しがらみ少女と囚われの塔
相生 碧
いち
見上げれば、天に届きそうな程に高い搭。
頑丈な石で作られたその塔の内部は凍りつく程に冷たくて、人を寄せ付けない雰囲気が漂っていた。
その地下には、巨大な氷柱と…その氷の中に囚われた少年が眠っていた。
何年も、何十年も、何百年も……気の遠くなる程に長い間、この搭に囚われていた。
例え人々の記憶から忘れ去られても。
少年の体は動かなかったが、心の中では必死に叫んでいた。
ーーここは暗くて冷たくて、寂しい。
ーー誰か助けて、ここから出して。
氷柱に触れると伝わってくる。氷柱の中の少年の気持ちが。
その子はここから、出たがっている。
……分かった。わたしがそこから助けてあげる。
そう思った少女は、立て掛けてあった頑丈な棒を構えて、おもいっきり振りかぶる。
……けれど振りかぶった棒は固い氷に弾かれて、カキンという音と共に弾かれてしまう。
「いったた…」
失敗しちゃった。でもそれなら、氷を砕けそうなものを探さなくちゃ。
そうして、少女は様々なものを使って少年を助けようとする……そんな、夢。
………………
………。
わたし…なずなには幼稚園の頃から、繰り返し見る夢があった。
巨大な塔の中で、氷の中に囚われた少年を見つける。彼はテレパシーで助けてほしいと訴えて来て……
わたしは毎回、氷を砕こうと周りにある棒を持って助けようとするけれど、夢の中で一回も氷が砕けたことはなかった。
今回はハンマーみたいなものを見つけて「これならいける」と思ったんだけどなぁ。
「……何であんなに固いの、あの氷」
やっぱりもっと武器っぽいもの…剣とかハンマーとか槍とかがあったらいいのに。
……おっとまずい、物騒な事を考えてしまって、慌てて考えを振り払うように頭を振った。
「また例の夢を見たのかな、なずなっち」
しゃっ、と音がした。
声がしたかと思うと、白いカーテンが開く。優しい笑顔を浮かべた保健の先生が現れた。
そうだ。授業の途中で具合が悪くなったわたしは、保健室のベッドを借りて休んでいたのだった。
「…最近ちょっと忙しくて、少し疲れてたかも…」
「そう。…よく眠れてる?」
「ええと、一応」
ふーむ、と腕を組んでいる先生。わたしに何かを言いたそうにしていた。
先生の事は嫌いじゃないけど、話が長くなったら面倒かな、と思ったので咄嗟に「教室に戻ります」と告げてベットから降りて立ち上がった。
「お大事にね」
「はーい。失礼します」
無理はしないでよ、と先生は見送ってくれた。それから残りの授業を受けて、あっという間に放課後になった。
きーんこーん、かーんこーん。と放課後を告げるチャイムが学校内に鳴る。
HRを終えた担任の先生が教室を出ていくと、クラスの生徒達は帰り支度を始めたり、仲の良い生徒達で各々がお喋りを始めたりと、ほっとしつつも少し騒がしい空気に包まれていた。
その中で、わたしはさっさと下校しようと、バッグに荷物を詰めて帰り支度をしていた。
そんなわたしに、少し離れた場所で話していたクラスメートが声を掛けてきた。
「ねえ、なずなも一緒に行かない?」
「え、なに?」
「たまには部活に顔を出しなよ」
ぱしっ、と女子の一人に軽く肩を叩かれる。
その瞬間、わたしは少し顔をしかめた。
と同時に頭の中に、ざらざらとした声が流れ込んできた。
(いい加減あんたが来ないと、先輩がうるさいんだよ)
これは、この女子の本音か。……そういえば、この前も廊下で先輩達にすれ違った時に、あからさまに舌打ちされてたっけな。と、なずなは考える。
わたしは触れたものの考えている事を読める、少し不思議な力があった。
これのお陰で、良いことも悪いこともあった。……さて、何て言おうかと逡巡した後に、言いにくそうな顔を作って彼女へ告げた。
「あー、ごめん。言ってなかったんだけど、部活を辞めたんだよ」
「……は?!、何でよ!」
肩を掴む彼女から(ずるいっ!)と言う声が響いてきた。そう言われても、知らんわ。
「ごめんね、家の事情で……わたし頭良くないじゃん。それで塾を増やされちゃって」
まあ間違いではない、となずなは考える。
なずなの家は、古い旧家というやつらしい。凄いお金持ちではないし、無駄に大きなお屋敷のある家としか思ってないけど。
そのせいか、昔から色んな習い事や塾に行かされていた。なのであまり友達と遊んだ記憶はない。
それに、学校の成績が良くないとお祖父様に叱られる。お母さんが言い過ぎだとよく怒っているが……お祖父様は聞く耳を持たない。
「……だめだよ梨花。なずなは旧家の家の子なんだから」
「うちらとは違うって?……いつもそうだもんね」
「……。」
ほら、部活行こうと言われた梨花は、なずなから離れて、部活の友達達とさっさと教室を出ていってしまった。
「……」
部活は梨花に誘われて入った。
本当はもう少し続けたかったけれど……もう仕方がない。
……わたしの付き合いが悪いから、友達が離れていくのは分かっていた。でも、家の事情はまだ中学生のなずなでは、どうにも出来ない。
ふう、と息を吐き出してから、なずなは残りの荷物をバッグに詰めると、下校することにした。
………………。
学校から歩きだして、今日の授業の事や夢の事を考えつつ、なずなが一人で歩いていると……
不意に、なずなのいく先に人影が立っているのがわかった。
「……あ」
「お待ちしてましたよ、なずなお嬢様」
目の前に、怪しい黒スーツの男が数人。
ついぼんやりと歩いていて、大通りから外れた所を歩いていたら……これか。
なずなはこっそりと舌打ちをする。
旧家である音羽の家は、祖父の代で由緒正しい家の娘を拐い、二人で駆け落ちしたという過去がある。その二人の間に生まれたのが、わたしの母だ。
その影響で祖母の生家は現在、ほぼ断絶状態だが……たまにいるのだ。
その家を復興させようと、祖母の血を利用したいと言う奴等が。
「ふーん。しつこいよ、わたしは行かないって伝えたし」
「そんなことを言わずに!我々にはあなたが必要で……」
でもそれって、わたしの血が必要なだけなんだ、と頭の中のわたしが冷静にささやく。
由緒正しい旧家のお嬢様、であるお母さんが見掛けによらずお嬢様らしからぬ言動や行動をするのって、多分長年コイツらと色々あったからだろうな、と察する事が出来る。
なんせ、あの人が『いい?もしも危険なことがあっても、これを覚えていれば大体切り抜けられるから』と娘に護身術や体術を教え込むくらいだ。
「お母さんに手を出すのは難しいから、子供のわたしって?」
弱々しそうな顔を作りつつも、すっと相手達を見据える事にする。いつでも隙をつけるように。
部活を辞めた理由は、本当はこれが原因だった。
最近は自分の周りに不審者が増えているのは分かっていたから、わたしは身を守る事を優先した。
しかし相手が何を考えているのかは、離れているわたしには、わからない。
にこりと笑顔を作り、なずなはポケットから何かを放り投げる。
「…うわっ!」
放物線を描いて放たれたのは、手品や悪戯に使うカエルのおもちゃ。相手を脅かすには十分だ。
相手が驚いたその隙に、なずなは踵を返すと……脱兎の如く、その場から逃げだした!
「逃げたぞ!」
焦っていて、脇目も振らずに走り出したわたしには、見えていなかった。
ぱっぱー、と鳴るクラクションの音。
それと、道路を走る車の影に。
「……っ」
あ、これは。わたしヤバイぞ。
ナチュラルに走馬灯が頭の中をかけめぐると同時に、最後に母親の顔と……
幼い頃に一度だけ撫でた、もふもふの猫の顔を思い出した、何故か。
『……〈次元跳躍〉』
そんなわたしの耳に、鈴の鳴る声が響いたのと、わたしの体に衝撃が走ったのは、ほぼ同時だった。
ふわっと舞う鳥の羽と、嵐の様な眩しい光がなずなを包みこんだ。
******
急ブレーキをかけて止まった車の運転手は、白昼夢を見ていたかの様に目を擦り、前方の光景を唖然とした表情で見つめていた。
その横の道から、黒いスーツ姿の人がわらわらとやってくるのが見えた。
だが、一様に愕然としている。
中学の制服を着た少女が飛び出してきたと思い、あわててブレーキを踏んだ。
その瞬間、強烈な光が生まれたかと思ったら、そこには何もなかった。
少女の影も形もない。
……白昼夢、だったのだろうかと運転手は首をひねっている。黒いスーツの彼らも、狐に摘ままれた様に不思議そうにしていた。
その彼らの様子を、目を細めてゆるりと見つめる光が二つ。
いたずらが成功したかのように、何処か楽しそうにくすくすと笑うと、鈴を転がしたような声で呟いた。
『…残念でしたね、ふふふ』
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