第32話:二度目の邂逅

「ノ、ノエル! また私の夢に出てきてくれたの!?」

〔あなたに会うのはいつぶりになるかしらね〕


 相変わらずノエルは美しく、そして上品に笑っている。

 触ると壊れてしまいそうな微笑みを浮かべている、ただただ普通の優しそうな女の子。

 ゲームで見た意地悪な悪役令嬢なんか影も形もない。


「もう一度あなたに会えるなんて、私すごく嬉しいわ。ああ、話したいことがいっぱいよ。あっ、それよりも大事なことがあるの。邪悪な存在が学院の中に……!」

〔ええ、私は全部知っているわ。あの憎き邪悪な存在が現れたことも、勇気あるあなたがみんなを守ってくれたことも……。全てあなたの中から見せてもらった〕

「そう……だったの……」


 普段は出てくることはなくても、ノエルは私の中で生き続けているんだ。

 わかっていたはずだけど改めて強く実感するとともに、彼女は消えてしまったわけではないとわかり安心する。


〔私になってしまっても頑張るあなたを見て、いつしか一つの強い気持ちを持つようになったわ。あなたの役に立ちたい……と〕

「わ、私の役に……? でも、どうして……」

〔いつも友達のために、みんなのために頑張っているあなたを見ていると……自然にそう思っていたわ〕


 ノエルは私の手をキュッと握る。

 あの日のように、その手は優しくて温かかった。


「あなたはずっと、私を見守ってくれていたのね」

〔ええ、外の世界に出ることはできないけど、のえるさんを想う気持ちは誰にも負けないつもりよ〕


 フフッと微笑するノエルはそれこそ女神様のようで、彼女を見ているだけで心が癒されていく。

 あっ、そうだ。


「ノエル、ありがとう」

〔……え?〕

「私をあなたにしてくれて。あなたになれたおかげで、私は楽しくて幸せな学院生活を送れているわ」


 まだ、ちゃんとお礼を言っていなかった。

 でも、ノエルはポカンとした表情でいる。


〔そ、それはどういう意味なの?〕

「今話した通りよ。あなたになれたから、前世では送れなかった青春が送れているの。まぁ、最初は処刑フラグにビビリまくっていたけどね」


 たはは、と笑いながら言ったけど、ノエルは表情が硬い。

 と思ったら、その透き通るような白い頬に一筋の涙が伝った。


「ど、どうしたの、ノエル!?」

〔あなたは……優しいのね。のえるさんみたいな人に出会えて本当に良かった〕


 ポツリと呟いたノエルは、先程とはまた違う微笑みを浮かべていた。


「でも、あなたこそ優しいでしょう」

〔ありがとう。ところで、大事な話があるわ。今日はそのために、あなたの夢に出てきたの〕

「だ、大事な話?」

 

 ノエルが真剣な表情に変わり、私の手を力強く握る。

 彼女の真面目な雰囲気にドキドキと心臓が鼓動した。

 

〔この世に神様がいるのかはわからないけど、私はずっと祈っていた。あなたの役に立ちたいってね。そうしたら、邪悪な存在についてうっすらとわかった。頭に浮かぶというか、イメージが伝わってきたの〕

「ほ、ほんとに!?」

 

 まさか、ノエルがそんな情報を掴んでいたなんて思わなかった。

 私たちのために影で努力してくれていたことを思うと、胸がいっぱいになる。


〔邪悪な存在は満月の夜に生まれたの。だから、満月の日じゃないと完全には倒せない。この前だって、本当なら倒し切れていたはずよ〕

「そ、そうだったんだ。誰もよく知らないし、いくら調べてもわからなかったわ」


 あの後、みんなで図書館に行ったりして調べたけど、邪悪な存在についての記述は全然見当たらなかった。


〔次の満月に、月からエネルギーを吸収するつもりよ。月の力を使って完全復活する気だわ〕

「か、完全復活……!?」

〔もしそうなったら、この世界がどうなってしまうかわからない。闇に覆われてしまう可能性だってあるの〕

「そ、そんな……」


 私たちの大事な世界が闇に覆われるなど絶対にイヤだ。

 きっと、みんなの人生はこの先もずっと続いていく。

 邪悪な存在が復活したら、彼らの幸せだって壊されるかもしれない。

 そう思うと、恐怖で体がぶるっと震えるようだった。

 

〔ごめんなさい、そろそろ時間が来たみたいね〕

「え……?」


 ノエルの体が少しずつ薄く透明になっていく。

 これもあのときと同じだ。

 ど、どうしよう、このままじゃノエルが消えちゃう。


「ま、待って、ノエル!」


 激しい焦燥感に駆られ、慌ててノエルを掴もうとしたけど、私の手は空を切る。


〔大……丈夫、私が知った情報は……全て本にまとめたから〕

「ほ、本ってなに!? それよりも、あなたの体が……!」

〔私……のこと……はいいから〕


 姿どころか、声まで途切れ途切れになってきてしまった。


「で、でも……!」

〔よく……聞いて。図書……館の閲覧不可の棚の……右奥……黒いほ……んを読んで〕

「く、黒い本?」

〔そこに……全て書いてある……から〕


 もうその姿は輪郭くらいしか残っていない。

 耐えていた切なさがどっと溢れ、思っていたことが叫び声となって出た。 


「ノエル! 私はもっと……あなたといたい!」


 思い切って伝えると、ノエルは消えつつも確かにハッキリと笑ってくれた。

 ゲームでは見たことがないくらいの穏やかな微笑みで。


〔私も……そう思ってる。次会え……るのがいつかはわからないけど……また会えるの……を楽しみに待っているわ〕


 その言葉を最後に、ノエルは宙へと消えてしまった。


「ノエル……私はあなたを……」


 消えゆくノエルの手を握ろうとした瞬間、目が覚めていた。

 見慣れた寮の自室。

 窓からは朝日が差し込み、いつもの日常に帰ってきたのだと実感する。

 それでも、しばらく夢の余韻から覚めずにいると、頬をつつっ……と何かが伝った。


「私……泣いてたんだ……」


 鏡に映っているノエルは、静かに涙を流している。

 夢で見たのと同じ顔。

 だけど、どこか彼女と違う。

 涙を拭き、ベッドの上で両手を強く握った。

 私はロイアやメイナ、攻略対象ズだけじゃない……ノエルだって守るんだ。

 そう、強く決心した。

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