ターフの虹彩

おしゃんな猫

紫電一閃 最後に咲くのは藤の花

偉大なる両親を超える為に

 競馬学校を卒業してから数年が立ち、彼女は若手でありながら新進気鋭の逸材と注目されている。父は天才ジョッキーの藤崎蒼弥、母は名馬を管理した事もあるベテランの厩務員。彼女自身も競走馬を大事に思い優しく接している事からファンや馬主からの信頼は厚い。彼女の乗る馬は必ず勝つと言われてるほどでありその騎乗技術は素晴らしいものである。

 現在は褒め称えられているが、競馬学校の騎手課程を卒業した頃はとてもじゃないが上手い競馬をする騎手ではなかった。そんな偉大な両親を持つ無名の新米騎手が一頭の馬との出会いで大きく変わる事になる。一人の人間と一頭の馬が大きく成長する物語である。


 彼女は父の影響で幼い頃から馬が好きだった。馬が好きな彼女にとって将来は父と同じ道に進みたいと思っており、父が調教師として活躍している姿を見て自分もいつかはなりたいと夢から目標へと変わる。父の背中を追いかけるようにして競馬学校へ入校する。最初は両親から教わった知識や経験もあって成績は上位だったが、卒業に近づいていくと同時にそれは“ 当たり前 ”となった。それでもトップクラスの実力を持っていた彼女は卒業後はすぐに、競馬の残酷で美しい勝負の世界へ入る事ができた。

 彼女は順調に成績を上げていくものの、大きな壁によってつまづいてしまう。それが、女性という性別だ。騎手の世界では男性が圧倒的多数を占めている。そんな中に入ってしまった彼女はなかなか思う様に勝てず、同期の子達は次々に重賞を取りGIレースにも手が届く所までいったのにも関わらず自分は掲示板すら取れない日々が続いたのだ。


「どうせ親の力で騎手になったのだろう」


「蒼弥さんはあんなに凄い才能があったのに…」


 そんな心無い、しかし事実である言葉は己が一番分かってる。だからそれを言われても何も言い返せなかった。でもただ黙って耐えていた訳でもない。必死になって勉強をしたしトレーニングもした。しかし結果には繋がらず、ついに悔しくて泣いてしまった。自分の努力不足だと何度も自分を責めた事もあった。もうダメかもしれない、そう思った時に出会ったのだ……稀代の逃げ馬・シルキーモーヴに。


 シルキーはとても利口な馬で可愛らしい顔のお淑やかなお嬢さんだった。しかし、問題がいくつかあった。それはとても怖がりな所だ。ちょっと物音が聞こえただけでもビクッと驚いてしまう程、臆病な性格だった。スタートは確かに上手い。でもそれ以外が壊滅的に下手くそなのだ。他の馬に囲われると怖がってしまい上手く走ることができない。なので逃げ以外の戦法が出来ないのだ。ただ、自分のペースで走るという点では他の馬の追随を許さない程完璧だ。この走りは多くの人を魅了させた。策が嵌れば類を見ない強さを、輝きを放つのだ、彼女は。そんなシルキーを見て、騎手としてどうしても彼女をレースで走らせたいと思った。そしてそのチャンスはすぐにやってきた。新馬戦である。


 新馬戦、早くて初夏の頃から開催される若駒達の為のレースだ。勝てない馬は条件戦を勝ち上がりオープン入りをして賞金によっては、GIレースに。馬にとっても厳しい世界なのだ。結果から言うと8着の大敗で敗因はハッキリとした。掛かったのだ、あの落ち着きのある彼女が。それを抑えようとしたが、全く制御出来ず4角に差し掛かる。すると後続の馬は溜めていた鋭い差し脚で、追い上げあっという間にシルキーは馬群に飲まれる。そこから先はあまり覚えてない。ただ必死に追っていたのは覚えてる。無事に走りきったシルキーを褒める。


「お疲れ様、今度はもう少しゆっくり行こう。大丈夫、貴女は強いから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る