第9話:少女の頼みごと

『ちょ、ちょっと待ってくださいフェン!』

「はい?」


 祈祷を待っている方を探しに行こうとしたら、後ろからルーリンさんが走ってきました。


⦅おいてかれててかわいそすw⦆

⦅この人がどういう人かわかってきた気がする⦆

⦅面白い⦆


『ぼ、僕も一緒に連れて行ってくださいフェン』

「え、ルーリンさんを……ですか?」

 

 走ってきたルーリンさんは、ゼェゼェハァハァしながらうなずきます。


『この街に来て、初めてフレイヤさんみたいな優しい人間に出会えたフェン。それに、また一人ぼっちは寂しいフェン……』

「しかし。他の方にとって私の旅は楽しくないかもしれませんよ? 困っている人に祈祷を届ける旅なので」

『だからこそフェンよ! 僕もフレイヤみたいに……誰かを救えるような存在になりたいフェン』


 ルーリンさんはしょんぼりとうなだれています。

 元気がまったくなく、見ていると私まで悲しくなってしまいました。

 一人ぼっちの犬さんを置いてけぼりにする理由など……どこにもありません。


「では、私と一緒に来ますか?」


 手を差し伸べると、ルーリンさんは涙を浮かべながら私を見ます。


『い、いいんですか?』

「ええ、私も誰かと旅をしてみたかったですから」

『……フレイヤ!』


 泣きながら飛びついてきたルーリンさんをギュッと抱きしめます。

 モフモフした感触とともに、人間よりも温かい体温が心地よかったです。


⦅あかん、泣きそう⦆

⦅感涙物だわ⦆

⦅切り抜き確定やな⦆


 神様たちのお声も震えていらっしゃいます。

 改めまして、神々の慈悲深さを強く実感しました。

 そのときです。

 頭の中に言葉が浮かんできたのです。


〔実績が解除され、称号を入手しました!〕


 これも神様のお言葉でしょうか。

 実績……称号……どこかで聞いたような……。

 !

 もしかして……。


「すてーたすオープン!」



◆――――――――◆

〇称号

・チャンネル登録者10万人

・フェンリルの救い手


〇実績

〔メインクエスト〕

・無し

〔サブクエスト〕

・迷いフェンリルを助ける

◆――――――――◆



 やはり、すてーたすの内容が増えていました。

 思った通りですね……おや?


「フェンリル……? ルーリンさんは犬さんじゃないんですか?」

『こう見えても僕はフェンリルだフェンよ。バレちゃしょうがないフェンね』

「まったく気がつきませんでした」


 フェンリルは伝説の魔獣だと聞いたことがあります。

 こんな簡単に出会えるのですね。


「お金ならお支払いします! まずは話を聞いてください!」


 ルーリンさんとお話ししていたら、どこからか女性の大きな声が聞こえてきました。


「おや? なんでしょうか」

『行ってみようフェンよ』


 ……また異教徒に襲われているのでは。

 ポケットの中で【すたんがん】を握りつつ、声が聞こえた方へ走って行きます。

 大通りの片隅で、少女が三人組の男性と何やら話していました。

 襲われているわけではなさそうですが、とても切羽詰まった様子です。


「お願いです! あなたたちは冒険者ですよね! 姉がダンジョンから帰ってこないんです! 一緒に助けに行ってくれませんか!」

「か、勘弁してくれよ。50階層で行方不明になったって話じゃねえか」

「そんな深いところまで行けるのは、それこそレベル70は必要だぞ」

「俺たちはまだ死にたくねえんだ。他を当たってくれ」


 少女はしきりに何かをお願いしていましたが、男性方は気まずそうに立ち去ってしまいました。


⦅おっ? こいつは新イベか?⦆

⦅ひと悶着ありそうだな⦆

⦅とりま、スタンガン滅多打ちはなさそうやね⦆


 ポツリと取り残された少女は、今にも泣きそうな顔で俯いています。

 私とルーリンさんは慌てて駆け寄りました。


「どうされましたか」

『大丈夫フェンか』

「あ、すみません。騒がしかったですよね。でも……もう大丈夫です」


 少女はトボトボと歩き出します。 

 もちろん、このまま見過ごすわけにはいきません。


「失礼ながら、お話が聞こえてしまいました。お姉様がダンジョンから帰ってこないのですか? お辛いでしょうに……」

『詳しくお話を聞かせてもらえないフェンか?』


 私たちが話しかけると、少女はハッとした様子で立ち止まりました。


「あ、あなた方は……?」

「私は通りすがりの見習い聖女、フレイヤと申します」

『僕はルーリンというフェン』

「ワ、ワタシは……ゴホッゴホッ! すみません、喉の具合が悪くて……」

「だ、大丈夫ですか!?」


 少女は咳込んでしまいました。

 ど、どうしましょう。

 あっ、そういえば神様が美味しそうなお水を恵んでくださいました。

 ポーチから【癒しの水】を取り出し、少女に渡します。


「このお水をどうぞ」

「す、すみません、助かります……って、Bランクのアイテムじゃないですか! ゲホッ、こんな高価なもの頂いていいんですか?」

「ええ、もちろんです。そのとき困っている人が使うべき物ですから」

「お姉さんは……優しい方なんですね。いただきます……」


 少女はグイグイと【癒しの水】を飲むと、喉の渇きも癒されたようです。


「ありがとうございました。私はこの街に住んでいるエルマーナです」


 エルマーナと名乗った少女と握手を交わします。

 丁寧に自己紹介いたしましたが、彼女は暗い顔のままでした。


「エルマーナさん、私たちにも何かお力になれることがあるかもしれません」

「で、でも……危険なお願いですし……」

「お話だけでもお聞かせくださいな。何もしないで放っておくなどできません」

『フレイヤは可愛い女の子だけど、めちゃんこ強いフェンよ。さっきだって悪い人たちを一撃で倒してしまったフェン』


 ルーリンさんが得意げに背中を反らしているのを見て、エルマーナさんはようやく笑ってくれました。


「……わかりました。ここでは何なので、まずは私の家に来てください」



 その後、エルマーナさんに案内され、私たちは小さな家に入りました。

 木造の2階建てで、素朴な内装が落ち着きます。


「私の姉はソロルと言いまして、ダンジョン探索者シーカーをしています」

「ダンジョンしーかー……でございますか。初めて聞く名前のお仕事です」

「ダンジョンに潜って、アイテムを回収してきたりモンスターの素材を集めるんです。需要が多いので、良いお金になるんです」

「なるほど……」


 世の中には色んなお仕事がありますね。

 聖女たるもの、これからは視野も広げて行かなければなりません。


「深い層に行けば行くほどレアアイテムが採れます。姉も貴重なアイテムが採れる60階層のダンジョン、“シクスティン”の深層に向かったのですが…………もう何日も帰って来なくて……」

「ふむ……それは大変です」


 エルマーナさんは硬く手を握りしめ、小さく震えていました。


⦅かわいそう……⦆

⦅お姉ちゃん無事だといいね⦆

⦅何とかしてあげたい⦆


 神様も仰る通り、少しでもこの少女の力になりたいです。

 ともすれば、やることは一つしかありません。


「エルマーナさん。私たちがお姉様を探してきます」

『そうだフェン。僕たちに任してフェンよ』

「ほ、ほんとですか!? フレイヤさん、ルーリンさん!」

「はい。聖女は嘘を吐かないのですよ」


 私たちが力強く言うと、エルマーナさんの表情は明るくなりました。

 しかし、次の瞬間には暗い影が差します。


「で、ですが、やっぱり60階層のダンジョンは危ないですよ。姉が行方不明になったのは50階層と言われています。これは本当に高レベルの人じゃないと死んでしまいます」

「ご心配なさらず。私には神様が着いていますので」

「か、神様ですか……あの、失礼ですが、フレイヤさんのレベルはいくつなのですか?」

「1です」

「え……」


 正直にお伝えすると、エルマーナさんは唖然とした表情で固まってしまいました。


⦅幼女の絶句顔w⦆

⦅こらっ、失礼だぞ⦆

⦅シリアス展開やねん⦆


 暫しの間エルマーナさんは固まったかと思うと、勢い良く喋り出しました。

 

「レ、レベル1なんて、絶対にダメです! フレイヤさんに何かあったら大変です!」

「大丈夫ですよ。私には神様がついていますので」

「い、いや、そうは言っても、さすがにレベル1は……」


 エルマーナさんは私のレベルを聞いて、すっかり動揺してしまいました。

 う~む、信用してもらうにはどうすれば……。


『フレイヤ、ステータスを見てもらえばいいフェン』

「なるほど、たしかに。すてーたすオープン!」

「ですから、レベル1では危な…………って、えええええ!」


 青色の画面を見た瞬間、エルマーナさんは目を点にして驚きました。


⦅そりゃ驚くわw⦆

⦅レベル1のステータスじゃねえもんw⦆


「どうしましたか、エルマーナさん」

「ど、どうしましたかって、何ですか、これぇ!?」

「これが神様の御力なのです」

「か、神様って……すごい!」


 エルマーナさんはしきりに驚いた後、ふぅっと一息吐きます。

 

「まさか、フレイヤさんがこれほどお強い方だとは知りませんでした。レベル1でもこんな方がいらっしゃるんですね」

『フレイヤがいれば、それこそ百人力だフェン』

「ええ、そうですね。……改めまして、姉を探すのを手伝っていただけませんか?」

「もちろんです。全力を尽くしますよ」


 笑顔で応えると、エルマーナさんはおずおずと切り出しました。


「あの……私も連れて行ってくれませんか? き、危険なのはわかっています! でも、一人で待っていることなんてとてもできなくて……」

「わかりました。ともに参りましょう。エルマーナさんは私が守りますのでご安心ください」

『僕もいるから大丈夫だフェンよ』


 さて、困っている人を待たせるわけにはいきません。

 準備もそこそこに済ませ、さっそく私たちはダンジョン“シクスティン”へ向かって歩き出しました。

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