなあ——イスルギは上機嫌で言った。
言いたい文句は百ほどもあったが、三ツ橋は疲れ切った顔で装置から降りた。
スニーカーに足を突っ込み——ふと顔を上げた。
「……ちょっと待ってください。じゃあ、元の夢ではあのタクシーは来ないんですか?」
「ん? ああ。タクシーは私が挿入したデータだから元の間宮くんの夢には登場しない」
イスルギは黒いバインダーファイルに何やら書き込みながら言った。
「じゃあ、本当の夢の続きは? タクシーで逃げられなかった間宮はどうなったんです!」
「彼は例の影につかまったよ」
ぞわっと怖気が立った。思わずイスルギの腕をつかむ。
「あの化け物は間宮に何をしたんですか!! あの幼い間宮に——」
夢の最後。三ツ橋は化け物の恐怖に耐えられず、電車に飛び込む方を選んだのだった。だからあの化け物に何をされるのか知らないのだ。
落ちつきたまえ——言い聞かせる声音に、我に返る。
「あれは夢だよ。現実じゃないんだ」
イスルギは三ツ橋の肩に手を置いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。