第11話:開放するな((Side:エンジョー②)

「国王陛下、世界樹がどんどん腐り出しています。このままでは王宮に倒れ込むのも時間の問題かもしれません」

「薬草園の状況もすこぶる悪いです。わずかに生き残っていた薬草も枯れて崩れてしまいました。他国に知られる前に、早急に対策を考えなければ……」

「種からの発育も試みているのですが、まったく育ってくれません。どういたしましょう」


 自室にいるというのに、ワシとアンチコメは四方八方を使用人に囲まれていた。

 先日わかった世界樹の枯死と、枯れてしまった薬草園の対策を考えろと詰められている。

 それだけでワシは怒りが沸々と湧いてくる。

 どうして国で一番偉い国王のワシが、そんなことを考えなければならないのだ。


「いちいちワシに聞くな! 自分で考えろ!」

「アテクシは関係ないざんす! 今すぐ出て行くざんすよ!」

「あっ、ちょっ、国王陛下ー! アンチコメ様ー!」


 使用人たちを部屋から追い出し、扉に硬く鍵を閉めた。

 念のためチェストや机で塞いでやる。

 ヤツらが突破しようと揺らしているがビクともしない。


「……ふぅっ、これであいつらも諦めるだろう。まったく、このワシに汗をかかせおって。許せん」

「あの者たちにもお仕置きが必要でざんすね」

「何はともあれ、ようやく落ち着ける」


 これでもう大丈夫だろうと、アンチコメと二人で安心していたら、部屋の窓がゴンゴンゴン! と叩かれた。

 二人でギョッと窓を見る。

 使用人が張り付いていた。

 こ、ここは5階だぞ。

 唖然とするワシたちをよそに、使用人は窓に張り付いたまま叫ぶ。


「国王陛下、アンチコメ様! 至急お知らせしなければならないことがございます!」


 もういい加減にしてほしかった。

 この期に及んで何をお知らせするのだ。

 アンチコメと一緒に窓を激しく揺らす。


「だ、だまれ! だまれ! だまれ! そんな報告聞きたくないわ!」

「そうざんす! アテクシたちは疲れてるでざんす!」

「うわっ! 国王陛下、アンチコメ様、おやめください! 落ちてしまいます!」

 

 使用人を叩き落とそうとするも、こいつはスライムのようにべっとり張り付いていた。

 おのれ、さっさと落ちてしまえ。

 しかし、使用人は落ちる寸前、断末魔の悲鳴のように叫んだ。


「今度は国中の食べ物が腐り始めました……ああああ!」


 使用人は地面にぶつかるかと思いきや、植えられていた低木にドサッと落ちた。

 どうやら生きてはいるらしい。

 まったく、運のいいヤツだ。

 ……ちょっと待て、国中の食べ物が腐り始めただと?


「だから、なんでそんなに色んな物が腐ったり枯れたりするのだ!」

「「国王陛下! アンチコメ様!」」

 

 ワシが叫んだ瞬間、部屋の扉が突破された。

 次から次へと使用人どもが入ってくる。


「小麦や野菜は愚か、釣った直後の魚でさえ腐り出すという報告があります! 新種の呪いでしょうか!?」

「備蓄してある食料はどうにか無事ということで、国民たちは蓄えを消費して飢えをしのいでいます。ですが、餓死者が出るのも時間の問題かもしれません」

「アンチコメ様! 今すぐ祈祷をお願いいたします! 神様なら何とかしてくださると思います!」

「今日の祈祷は終わったざんす! アテクシに頼むなんて偉そうざんす!」


 あああああ!

 使用人の叫び声とアンチコメの金切り声で頭が破裂しそうだ。


「原因はなんなんだ! とにかくお前たちで対処しろ! ワシは関係ない!」

「調査しているのですがわからないのです。もう神様のご加護が消えたとしか……」

「そんなことがあってたまるか! 戯言を言うんじゃない!」

「毎日、アテクシが祈っているざんす! 神様の加護が消えたなんてありえないざんすね!」


 アンチコメと一緒に罵っていると、片眼鏡をかけた使用人がスッと出てきた。

 な、なんだ?

 こいつもまた面倒な報告をするのか?


「大丈夫です、安心してください。国王陛下、アンチコメ様」


 予想に反して、そいつは大丈夫だと静かに切り出した。

 若いくせにずいぶんと落ち着いている。

 ほぅ、さすがはこの偉大な国王であるワシに仕えている者だ。


「幸いなことに、王宮の食糧庫を開放すれば民たちの飢えもしばらくはしのげます」


 ……は?


「き、貴様……今なんと言ったのだ?」

「先ほど確認してきましたが、国民全てに配給しても1か月ほどは賄えそうです。もちろん、日々の食事は必要最低限になりますが……。その間に原因を究明すれば、王国も立て直せることと思われます」


 その言葉を聞いて、使用人たちは大きな声で喜んだ。

 部屋の中が歓声にあふれる。


「そうか、その手があったか! よく思いついたな!」

「王宮の食糧庫を開放すればいいんだ! 気がつかなかったよ!」

「よし、すぐにでも手配しよう! おい、みんな集まってくれ!」


 待て待て待て待て。

 何をそんなに盛り上がっている。

 食糧庫には他国から取り寄せた貴重な食材だってあるんだぞ。

 庶民どもに食わせたらもったいないだろうが。

 その事実にアンチコメも気づいたようで、ただでさえキツイ目がさらに吊り上がった。


「ワシの生活水準は決して落とさせないぞ! 庶民どもに米粒一粒も渡すな! ワシの食料だ! 全てワシが喰う!」

「エンジョー様のおっしゃる通りでざんす! ひもじいなら土でも草でも食べさせるざんす!」


 ワシらが怒鳴りつけたら、途端に使用人は静かになった。

 やれやれ、手間のかかる者どもだ。

 

「こ、国王陛下、何を仰るのですか! アンチコメ様まで! 国民がどうなってもいいのですか!?」

「餓死者が出るのも時間の問題です! 民のために行動してこその国王陛下、修道院長でしょう!」

「お願いです、国民のことを考えてください!」


 と、思ったら、また叫びだした。

 こいつらは本当になんなんだ。

 まるで理解ができない。


「ワ、ワシの命令が聞けんのかぁ! 貴様らを死罪にするぞ!」

「「こ、国王陛下、落ち着いてください!」」


 テーブルの上にあったナイフを振り回す。


「食糧庫を開放するなと言っているんだああ!」

「「わ、わかりました! 別の方法を考えます!」」


 使用人は大慌てで部屋から出ていく

 食糧庫の食べ物は全てワシの物だ。

 貧乏人どもには絶対に渡さないぞ。

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