④
僕たちはすぐ近くのコンビニ裏の駐車場に向かった。
隅のちょっとしたスペースにしゃがみこみ、そっと箱を下ろす。
バックパックのファスナーを開けると、高さ五十センチはあるどっしりした木箱が現れた。被せ蓋には文字と絵が混合したようなものが書かれた札が貼られており、その上から荒縄で縛られている。
唐突の物々しい雰囲気に、早川は面食らったようだった。
「……あ……開けてみるからな」
早川は荒縄の結び目をほどいた。恐る恐る蓋を持ち上げ――えっと目を見開いた。
「帽子? それに、国旗……?」
「これ、軍帽だよ。この国旗は寄せ書きだ。……旧日本軍の遺物じゃないか?」
「日本軍?」
早川くんは唖然と僕を見返す。
僕はスマートフォンを出すと、地図アプリを起動した。イスルギからもらった地図と照らし合わせる。
赤線で記された歪んだ四角形の中心――その存在に、僕は息を飲んだ。
「……靖国神社だ」
僕の足は――いやこの箱は、靖国神社に向かおうとしていたのだ。
「靖国神社って、あれだよな。戦死した人を祀る……」
早川は、言葉を途切れさせた。
——死んだら靖国で会おう。
それは戦地に向かう若者の合い言葉だ。
歴史にさほど詳しくない自分だって、これだけは知っている。国のために立派に戦死を遂げ、英霊として靖国神社に祀られること——それこそが名誉とされる価値観を、当時の青年兵が植えつけられていたことを。
それは単純に良い悪いの二元論で語られるものでない。それらすべての出来事の上に、現在の日本の平和、そして自分たち暮らしがあるのだから。
(……だが、その想いを利用するなんて)
沸々と言い知れぬ怒りが込み上げた。——断じて許されることではない。
「でも、なんでこんなこと……」
「イスルギさんは呪物を作るって言ってた。強い気持ちはそれだけで呪となるって。旧日本軍の、靖国神社への想いを利用しようとしているんだ」
早川はうつむくと、ぼろぼろと涙をこぼした。
「……許せねえ……!」
僕は込み上げる嗚咽を歯を食いしばってこらえ、早川を見つめた。
――わかる。わかるよ。
わかちあったのだ。
早川はぐっと涙をぬぐい、木箱を抱えて立ち上がった。
「こんなクソみてえな仕事もうやめる。俺が靖国神社に持って行く」
「だめだ! そんなことをしてバイトがふいになったら困る」
早川くんは侮蔑のこもった目で僕を見下げた。僕はそれを強く見返す。
「君だって、お金が必要なんだろう?」
早川はぐっと言葉を詰まらせたが、すぐに吐き捨てるように言った。
「でも……こんなひどいこと、とてもじゃねえけど続けられねえよ!」
「だから――バレないように別ものに入れ替えてしまえばいいんだよ」
早川は一度僕を見返し、ふっと口の端を歪ませた。
「……ゴミでもつめてやるかよ」
「ただのゴミじゃバレてしまうよ。要は呪物が出来ればいいんだろう。――代わりになるもの、僕に心当たりがある。旧日本軍の想いとはまったく別物の、穢れた禍々しいものだけど。呪物にするなら、より適切なものだよ」
いぶかしげに僕を見た早川くんの手から、木箱を受け取った。蓋を閉め、荒縄を結い直し、バックパックに戻して背負いあげる。
「とりあえず僕は次の場所に行く。渡したら、急いでそれを取って来るよ。最後の受け渡しまでには戻ってくるから、君はできるだけゆっくり歩いて時間をかせいで」
僕はそう言いながら腕時計をつけると「じゃあ後で」と告げて二番地点に向かった。
駅の前では、セミロングの女性が改札前で待っていた。
測定装置を外し、バックパックと共に渡しながら、僕は「できるだけゆっくり歩いてもらえませんか」と頼んだ。
彼女は一瞬いぶかしげな表情を見せたが、それでも頷いてくれた。
僕が何かしようとしていることをおそらく察したにもかかわらず、何も聞かずにいてくれたことをありがたく思った。
僕は駅からから離れるとすぐにタクシーを拾った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。