11_絶望と希望

 再び天は瘴気で真っ黒に染め上がり、村を漆黒に染まっていく。暗闇に包まれた村を一筋の光が弾丸の如く通過する。凄まじい速度で進むそれはある男の方にまで迷いなく直進していた。その男の名はクラネ。魔王の力を手に入れ、世界を変革することを目論む者。


「こんなちっぽけな少年一人に何ができるというのだ。何もできやしない。それを十分に分からせた上であの世に送ってやろう」


 クラネは、瘴気で作り出した禍々しい大剣を両手でぎゅっと握りしめ、弾丸の如く迫る対象をギロリと睨みつける。


 カナタ、始めよう。私たちの最後の戦いを。


 カナタは危機的な状況にも関わらず、今までにないほど気持ちが高まっていた。前世の力つまり、双子の勇者の兄カタの力を徐々に取り戻そうとしていた。時間が経過するたびに、かつての感覚が蘇り、本来の力を取り戻していっているのがカナタには分かった。


 前世では、魔王の力をボックスと呼ばれる器に封印することしかできなかった。だが、それでは今回のように、魔王の力が解き放たれれば、再び世の中に混沌をもたらす可能性があるのだ。この世から、魔王の力は完全に消し去らなければならない。


 魔王の力を消し去るには、超高火力のマナで魔王の力の源である瘴気を完全に浄化する他ない。


 カナタは、前を見据え、覚悟を決める。クラネを目の前まで来たところで、弾丸の如く直進してきた跳躍力を、ドレインの力で剣に纏うマナに瞬時に変換した。その直後、カナタの前進する速度は、一瞬、ゼロになり、落下し始めるが、代わりに剣は強力なマナを宿しより一層輝かしい光を放っている。


 剣を両手で握りしめ、天に掲げると、落下すると同時に勢いよく振り下ろす。

 

 カナタがたった一人でクラネに立ち向かう様子を、イチノ村の村人も固唾をのんで見守っている。


「あんな子供が、あんな強大な相手に戦っているんだ」


「俺たちには、あいつに対抗できる力はない。せめて応援だけでもしようぜ」


「ああ」


「そうだな」


「そうね」


 村人たちは、カナタの巨悪に立ち向かう勇敢な姿に心動かされ、カナタに応援する声が村の至るところから応援する声が聞こえてくる。


「頑張れ!」


「村を魔物たちから救って!」


 村人たちの活気あふれる叫び声が響き渡る中、カナタの振り下ろされた剣とクラネの剣が激しく交わった。高エネルギーの瘴気とマナのぶつかり合いは、今にも空間を歪めてしまうそうなほどの衝撃を生み出す。凄まじい轟音が周囲に鳴り響り、その衝撃で周囲の建物の窓が一斉にパリンと割れる。


 この一撃が駄目なら、クラネを倒すチャンスは二度と訪れないだろう。


 お母さん。


 コナタ。


 村の人たち。


 不意に、自分のことを見守ってくれている人たちの顔が浮かんだ。もし、ここでクラネを倒して止めなければ、多くの人たちが命を失い、多くの悲しみが生まれてしまうかもしれない。


 させない。クラネをここで止めてみせる!


「行けぇえええええ!」


 気持ちを高ぶらせ、叫び声を轟かせるとともにカナタは剣に今出せる、ありったけの力をのせて、クラネの剣を徐々に押しやっていく。


 なんだ、この力は双子の勇者とはいえ、信じられない力だ。何が起こっている!


 クラネの剣を握る手は、カナタの凄まじい力に小刻みに震えていた。想定外のカナタの力に、一瞬、クラネは戸惑うが、冷静に状況を俯瞰し、ようやくカナタに起こっている変化に気づく。


 身体のマナの輝き。凄まじい勢いで、マナの量が増加している。まさか、ドレイン。他者のマナや瘴気を吸収し、我が物とする力。


 クラネは、自分の瘴気がカナタの方に流れていくのを感じた。カナタは、剣を交わらせながら、クラネの瘴気を吸収していた。


「私の力を利用するというのか、カナタ!だが、それだけでは私を上回ることはできない!」


 一見、カナタの方が有利な状況に思われたが、クラネは内なる瘴気を身体から放つ。禍々しい瘴気が放たれるとともに、クラネの力はよりどす黒いものへと変色し強まっていく。


 瘴気が、クラネとカナタを包んでいく。あまりに身を焦がすような膨大な量の瘴気。神々しく輝くマナを身体に纏わせなければ、さすがのカナタも瘴気に蝕まれてしまう。


 だが、内なる瘴気を解き放ったクラネは、次第にカナタの剣を押していく。カナタの剣を持つ手は、震えて、今にもクラネの力に押し負けてしまいそうだ。


 なんて、瘴気だ……でも、ここで終わるわけには行かない。


 カナタは、クラネから放たれた強大な瘴気に包まれながらも、彼の中で燃え盛る闘志は未だに消えてはいない。


「村人の皆さん、お願いがあります。どうか、力を貸してください」


 コナタは、兄カナタの危機に傍で見守っている村人に助けを求めた。一斉に、村人はコナタの方に視線を向ける。


「俺たちにできることがあるなら言ってほしい」


「私たちも、村を守るために何かしたい」


「やられ放しはもう嫌だ」


 村人たちは、力を貸すことに乗り気のようだ。至るところから、声が上がって村を脅かすクラネに立ち向かおうとする気概がひしひしと感じられた。


「今、兄のカナタが、魔王の力を得たクラネと戦っています。少しでいいので、マナを分けてほしいんです」


 コナタは、批判されること覚悟で村人たちに自分の考えを伝える。だが、コナタの心配に反して批判するような声は聞こえなかった。むしろ、肯定的な声があちこちから聞こえた。


「なんだ、そんなことか」


「それで村を救えるならお安いご用だ」


 村の人たちが巨悪に立ち向かおうとする勇敢さと強力してくれることの感謝の気持ちがコナタの中で込み上げる。


「みなさん……ありがとうございます!今から僕が作る光の玉に手を向けてください」


 そう言うと、コナタは持っている杖を天に掲げると上空に小さな光の玉を作り出す。


「あの玉には手を向ければいいんだな」


「よし、早速、やるぞ」


「私達のマナを使って」


 村の人たちは、皆、コナタの作り出した光の玉に手を向けた。すると、ものすごい勢いで村人たちのマナが光の玉に集まり始める。


 村人一人ひとりからもらうマナは、微小なものであったが、何千、何万人ものマナが集まることでとてつもない量のマナが生み出される。光の玉は、村人たちのマナを吸収し、徐々に膨張する。いつの間にか、暗闇に染まったイチノ村全体を照らすほどの巨大な球体にまで成長した。


「これくらい、貯まれば十分だ!お兄ちゃん、受け取って!みんなの力だ」


 コナタは、魔法を使い、直接カナタの脳内に話しかけると、村人たちのマナを集めた光の玉をカナタの方に、移動させる。


「コナタ、ありがとう!遠慮なく使わせてもらうよ」


 光よ、我が剣に宿り大いなる力の糧となれ。


 カナタは、呪文を唱えると光の玉が粒子状になりカナタの剣に流れ込んでいく。その瞬間、クラネの身体から出ている禍々しい瘴気を一瞬で消し去ってしまうほどのマナの凄まじい光が、カナタとクラネを包む。


「何だ、これは……。何なんだ、これは!?」


 クラネは、目の前の圧倒的なマナの光に包まれ、身体に纏わりついていた瘴気と持っている剣が見る見るうちに浄化されていくのを見て察した。


 モア。


 すまない、私達が思い描いた魔物たちが人間たちに蔑まれない世界を作る理想は叶えることはできないようだ。


 クラネは、力なく立っていた塔から落下しながら、敗北を予感し、ゆっくりと目を閉じた。

 

『やはり、お前には、双子の勇者どもを倒すことは無理だったようだ』

 

 クラネは、頭の中で何者かの声が聞こえた。この声に、彼は聞き覚えがあった。


 また、この声だ。私に時々話しかけてくる声。


『とはいえ、よくぞ、我が力をボックスから解放してくれた。役には、立ってくれたようだ。ずっとお前の中に、住み続けていた甲斐があるというものだ』

 

 私の中に住み続けていただと。お前は一体何者だ?


『私は、人間に憎しみを持っていたお前に注目していた。そして、お前の精神に入り、反乱を起こすように仕向けた』


 質問に答えろ!お前は何者なんだ。


『私は、お前たちが魔王と呼ぶ存在。肉体は滅びたが、魂は新たな肉体に移り変わることで生きながらえてきた。最期に、お前に面白いことを教えといてやろう。モアという女性の魔物がいただろ』


 魔王が、モアの何を知っているというのだ。


『お前は、モアが魔物討伐隊人間たちに殺されたと思っているだろうが、現実は違う』

 

 何だと……どういうことだ。私は、目の前で確かに見た。モアが、人間に殺されるところを。


 クラネが、人間たちを滅ぼそうと考えたのは、かつて、彼が愛していた魔物モアが目の前で人間に殺されたのが大きなきっかけだった。


『モアを殺したのは、討伐隊によるものではない。お前自身だ』


 な、何を言っている……。そんな訳があるはずがない。モアは私にとってとても大切な相手だったんだ。


『私が、お前の肉体を操ってモアを殺した。そして、討伐隊によって殺されたという偽りの記憶を植え付けた。ただそれだけのこと』


 何を言っている……そんなことがある訳がない。


『紛れもない現実だ。クラネ。見せてやろう、お前がモアを殺めた時の記憶を』


 魔王がクラネにそう言った直後、魔王に操られたクラネがモアを殺める瞬間の光景が頭の中にドワっと流れ込んできた。


 なんだ、これは……嘘だ!!偽りの記憶だ!!


 クラネは、ずっと魔王によって覆い隠されていた残酷な記憶を見せつけられ、ひどく取り乱す。


『やはり、人が絶望する時の顔を見るのはいい。一番、愉快な気持ちになる。そのまま絶望しながら、死ぬがいい。クラネ』


 魔王は、嘲るような口調でそう言うと、呪文を唱える。


 我が瘴気よ。この者の命を奪え。


 塔から落下するクラネの身体に、建物に身を潜めていた瘴気が集まっていく。瘴気に自分の身体が貪られる最中、クラネは次第に遠ざかっていくカナタの方を見た。


 真の巨悪はずっと私の中にいた。気をつけろ、双子の勇者……いや、カナタとコナタ。


 クラネはそう心の中で呟き、地面に落下し儚く砕け散った。


「やったのか。これで、クラネを倒したんだよな……」


 クラネを倒したカナタだったが、何故か緊張を緩める事ができない。


 本当にこれで終わりか?


 なんとなくカナタが嫌な予感をした直後だった。


 クラネの落下したところから、何かが勢いよく曇天の空に向かって、禍々しい量の瘴気が吹き出る。吹き出た瘴気は、絶えず出続けており、村を瞬く間に飲み込んでいく。


「やっと、この時が来た。待ちわびたぞ。世界は、今から闇に沈む。世界を我が手中に収める」


 近くから、男の声がしてさっとカナタは視線を向けた。


 視線の先には、近くの建物の屋上に男が立っていた。カナタはこの男に見覚えがあった。男がタナの家で眠りから覚めたコナタに襲いかかってきた時の事をふと思い出した。そして、男の近くには、母親カナと弟コナタが意識を失って倒れている。


「おい、お母さんとコナタに何をした?」

 

 カナタは、険しい表情をして男に問いかける。


「見ての通りだ。魂を食らった」

 

 お母さんとコナタがこんなにも呆気なくやられてしまうなんて。ほんの少し前まで、無事だったはずだ。それに……この威圧感。


 カナタは、剣を持つ手を見ると、恐怖で小刻みに震えている。淀んだ瘴気が大気を舞い、息も苦しい。


 間違いない。目の前の男は、魔王だ。お母さんとコナタを助けるには、魔王を倒し魂を吐き出させるしかない。


「余計なことを考えないことだ。大人しくこの世界が闇に沈みゆく光景を眺めていろ」

 

 冷酷さの孕んだ声が、カナタの耳をつんざく。


「そんなことできるわけないだろ!!」


 魔王に、怒りの叫び声を上げた直後、身体に、激痛が走る。


「えっ!?」


 カナタは呆気なくバタッと倒れ込む。


 なんだ、奴の攻撃を受けたのか。何をされたのかすら分からなかった。


「私は大人しく眺めていろといったのだ。私の言うことは絶対だ。逆らえば、報いを受ける」


 突然、村人たちの悲鳴がして、カナタは街の悲惨な光景が目に入る。


 魔王が瘴気で生み出したであろう複数の球体が、「殺します、殺します」と何度もつぶやきながら、独りでに村人に向かって瘴気の弾丸を寸分違わず放っている。弾丸が命中した村人は、意識を失い次々と倒れ込んでいく。


 球体型の殺戮兵器は、無慈悲に村人たちの魂を回収し、魔王のもとへ転送する。村人の魂を回収すればするほど、魔王の力は増大していく。


 カナタは村人たちの悲鳴が村の至るところから聞こえてくる。この目を覆いたくなるような地獄絵図を目の当たりにして、悔しさのあまり両手をぎゅっと握りしめ、奥歯を噛み締める。


 命が当たり前のように蹂躙されていく。


 お母さん、コナタは意識を失っているんだ。


 俺が、やらないと。


 カナタは、立ち上がろうとするが身体が言うことを聞かない。立ち上がる力すら残されてはいなかった。


 くそ、立てない!このまま、この地獄を見ることしか出来ないのか。


 カナタは、自分の無力さに苛まれ、涙が頬を伝う。


「誰か……誰でもいい……。魔王を、こいつを止めてくれ!!!」


 カナタの心の叫び声が虚しく村に轟く。すると、天からいきなりドラゴンの鳴き声が聞こえた。


「グギィギィギィギィーー」

「グギャギャギャギャーー」


 村に侵入してきたドラゴンの群れがついにここまで飛んできたのか。


 カナタは、そんな考えが過った直後、ドカンという破壊音がしたかと思うと、次々と天から巨大なドラゴンの屍が落下してくる。ドラゴンの落下した拍子に、村の建物は崩壊し、砂煙が激しく舞う。


 そして、ドラゴンの屍が落下するとともに、一人の男が天から降りてきて、カナタの目の前にゆっくり着地した。


 一体、何者だ。多くの勇者たちを屠ってきたドラゴンの群れを倒すとは……。


 瘴気によって力をより一層増したドラゴンたちがいとも簡単に倒された。しかも、たった一人の人間によって。その事実にさすがの魔王も驚いていた。


 天が裂けて、その隙間から陽の光が差し込み、突然、現れた男と倒れ込むカナタを優しく照らす。


 カナタは、目の前に立つ男の背中が亡き父親セナの背中と重なって見えた。


「お父さん……」


 カナタが、思わず呟くと、目の前の男は、彼の方を振り向いてニカッと笑みを浮かべると言った。


「待たせたな。カナタ。あとは俺に任せろ」

 

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