君と友達にはなれない

ゆーしん

君と友達にはなれない

君って何も知らないんだね。君は僕のことを友達と思っているかもしれないけど、僕は君の友達なんかじゃない。

確かに、僕たちは同じ部活で、放課後に某ファミリーレストランに立ち寄って同じ釜の飯を食った仲だけど、それでもやはり、僕たちは友達じゃない。友達になる資格がないんだ。もちろん、超絶ド天然の君のことだから、僕が人殺しなんてことを言ったら、それこそ泡を吹いて倒れるだろうね。

 これは君には決して話すことのできない、墓場まで……いや来世まで持っていくと心に決めている、僕だけの物語。





朝焼けのピンクが空に映える。その下を、見えない何かから逃げるように、僕は走っている。夜の眠りから覚めたばかりの住宅街に、僕の足音が軽快に響きわっている。


 木造住宅の群れを抜けると、周囲の建物より一回りも二回りも大きい駅が、大きな顔でこちらを見下している。

 いつから笑えなくなったのだろう。いつからこんな真似事を始めようと思ったのだろう。もちろん、考えてもわかるはずなどなく、その答えすらも、これから行く先に求めている。


 始発からあまり時間の経っていない車内には、人の姿はほとんど見られない。ガタンゴトン、というオノマトペの中、握った金属質な手すりは、いつものように冷たかった。今日が人生最後の日だと思うと、起こること全ての時間をスマホで確認したくなる。9:30、電車に乗り込む。10:07、ターミナル駅で電車を乗り換える。10:37、最寄り駅に到着する。

 電車の時刻ばかり気になったのは、鉄ヲタの父親の影響だろうと、あとから考えてわかった。

「次は~河口湖~河口湖、です。お出口は、左側に変わります」

 車掌の声を合図に、僕は座席から立ち上がった。

 夏休みや年末などの長期休暇はともかく、オフシーズンの平日に富士山周辺を訪れる人は少ない。現に、駅に降り立ったのは、数人の登山家らしい格好をした人間と、僕くらいだ。帽子にリュック、ピッケルと装備が充実している彼らとは対照的に、僕はパーカーにジーパン、肩掛けカバンとラフな格好をしている。傍から見れば、場違いな服装をしている僕は、相当目立っていたことだろう。しかし、そのことをに疑問を抱く者はいない。

駅を出、しばらく道を歩いていると、石造りの階段と、申し訳程度の赤い鳥居が現れた。

『青木ヶ原樹海 入口』

 長年の風雨で腐食が進んだ木製の看板からは、かろうじてそう読み取ることができた。僕は、一つお辞儀をしてから、その鳥居をくぐった。


 森の中に入ってから、どれくらい経ったのだろう。体感では二時間以上歩き続けた気がする。時刻を確認しようと、スマホを取り出すと、「圏外」の二文字。現在の時刻は分からないが、少なくとも電波の届かない場所まで来たということだけは確かだ。


 もうそろそろ大丈夫か。


心のなかでそうつぶやき、林道から外れ道のない森の中をただひたすら突き進んだ。自殺した中学生の変死体なんて、誰が見ても気分を害するだけだ。

 そのへんに生えている木に適当に背中を預け、肩掛けカバンから持参したアルカリ性洗剤と紙コップを取り出し、洗剤の中身を注ぐ。香料のラベンダーのような匂いが、木々の土臭さを押しのけて、ツンと鼻の奥を刺激する。


ひらり。


森の奥を横切った何かに、思わずコップを傾ける手が止まる。


僕の見たものが幻覚じゃなければ、こう表現するのも何だが、白い影が横切ったような気がする。ご存じの方もいると思うが、森の中で白色はよく目立つ。山岳救助隊が白いひもを目印として使用しているくらいだ。つまり、今通ったあれは、完全な人工物。あまり正体に期待はしていないが、冥土の土産くらいにはなるだろう。


 ……と思ったのが、今から三十分ほど前のこと(体感)。僕はまだあの人工物を探していたのだが、まだ何も手がかりを見つけられずにいる。乾いた落ち葉がサクサクと音を立てる。

「ごめん、ちょといいかな」

背後から飛んできた声に、心臓が口から発射されそうになる。

「え……?」

言葉のとおり、僕は混乱していた。

 なんてったって、そこには僕と同年代くらいの女の子が立っていたのだ。

僕が驚いたのは僕が陰キャで、普段女子から話しかけられないからではない。

冷静に考えると、ここは深い森の中だ。そこになぜ彼女がいるのか。こんな場所へ好き好んでくるような人には思えないし、幽霊の類だったとしても、いずれにせよお近づきにはなりたくない。こんな日に樹海の中で会話を仕掛けてくるなど、どうせただのものではない。

「え……?って、パッと見同い年だから、別にタメ語でもいいかなーって」

「いや、別にいいけど……」

言葉づかいは別に構わないが僕みたいな人間に話しかけて何になるのだ。

「それじゃあ早速お願……て出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「出たって、何が?」

恐らく、幽霊ではない。

僕と彼女は向かい合って話していて、彼女がそれに気が付いたってことは僕の背後にソイツがいるわけだけど……。

 案の定、ソイツは、荒々しい鼻息を立てて、鋭い爪の付いた手で落ち葉を踏みつぶして、ドスドスという擬音とともに、こちらにゆっくりと向かってきた。

 考えるよりも先に、体が動いていた。木々の間を、トップスピードで駆け抜ける。

さっきまでの死にたいという欲望はどこへやら、僕らはそれこそ一心不乱に逃げ回った。



「行った?」

「もう行ったみたい」

「そっかあ、よかった」

僕らは安堵した。樹海という大自然の中で熊から逃げられたのは奇跡と言っても過言ではない。基本的には無宗教が信念だが、このときばかりは、神に感謝した。

「それで、お願いって何?」

そういえば、熊に遭遇する直前、何かこちらに頼み事をしていた気がする。

「ああ、そのことなんだけど」

表情一つ変えずに彼女が言い放ったのは、



「私を、殺してくれない?」



雷が落ちた。青天の霹靂だった。


最初は、彼女がただ冗談を言っているだけだと思い込んでいた。しかし、彼女のカバンから出刃包丁の刀身が少しずつ姿を現すにつれ、そのブラックジョークが現実味を帯びて行くのが分かった。

「ホラ、早くしてよ。どうせ君もなんでしょ?じゃあ別にいいじゃん。ホラ、早く」

 突き出された木の柄が急かすように揺れる。

「嫌だね。自分でやればどう?」


「そう……殺してくれないの……じゃあ、殺す」

どうやらあまり彼女には響かなかったようだ

「まあ別に君がなら死んでも問題ないし、私は罪の意識をもって安心して旅立てるってわ!け!」

言い終わる前に彼女は包丁を逆手に握り、こちらに向けて突進を始めた。

「え、えぇぇぇぇぇぇ……?」

頭の整理が追いつかない状態で、僕は走り続けた。立ち止まった瞬間に、僕の命も停止してしまう。

 でもやはり、手つかずの森というのは非常に走りにくいもので、近くにあった木の根に簡単に足を取られてしまった。

 仰向けに地面に倒れこんだ次の瞬間、僕は体を捻って右に曲げた。三秒前まで僕の頭部があった地面に、真っ直ぐに包丁が突き立てられている。もちろん、すぐに立ち上がり、再び走り始める。

しかし、山の神が微笑んだのは、またもや彼女のほうだった。たちまち前方には切り立った断崖が現れ、下界との境界線をはっきりと表している。

「もう逃がさない」

その時の彼女の顔は笑っているようにも見えたし、泣いているようにも見えた。

 彼女は少しの間何かをブツブツ呟いていたが、やがて何かを決心したように、こちらに向かって走り始めた。白い刃が僕の左腕をかすめ、一文字の赤い線が走ったが、それだけだった。勢いの付いた彼女は急に止まることはできず、そのまま下界との境界線に消えた。

 ドンと地を鳴らす音に背中を弾かれるように、僕は走り始めた。後ろ向きに流れる草木がある事実をかき消すよう祈りながら。

 それから幸運にも、僕はパトロール中の捜索隊に保護された。しかし、いくら崖の下を探しても、彼女がいることはなかった。

 



 

 

 


 

 















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