「例によって間宮くんに聞いても邪険にされて教えてくれはしないし。私はもう気になって気になって夜も眠れないありさまだ。そこで我が社御用達の興信所に依頼してな、調査させたんだよ。結局、間宮くんが持ってきたについてはわからずじまいだったんだが——付随的に彼のについて色々興味深いことがわかってね。まあ彼のプライバシーに関わることゆえ君には言えないことばかりだが」

 わかってねじゃねえよ、一介のバイトに対して何やってんだよ——三ツ橋は唖然とした。

「まあなんにせよ、叔父さんの存在には感謝だな。おかげで彼はこのアルバイトをやめられないのだから」

 薄ら笑みを浮かべたイスルギを、三ツ橋は心底最低だと思った。

 間宮にしてみれば、イスルギに身内を質にとられているようなものだろう。なんだか、金にものを言わせて間宮をはべらせている時代劇の悪代官のようにすら思えてくる。

 ふいにイスルギが顔を歪めた。笑ったとたんに頭痛が来たのだろう。マグボトルを口にしてその不味さにさらに顔をしかめるさまを、これが因果応報ってやつかと眺める。

 そう言えば――間宮の家族は何で亡くなったのだろう。

 しかも間宮以外の一家全員が死亡したとなれば、けっこうな大事故ではないだろうか。

 今さら気になった。本当に自分は間宮のことを何も知らない。

(イスルギさんは知ってるのか……?)

 興信所まで使って調べたとなれば情報を持っているに違いなかった。

 だが、三ツ橋はそれを訊くことをしなかった。他人の過去など知らないほうがいい。仕事だって紹介しにくくなってしまうし、経験上、ろくなことにはならない。

 元々、三ツ橋は他人に興味を抱く人間ではない。誰かと深く関わること自体、性に合わない。まして他人のなんて見たくない。

 なのに――間宮に関しては不思議と気になった。

「さて、さっそく彼の昨夜の夢を解析班に送らなきゃならないな」

 どんな内容か楽しみだなあと言いながらイスルギはソファーから立ち上がり、ふと三ツ橋に視線を落とした。

「そうだ――三ツ橋くん。これから何か予定はあるのかい?」

「え? いやないっすけど」

「よかったら、これを体験してみないか?」

 イスルギが手にしているのはUSBフラッシュメモリだった。

 三ツ橋はぎょっとする。

「それって――」

「そう、これは間宮くんの夢だ。一昨日のね。もう体験できるようにデータ化してある。最終処理の前だが利用は可能だ」

「……最終処理?」

「商標権を侵害していないかのチェックや、個人情報や位置情報を特定できないように映像や音声を加工処理したりなどだな」

「いや、俺が見ちゃっていいんすか? 間宮に聞いてないっすよね?」

「彼の夢は私が利権ごと買い取ったんだ。誰に使わせようが、こっちの自由なんだよ」

 イスルギはきっぱりと言った。コンプライアンス意識の低さに唖然とする。

「観るというより体験すると言った方が近いかな。他人の夢に入るんだ。面白そうだろう」

 フラッシュメモリを手の中でもてあそびながら、イスルギはうっすらと笑う。

(間宮の夢……)

 思わずじっとフラッシュメモリを見つめていたことに気付き、三ツ橋は慌てて視線を外した。

 いやこれは見ちゃ駄目なやつだ。しかも友達――ではないかもしれないが、少なくとも知り合いの夢なのである。それを、覗き見るだなんて。

「――間宮くんのことが気になるんだろう? これを見れば、少しは彼のことがわかるかもしれないよ」

 染み入るような声だった。

 三ツ橋は息を飲む。なんだか、試されているような気がした。

「何か、副作用とかは……」

 ないよ、とイスルギは言った。

「強いて言えば依存性かな。は内容によっては見た人の嗜癖しへきを強烈に刺激することがある。快楽がともなうものなんかはそうだね。ただ間宮くんの夢に関してはそうゆう要素はまったくないからねえ」

 青年期の男子らしくないよなぁ――そう言いながら、イスルギは三ツ橋の背中をそっと押した。

「じゃあモニタールームに行こうか」

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