森が開けたところにぽつんと建っていたのは、木造二階建ての建物だった。イスルギが別荘と言っていたが、確かにコテージ風のつくりである。

 ただ――かなりボロボロだった。

 目につく窓はすべて割れ、元は明るい色であったのだろう外装はところどころが腐って黒ずんでいた。ウッドデッキは朽ちてほとんど残っておらず、床も底抜けしている。

 その廃墟然としたさまが、建物全体を包み込むように異様な雰囲気を醸し出していた。

(……こんなところで肝試しか)

 まだ明るい時間で良かった――僕は息を吐いた。いかにも何か出そうである。

 建物の前では、先に着いていた中野が立ち尽くしていた。

 さすがにここに一人で入るのはためらわれたのだろう。僕は声を掛けようとして、息を飲んだ。

 建物を見上げる顔は蒼白だった。目を見開き、額には玉の汗を浮かべている。

「中野、どうした?」

 中野は一点を凝視したまま建物の二階を指さし――窓、と言った。

 ガラスが大きく損なわれた窓枠に、破れたカーテンが引っ掛かるように下がっているのがわかった。その奥は暗く、中の様子は見えない。

「……覗いてた。子供」

「子供?」

 思わず問い返すと、中野はぐるっと振り向いた。

「子供みたいのがいたんだよ! なんか……裸だった。あばらっぽいのが見えて、すげーがりがりに痩せてて……」

 中野の見開かれた目は、落ち着かなく視線がぶれていた。

「……それ、あたしが見たのと同じかも……」

 後ろで立ちすくんでいた瑠菜が、震えた声で呟いた。

「皆を怖がらせると思って言えなかったんだけど……。実は、あたしが見たのはお地蔵さんじゃなかったの」

 子供の顔だった――瑠菜はそう言うと、凍えるように両肩を抱いた。

「草の影から半分だけのぞいてて。しかも、笑ってた。満面の笑みで。あのお地蔵さんみたいに、すごく嫌な笑い方で……」

 不気味な地蔵の笑みを思い出し、僕はぞっと怖気おぞけ立った。

(そんなものが、この建物の中に……?)

「こんなところに子供がいるわけないじゃない」

 茜がきっぱりと言った。

「俺が嘘ついたってのかよ!?」

 中野は突然茜の胸倉をつかんだ。僕は仰天して中野の肩をつかむ。

「おい、中野!」

 やめて、と瑠菜が悲鳴じみた声で叫んだ。

「嘘だなんて言ってないわ」

 茜は中野を見返しながら、静かな声で言った。

「だから幽霊ってやつでしょ。ここは心霊スポットなんだから」

 中野は殺気立った様子で茜を睨んでいたが、やがて胸元の手を離した。

「……大丈夫か?」

 僕は茜でなく、中野に声を掛けた。明らかに様子がおかしかったからだ。

 中野は怒りが収まらない様子で、くうの一点凝視したまま息を荒げている。

「……瑠菜、あんた外で待ってなよ。中野くん、瑠菜とここにいてくれる?」

 茜が中野を見据えたまま言った。

「指図すんなよ! 俺も行くからな」

「中野くんも子供見てるんだから、入らないほうがいいよ」

 中野は、うるせえと吐き捨てた。

 いつもの中野なら、瑠菜と二人きりとなれば大喜びするはずだ。やはりどこかおかしい。

「ガキの幽霊の何が怖いんだよ。ぱっと行って戻ってくるだけだろ。それで金がもらえるんだから」

 中野は吐き捨てるように言うと、ずんずんと建物に向かった。

 後に続こうとする茜の手を、瑠菜が縋るように掴んだ。

「駄目、行かないで……!」

「あんな状態の中野くんを一人で行かせられないでしょ。瑠菜はここにいて」

 茜も、中野の異常に気付いているようだった。

「茜ちゃんが行くならあたしも行く。一人でいる方が怖いもの……」

 そう言いながらも、瑠奈はすでに震えあがっている。

「……わかった。じゃあ間宮くんは瑠菜についてて」

 僕はえっと顔を上げた。

「お守りあげたわよね?」

 だから何だと言いたかったが、眼鏡の奥から見据える圧がすごくて僕は黙した。

「茜ちゃん……あたしを守ってくれないの?」

「わたしは中野くんについていようと思う。だってどう見てもまずいもの、彼」

 瑠菜はあからさまに不安げだった。

 確かに、僕より茜の方がずっと頼りになるだろう。なんだか瑠菜に申し訳なかった。

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