第26話:襲来(Side:エンジョー④)

「「こ、国王陛下……アンチコメ様……お願いです。王宮と修道院を開放してください……」」

「だから、開放するわけないだろ! 何度言えばわかるんだ!」

「いい加減にするざんす! アテクシたちも忙しいざんすよ!」


 その後も、使用人たちはしつこくワシに王宮と修道院を開けと頼んでいた。

 本当にこいつらはしつこいな。 

 今すぐにでも全員クビにしたかったが、この状況ではさすがにまずい。

 どうしたものか……。

 使用人のくせに使えないグズどもの処理を考えていたら、例の片眼鏡が力なく前に出てきた。


「こ、国王陛下……居場所を無くした民たちが王宮に集まってきております……」

「……なに?」


 貧乏人どもが王宮に集まっているだと?

 そんなこと初めて聞いたぞ。

 なぜもっと早く言わないのだ。


「王宮前の広場にはあふれんばかりの民たちでいっぱいです……もう限界かと……」

「「はぁ!?」」


 こいつは何を言い出すんだ。

 慌てて広場が見える窓に近寄る。

 眼下にはみすぼらしい服を着た庶民どもがたくさんいた。

 あろうことか、中にはテントの設営まで始めている者までいる。


「あいつらはなんだ! 誰が広場に滞在してよいと許可を出した!」

「アテクシたちに黙って招き入れたざんすね! あんたたちはアテクシとエンジョー様を騙したざんす!」

「「だ、騙すなどそのようなことをするはずがありません……。もう国民たちも疲弊しきっているのです。……どうかお慈悲を」」


 広場とワシの居住部は離れているが、疫病が飛んできたらどうするのだ。

 というより、病人が近くをうろついていると思っただけで気分が悪くなってくる。

 この疫病神どもへの対処はただ一つ。

 追放だ。


「今すぐあいつらを追い払え! ワシが疫病にかかってもいいのか!」

「アテクシたちは国民の誰よりも大事な存在ざんすよ! もし死んだらどうするざんす!」


 アンチコメとともに糾弾する勢いで怒鳴りつける。

 こいつらはワシらの価値を何もわかっていないのだ。


「「で……できません! 病める民たちを追い返すことなど……私たちにはできません!」」

「なんだとぉ!」

「アテクシたちに逆らうつもりざんすか!」


 予想に反して、使用人どもは抵抗しだした。

 このグズたちが反抗するなんて初めてのことだ。


「「逆らうつもりなんてありません! 国を率いる国王、病める民を癒す修道院長としての役目を全うしていただきたいだけなのです!」」

「偉そうなことを言うな! ワシに歯向かったな! これは国家反逆罪だ! 貴様らは全員死刑だああ!」

「衛兵! こいつらを捕らえるざんす! 直ちに処刑するざんすよ!」


 ワシらは衛兵を呼ぶが、なぜか衛兵たちは来ない。

 いや、来るには来たものの、使用人どもと結託してワシらを糾弾し始めた。


「国王陛下、それはさすがに王としていかがなものでしょうか」

「アンチコメ様だって修道院長なのに、どうしてそんなひどいことが言えるのでしょうか」

「フ……フレイヤさんだったら、そのようなことは仰らなかったはずです! なぜ、追放してしまったのですか!」


 あろうことか、あの女の名前が出てきた。

 それだけで猛烈な怒りの感情が湧いてくる。


「なんであいつの名前が出てくるのだ! 今は関係ないだろうが! ええい! もういい! 愚民どもにはワシが直接言ってやるわ!」

「もう我慢ならないざんすよ! アテクシからも言ってやるざんす!」


 ワシらが勢い良くバルコニーへ出ると、貧乏人どもの視線が集まった。

 ふんっ、どいつもこいつも死んだゴブリンのような目をしておるわ。

 風に乗って愚民どもの声が聞こえてくる。

 ということは、こいつらがずっとここにいると、ワシにも疫病がうつってしまう可能性があるということだ。

 

「お、王様がおいでになられたぞ……その隣には修道院長のアンチコメ様だ」

「きっと王宮と修道院を開放してくださるのだ……ああ、なんとありがたい」

「雨風のしのげるところで休みたいです……」


 今から追放宣言を受けることを知らないからか、ワシを見て愚民どもは喜んでいる。

 まったく、こいつらは本当に愚かだな。

 ワシらがそんな聖人のようなことをするはずがないだろう。

 

「今すぐここから出て行け! この広場は貴様らのような貧乏人がいて良い場所ではない! 恥を知れ! 荷物をまとめて出て行くのだ!」

「修道院にもあんたらの場所はないざんす! わかったら、さっさと消えるざんす!」


 アンチコメとともに、眼下の愚民どもへ怒鳴りつけた。

 ワシの住んでいるところに庶民がいるなど、気持ち悪くて仕方ないわ。

 愚民たちは一瞬黙っていたかと思うと、すぐにぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。


「そ、そんな……ひどい……! 私たちを見捨てるのですか!」

「あまりにも横暴すぎますよ! 助けてください!」

「王様なら国民のことを一番に考えるんじゃないのか!」


 飢饉と疫病で弱っているはずなのに、愚民どもはああだこうだの大騒ぎだ。

 まったく、国民教育を間違えてしまったようだな。

 いや、そもそも……。


「そこまで騒げるならば、貴様らは元気ではないか! 病人のフリをして、ワシから食料や薬をかすめ取ろうとしているのだろう!」

「演技する体力があるのなら、さっさと出て行くざんす!」

「「なんだと! そんなことするわけないだろうが!」」


 ああああ、うるさい。

 愚民どもはまた騒ぎ始めた。

 もう一度立場の違いを教えてやろうとしたら、どこからか空気を切り裂くような悲鳴が上がった。


「お、おい……あの黒い点々はなんだ?」

「すごいスピードでこっちに来るな……え……まさか……」

「ま……魔族の群れだあああ!」


 またそんなでたらめを。

 魔族ぅ?

 こんなところにいるわけなかろうが。

 王国から追い出して何百年も経っている。

 このグズたちはそういうウソしか吐けないのだろう。

 愚民どもの貧相な想像力を哀れみながら空を見上げたら……魔族たちが王宮を覆うように飛んでいた。


「な、何で……ぐああ!」

「痛いざんす!」


 魔族たちは何の躊躇もなく火球を放ったり、光線を飛ばしたりして攻撃してくる。

 いきなり、領地を奪われる戦争が始まるとは、ワシはおろか誰も知る由はなかった。

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