第9話
「ん?なんか懐かしい感じがするようなしないような?」
「まったく相変わらずのようだなお前は……」……どうしたものだろうか、これは流石に想定外すぎる事態だと言わざるを得ないだろう。なんせよりによって知り合いを連れてきた上に一緒に暮らしたいというのだから困ったものだ。ただでさえこれからの生活の事を考えると頭が痛くなるというのにも関わらずさらに厄介事が増えてしまったことに思わず天を見上げながら溜息をつくしかなかった。……
それからというもの僕の日常は一変して騒々しいものへと変わってしまった。というのも新しくやってきた者達が揃いも揃って問題児ばかりだからである。そもそも一番の問題はその全員が女性であるというところだ。しかも見た目こそ十代後半~二十歳前後といった年頃の娘達ばかりで中には子供にしか見えない者も混ざっている始末でありとてもじゃないが自分の手には負えないというのが本音だと言える。だがそれでも一応は客人として扱っている以上は無下に扱うわけにもいかない。とはいえ相手は曲がりなりにも女の子であるため無闇に手荒く扱えば後々面倒なことになってしまう恐れもあるためなるべく慎重に対処していく必要があるわけなのだがそのせいで余計とストレスを抱え込んでしまい非常に辛い日々が続いている状態となっていた。
そんなある日のこといつものように執務室で仕事をしていると突然扉が開かれる音が聞こえてきたため反射的に振り返るとそこには一人の少女の姿があった。年齢は自分と同じくらいに見えるが髪の色は綺麗な銀色をしており服装はいわゆるゴシックドレスと呼ばれるものを着用しているようだった。
(うん……また凄まじいな)
正直この時点で嫌な予感しかしなかったのだがここで無視をする訳にもいかなかったので仕方なく要件を聞くことにした。
「……それで一体何の用かな?」
「うーん特にこれといって何かがあるっていうわけではないんだけど強いていえるとすれば暇つぶしみたいなものかしらね」
「なるほどね……。悪いけど今は見ての通り仕事中なんだよね。それに君にはちゃんとした部屋が用意されているはずだと思うんだけれど違うかい?」
「まぁそうなるわね。だけど私としては折角の機会だし貴方とも仲良くしておきたいと思っているのよねぇ。ほらお互い苦労するもの同士ということでさ」
「……どういう意味だいそりゃ?」
(何を言っているのかさっぱり理解できないぞ)
まるでこちらの心の内を読んだかのように彼女は笑みを浮かべたまま続けた。
「あら分からないかしら?なら言い方を変えましょうか。貴方が私の相手をしてくれるまでここから出て行かないつもりだってことよ」
そう言うや否や彼女はそのままソファーの上に寝転ぶとそれっきり動こうとはしなかった。その姿を見た途端に頭の中でプチンっと切れたような気がしたと同時に怒りが込み上げてきていたのだ。そして無意識のうちに拳を強く握り締めてしまっていたのだが慌てて冷静になろうと深呼吸を繰り返してから改めて目の前の少女を睨むように見つめた後に大きく溜め息をつくと諦めることにしたのだ。いくら追い出そうとしても無駄だということを悟ったからである。
とりあえずこのまま放置するのもあれなので一旦お茶を用意するために席を離れると台所へと向かうことにする。すると背後からついてくる足音を耳にしたためまさかと思いつつも恐るおそる振り返ってみると案の定というべきか件の彼女がそこにいた。一瞬、幻覚かと思ったもののどうやら本物らしいことが分かり内心げんなりしつつも彼女をテーブルの前に座らせると僕は対面する形で椅子に腰掛ける。
「はい、紅茶を入れたから飲んでくれるとありがたいな」
「へぇ、なかなか美味しいじゃない。見直したかもね」
「それはよかった。ところでどうしてわざわざ僕について来るような真似をしたんだろうね?」
「別に深い理由なんてないわ。単に興味があってついてきただけに過ぎないからね」
そう言いながらも何故か僕のことをじっと見てきているのだがその意図が全く掴めず困惑していたその時であった。唐突に彼女が口を開いた。
「それじゃあさっそく質問させてもらうけど貴女は何者なの?」…………えらく直球できたものだな、おい。
「いきなり妙なことを言うね。そんなことを知って君はいったい何になると言うのか聞かせてもらえないか」
「ふふ、ごめんなさいね。でもどうしても気になってしまったものですからね。何しろこの世界の住人ではないことは分かっていますからね」
「な!?」
あまりにもあっさりと言い放たれたため思わず動揺してしまった僕だったがすぐに平静を取り戻すことに成功したが同時に冷や汗を流していることに気づいてしまう。何故ならば彼女だけは最初から異質な雰囲気を放っていると思っていたからだ。その理由は恐らくだが彼女の瞳の色が原因だろうと考えていた。というのも僕の知っている限りそのような色の目は見たことがないためである。そのため何らかの方法で姿を変えているのではないかと推測を立てていたため油断ならない存在として認識するようにしていたが予想以上の大物だったことは間違いないだろう。
「……いつ気づいたのかな?少なくとも今まで会った中では一番若い見た目をしているはずなのだけれどね」
「いい加減認めちゃった方がいいんじゃなくて。というよりそもそも隠す必要性を感じられないんだけどね。あぁそれと私は見た目通りの年齢じゃないし仮にそうだとしてもそれがどうかしたというのかしら?」
「……まったく本当に困ったものだよ」
ここまではっきりと物申されてしまうともはや苦笑いしか出てこないものだ。ただでさえ頭が痛くなる問題を抱えている最中だというのに更に厄介事が増えてしまうなど悪夢以外の何もでもない。とはいえいつまでも黙っていても仕方ないのでここは素直に打ち明けることにしてみた。
「わかった降参だ。君の言う通り確かに僕は異世界から来た人間ということになる。だからと言って信じてくれるかどうかはわからないが……」
「いえ信じるに値するだけの根拠はあるんじゃないかと思ってはいましたがこれでようやく納得できました。では次の話に移りますがどうやってこちらの世界に来たんですか?やはり召喚されたということでしょうか?」
「……一応そういうことになるかな」
「なるほどね。でしたらその元凶となった人物の名前を教えてくれませんかね?」……これはまた答えにくい質問をしてくるな。正直なところあまり思い出したくない相手なのだがそれでも隠し通せるとは思えないため正直に話すことに決める。
「……名前は知らないんだよ」
「はい?」
「正確に言えば覚えていないといったところかな。何せ十年以上前のことだし記憶も曖昧になっているものでね」
「……つまり顔すら憶えてないと?」
「まぁ簡単にまとめればそうなるね」
「はぁ~なんとも呆れたものですね。いくらなんでも無責任すぎやしないですかねぇ?」
「そう言われても事実なんだからしょうがないじゃないか。それにあの時はとにかく必死だったのもあるしさ」
「なるほどね。大体事情が見えてきましたよ。おそらくですが例の聖剣絡みの話でしょう?そしてそれを扱えるであろう資格を持った貴方が呼ばれたと……。うん、なかなか興味深い話ではありますね」
「……否定はできないな。実際問題それで当たっているわけだし」
(まさかたったこれだけの情報量だけでそこまで読み解かれるとは思わなかったぞ)
「ということは今はもう聖剣を持っていないのよね。だとすれば今のあなたの立場は非常に危ういんじゃないのかしら?」
「残念ながらご名答さ。だからこそこうして追われる羽目になって逃げ回っているんだからね」
「そういえばまだ名前を聞いていなかったわね。私の名前はアシア・フォー、よろしくお願いするわね」
「あぁ僕の名は九条透っていうものだ。改めてだけどこれからも宜しく頼む」
お互いに握手を交わすと早速今後のことについて話し合うことにした。まず当面の問題としては追手から逃れる必要があるのだが現状では厳しい状況であることは明らかなので何か手を打たなければならないのだ。そこで先程から考えていたことを彼女に提案してみることにしたのであった。
「とりあえず君にはしばらくここに居てもらいたいと思っている」
「あら、てっきり逃げるための算段をつけているものだとばかり思っていたのですけれども違うようね」
「当然のことだと思うけどね。それに僕一人なら何とかなったかもしれないが生憎と女の子連れとなると難しいものがあるからね」
「なっ!ちょっと待ってください!」
「ん?どうしたんだい?」
「いやいやその前にどうして私が女だって分かったんですか!?」
「えっとどうしてと言われましても一目見て女性にしか見えなかったからとしか言えないかな」
そう答えると同時に何故か彼女は俯いてしまったのであった。その様子を不思議に思いつつも少しの間待っているとその沈黙を破るかのように声を上げたのだった。
「あ、ありがとうございます」
「お礼を言うようなことなのかな。というより僕の方こそ迷惑をかけてしまっている立場だから申し訳ない気持ちしかないんだけどね」
「そ、そんなことはないですよ!?むしろ助けていただいていますし感謝してもしきれませんよ!!」
「それならば良かったけど」……何だか妙に距離感を感じる気がするのは気のせいではないはずだが敢えてそこは触れないことにしておいた方が良さそうだと判断した僕は別の話題を切り出すことにしたのであった。
「ところで君はいったいどこに住んでいるのか教えてもらえないか?流石に見ず知らずの相手を家に住ませることはできないんだけど」
「大丈夫ですよ。ちゃんとした家を持っていますので心配はいりませんよ」
「それはよかった。じゃあ今すぐ案内してくれないか?このまま外にいるのはあまり良くないだろうしね」…………それからしばらくの間移動しているうちに目的の場所に到着したのか一軒の家の前で立ち止まった。その家は外観的にはどこにでもある普通の民家といった感じなのだがその割にはかなり大きな建物であることは間違いなさそうである。ただここで一つ疑問点が浮かんできたため尋ねてみるとしようと思ったその時彼女が先に口を開いた。
「この辺り一帯は私の管理地となっていますので基本的に人が入ってくることはありませんし監視カメラ等の防犯設備も完備していますので安心していただけるとおもいます」
……なるほどね。これ程の規模の家を個人が所有しているだけでも驚きなのに更にはセキュリティーまで万全ときたか。これはますます彼女の正体が分からなくなってきたものだ。とはいえいつまでも突っ立っていても仕方ないので意を決して中に入ってみることにするとそこには広々としていてとても綺麗な内装となっていた。そして何よりも驚いたのはそこにいるはずのメイドさんの姿が無かったことである。
「……あれ?誰もいないみたいだけど?」
「すみません。実は私一人で住んでいるんですよ」
「へぇ~そうなんだ。……ちなみに両親は?」
「……両親については分かりかねます。物心ついた頃には既に私は孤児として施設にいましたので……」
「すまない余計なことを聞いたようだね」
「いえいえ気にしないで下さい。それにここの方が色々やりやすいですしね♪」
「……そうかい。でももし困ったことがあったらいつでも言ってくれていいし遠慮せずに頼ってほしいかな」
「ふぅ~やっと一息つけるよ。まさかここまで大変だとは思ってもなかったからね……疲れたぁ〜」ソファの上に寝転ぶなり大きく溜息をつきながら呟くと彼女もそれに同調してきた。
「確かにあの追手達はしつこかったですね。まさかあんなにも必死になるとは予想外でしたがおかげで良いデータが取れました」
「……データを取れたという事は君も何か知っているということなのかな?」
「もちろん知っていますとも。何故なら今回の件に関しては全て仕組まれていたことなんですからね」
「……どういう意味なんだ?詳しく聞かせてくれ」
そう言うと彼女は静かに語り始めたのであった。
「そもそもの話なのですが、聖剣というのは本来選ばれた者にしか扱えない代物のはずです。ところが今回貴方はそのどちらでもないにも関わらず聖剣を扱うことができてしまった。つまり聖剣そのものに選ばれてしまったということになるわけです。しかしいくら優れた能力を持っていたとしても使い手が未熟であれば話になりません。そこで白羽の矢が立ったのが彼だったということになります」
「な、なんですかいきなり!?」
「まぁ落ち着いて聞いてくれればいいからさ」
(よし、なんとか誤魔化せたぞ)
「話を戻しましょう。要するに九条透という人間は本来選ばれないはずだったのですが何かの手違いにより彼は選ばれる結果となってしまった。その結果彼の周りでは不幸が起き続けてしまいついには命を落としてしまうところまで追い込まれていったのです。だからこそ彼らは焦っているのです。これ以上の被害が出ないようにするためにね」
「ちょっ!ちょっと待ってください!!話が急すぎて理解できないんですけど!?一体何を言いたいっていうんだよ?」
「分かりやすく言い直せばこういことでしょう。あなたには責任があるということです。あなたの身勝手で多くの人を死に追いやってしまったことに」
「……え?俺のせいで多くの人が死んだだって!?何を言っているんだあんたは!?」
「言葉の通りの意味ですよ。おそらくは自覚が無いとは思いますけれども」
その瞬間、俺は目の前の少女に対して怒りを覚えてしまった。突然現れてよく分からないことをベラベラと話し続けているこいつに我慢の限界を迎えてしまったのだ。
「ふざけるんじゃねぇよ!!!!」
「きゃあ!!」
力一杯壁に向かって殴り飛ばすとその衝撃で壁に亀裂が入り崩れ落ちていくとそのまま床に倒れ込んだ少女を見て我に帰った僕は慌てて駆け寄ろうとしたのだがそれよりも早く立ち上がったかと思うと僕に向けて殺気を放ってきた。
「危なかったですよ。もう少しで死んでしまったかもしれないのだからね」
「……は?お前何言ってんの?頭おかしくなったのか?」
「おあいにく様。私は至極正気だよ。もっとも今の一撃で記憶を失っちゃったのかもしれませんけどね」
「……どうしたんだいいきなり口調が変わったりして変なものでも食べたのか?」
「……ふん。もういいわよ。別にどっちでも構わないんでしょアンタにとってはさ!」
すると次の瞬間僕の身体に変化が起きた。その変化についていけずに戸惑っていた僕の隙を突いて襲いかかってきた彼女を咄嵯に受け止めたものの勢いを殺すことができずに押し倒されてしまった。そして馬乗りになった状態で見下ろしてくる彼女の顔を見た時何故か胸騒ぎを覚えたのだった。
「ようやく捕まえたぜクソ野郎が!!」
「……どうしてこんな真似をしたのか理由を聞いてもいいかな?」
「あぁ〜そんなもん決まってるだろ?テメェを殺してオレの力にしてやる為だろうが!!!」
「……なるほどそういうことかい。君は最初から自分の意志で行動していたわけではなかったみたいだしね」
「ほぉ~分かっていたみてぇじゃねえか。それなら話は早ぇな……今すぐ死に晒せオラァ!!!」
そして彼女が拳を振り下そうとしたその時である。突如現れた何者かによって攻撃を防ぎ止められてしまった。
「誰だい邪魔をする奴は?」
「……貴女こそ何をしているのですか?マスターの命令を無視してこのような事をしている以上相応の対応を取らせていただきますよ?」
「へぇ~面白いじゃないやってみなさいよ?」
そう言った途端凄まじい衝撃波が発生し部屋の中を滅茶苦茶にした挙句窓を突き破っていった。だが不思議な事に外から悲鳴のようなものは一切聞こえてこなかったのであった。
「これで分かったでしょう?私に敵わないということを」
「くそがぁああ!!!!」
悔しげな表情を浮かべながらも撤退していった彼女の姿を見届けた後、僕は視線を部屋の中心へと向けた。そこには先程吹き飛ばされたはずの女性が無傷の状態で立っていたからである。
「君のおかげで助かった。ありがとう」
「いえいえ当然のことをしたまでですから気にしないで下さい」
「ところで一つ聞きたいことがあるんだけど教えてくれるかな?」
「はい。何でも聞いて下さい」
「あの子の名前はなんていう名前なのかな?」
「……はぁ~それが人にものを尋ねる態度ですか?」
「おっとこれは失礼。申し訳ないね」
「まぁいいですけどね。私の名はアランチャナ・ヘルブレイブといいます以後よろしくお願いしますね九条さん♪」
こうしてこの世界に来て初めて出会ったのであった。魔王軍幹部の一人である氷の女王と呼ばれる女性との出会いを果たしたのであった。
「ふぅーやっと終わったな……」
あれからしばらくして全ての作業が終わった頃にはすっかり夜になってしまっていたので今日はここで一泊することになったわけなのだが、今はというと皆疲れているようでぐっすり眠ってしまっているようだったので僕は一人外に出てきていた。(それにしてもまさかここまで綺麗になると思わなかったな。さすが魔法といったところだろうか?)
辺り一面に広がる光景を見ながら感心していたところで背後に気配を感じたため振り返るとそこに居たのは意外な人物の姿があった。
「こんばんわ九条透くん」
「……確か君達は魔族四天王と呼ばれていた人達だったよね?」
僕の問いかけに対して彼女は静かに微笑みながら口を開いた。
「ええ。私はアランチャナ・ヘルブレイブと言います。改めて宜しくね」
「それで僕に何か用でもあるの?」
「ううん特にこれといって無いけれど貴方に興味があって話しかけてみただけよ?それと一応忠告しておくけれどもあまり一人で出歩かない方がいいよ?最近は物騒なんだしさ」
「それはどういう意味なんだい?詳しく聞かせて欲しいところだけども」
「あらら。随分とお疑いになっているようだけれども本当よ?ついこの間までは平和だったのに最近になってからあちこちで不審死が続いているみたいなんだもの。それもただの死ではなく死体の一部が無くなっているらしいんだってさ。しかもまだ犯人の目星すらついてないときたものだから恐ろしい話だと思わないかしら?」
「確かにそうだね」
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