10_一騎打ち

「私の喉元に切っ先を添えるとは。なかなかやる」


 クラネはそう言うと、身体をドロドロと液状化させ自らの影に沈んでいく。


 逃げられる。


 カナタは、持っている剣をシュッと咄嗟に横に振るが、わずかにクラネが影に溶け込むタイミングの方が早かった。


 クラネは影に溶け込み、地面の上を移動していき、カナタたちから少し離れた場所で止まる。そこから、影がグチュグチュと盛り上がりクラネが、姿を現す。どうやら、彼は影に溶け込み、瞬時に移動することができるようだ。


「くそ、逃げられた!」


「簡単には、倒させてくれないようだね」

 

 カナタとコナタは、逃げられた悔しさを抱きつつも気持ちを切り替え、クラネの方に視線を向けて武器を構える。邪悪な相手を前にしても怯むことなく立ち向かおうとする彼らの姿は、まさに絵本に出てくる勇者そのものだ。

 

 カナタ、コナタ。いつの間にか大きな背中になって……。


 クラネに立ち向かう子供たちの背中を見て、カナは子供たちとのちょっとした日常の小景が頭の中で蘇る。そして、様々な感情がぶわっと湧き上がる。


 二人とも、大きな産声を上げて生まれて来てくれた。生まれる時は、苦しくて辛いこともあったけれど、元気に生まれて来てくれて嬉しかった。


 少しずつ、背が大きくなって、二人とも一人で歩けるようになっていって、それから、言葉を話せるようになって。


 いつか、私の元から羽ばたいて行く日が来るんだろうなと思っていたけれど、私が眠っている間に、こんなにも成長していたなんて……。


 カナは次第に子供たちが成長していく様子を見ながら、少しずつ自分の下から離れていくような寂しさを感じていた。


「カナタ、コナタ」


 カナは、感情が込み上げて、息子二人の名前を呼んだ。


「お母さん、見ておいて」


「僕たちなら、大丈夫」


 カナタとコナタは、母親の方を向き、満面の笑みを浮かべた。


 私は、瘴気に掴まれてマナが回復するまで動けない。とても危険な状況だけれど、この子たちに託すしかない。今のこの子たちなら、任せられる。


「お願い。奴を止めて!私の勇敢な息子たち(ブレーブ・サンズ)!」


 カナはカナタとコナタに叫び、この戦いの行く末を二人に託した。


「ああ」

「うん」


 二人は、剣と杖を構えまっすぐクラネの方を見ると、闘志を燃やす。


「そろそろ、話は終わりかな。安心しろ。3人仲良く、あの世に送ってやる」


 クラネがそう言った直後、姿をぱっと消す。


 消えた。


 二人は、クラネが姿を消した直後、目を閉じ瘴気を感じ取りながら、周囲をさっと観察する。地面の影に禍々しい瘴気を感じる。


 さっきみたいに、影に隠れたのか。

 

 影が迫ってくる。


 前から。


 それに……後ろからも。


「コナタ。気をつけろ。奴は影に溶けて迫ってきてる」


「お兄ちゃん、僕に任せて!」


 コナタは、杖にマナを込めて地面に突き刺す。すると、勢いよく地面から、岩石が先端を鋭く尖らせながら伸びて忍び寄る影をグサッと突き刺す。


 影を突き刺し、脅威は去ったかに思われたが、コナタの魔法による攻撃を受けた影は分裂して逆に数を増殖させる。


「数が増えてる。攻撃すると分裂してしまうのか」


 コナタは、影が次々と分裂していくのを見て、一瞬、動揺するがさっと集中し気持ちを落ち着かせる。


 無数の影は、カナタとコナタの周囲をグルグルと獣が獲物を取り囲むかのように周回し始める。


「コナタ、俺に補助魔法をかけてくれ!俺なら影の中にあるコアを感じ取れる」


「分かったよ!」


 無数の影から、ポチャリと球状の物体が現れて、周りのマナを吸収しようとする。


 このまま、球体にマナを吸わせるとまずい。

 

 マナを取り込まれる前に断ち切る。


 カナタが足を踏み出すと同時にコナタが呪文を唱える。


 光よ。駿足の力を彼に与えよ。


 コナタが呪文を唱えた直後、カナタの身体にマナの光が宿る。コナタの魔法のおかげで、カナタは素早く身体を動かすことができた。光の如くスピードで瞬く間に、瘴気とマナを纏わせた剣で、球体を断ち切った。スパッと一刀両断された球体は、粉々に砕け散り地面に溶ける。


 本来なら、切断しても増殖してしまうところだが、マナや瘴気の゙気配に敏感なカナタには、球体の中にあるコアを感じ取ることができた。コアを的確に切断し、分裂を防いでいた。


 本体の気配が近くからしない。


 おそらく、遠距離にいる。俺だけだと、遠くにいるクラネの気配を感じ取ることはできない。


「僕がお兄ちゃんの索敵範囲を広げるよ」

 

 コナタはかなたの背中に右手を置いた。


「ありがとう、コナタ。頼む」


 カナタは、周囲にマナを放出し、そのマナに触れたもののマナや瘴気を感じ取ることに長けていた。カナタ自身がマナを放出できる範囲は、彼を中心とした半径数メートルの範囲に限られている。


 だが、コナタは、カナタにマナを送るとともに、カナタのマナの放出範囲を広げることができる。コナタの力で、カナタは半径数十キロメートルの範囲まで、索敵することが可能だ。


 カナタは、目を瞑り集中力を高めると、コナタが広げてくれたマナを介してクラネの場所を探っていく。


「いた。北西に2キロ進んだところにある塔のてっぺんにクラネはいる」


 カナタは目を開け、遠方にいる塔のてっぺんにクラネの存在を感じ取り、そちらをさっと見た。

 

 一方、クラネもカナタのマナが自分の身体に触れたことを感じた。彼は、場所を移動しようとするが、その瞬間、空を引き裂きながら、凄まじい勢いで迫ってくるものの存在に気づいた。


 クラネはそちらを振り向くと、禍々しい瘴気とマナを剣に、宿しながら勢いよく飛んでくるカナタが視界に入り込む。


「私の身体に、負のエネルギーを付与したか」


 カナタは、クラネの位置を特定すると同時に、彼の身体に負のエネルギーを宿したマナを付与していた。負のエネルギーと正のエネルギーを宿したマナは、引き合う性質がある。コナタが、クラネに付与した負のエネルギーを固定した後、カナタが自らの身体に正のエネルギーを纏わせ強めることで、クラネのもとへ跳躍する力を発生させていた。


「クラネ、勝負だ!俺はこの一撃に全力をかける!だから、お前も俺に全力で挑んでこい」


 カナタは、弾丸の如く空を引き裂きながら剣を構えクラネに叫んだ。


 クラネは、いきなりカナタの口から出た挑発に意外にも感情が揺れる。


 ここで、奴と勝負する必要などない。ただ、なんだ。この高揚感は……。この少年と私の力、どちらが強いか試してみたい。


 クラネは、自らの瘴気で剣を創造し構えると、ニヤリとほくそ笑みカナタに叫んだ。 


「いいだろう。お前の挑発にのってやる。かかってこい。お前の全力をへし折って、絶望のどん底へと沈めてやろう」


 ※※※


 一方、その頃、タナの家でも、事態が進展していた。


 傷ついたカナタたちを救ったタナは、突如、現れた短剣を持つ男と戦闘を交えていたが、すでに雌雄を決していた。


 結果、彼女は男に破れた。床に倒れ、意識を失っている。タナは、完全に男の実力を見誤っていた。ただの配下の一人に過ぎないとたかをくくっていたところがあったのは否めない。


 しかし、タナが男の実力を見誤ったのも無理もなかった。男は、自らの正体を悟られまいと巧みに実力を隠していたのだから。


「どうやら、クラネが、ボックスから私の力を解放したようだ。そろそろ私の力を回収しに行くとしよう……」


 男は、顔色一つ変えずにタナの家を去った。

 

 


 

 

 

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