04_マナ

 コナタは、勇敢に魔物に立ち向かう兄の姿が、かつて母親に読んでもらった絵本の中の勇者と重なった。


 お兄ちゃんなら、きっとこの困難にも乗り越えられる。絵本の中の勇者のように。


 コナタは、兄カナタに一縷の望みを託すと、ゆっくりと瞳を閉じる。


「コナタ!!」


 根っこに包まれているコナタが意識を失ったのを見て、カナタは不安と焦りの感情がぐるぐると渦巻く。


 コナタが意識を失った。もしかしたら、早く助けなければ、コナタの命が危ない。


 迷っている暇はない。 


 カナタは、深呼吸をして気持ちを整えると、一か八か、一心不乱に根っこの中を、突き進んで行く。


 根っこの中に足を踏み入れた途端、四方八方から、カナタに狙いを定めニョロニョロと根っこが襲いかかる。

 

 カナタは、よくよく目を凝らして、根っこの僅かな隙を狙ってなんとか通り抜け進むが、思った通りには、事は進まなかった。


 最初は、隙を見つけ順調に根っこを回避して進められていたが、徐々に根っこに行く手を阻まれ、気づいた時には、周囲を根っこに囲まれていた。 


 通り抜けられそうな道が周囲のどこを探しても見当たらない。カナタは、完全に追い詰められてしまっていた。


 木の化け物は、カナタが追い詰められ、ニヤリとほくそ笑み楽しんでいる。


 カナタは、その時初めて、木の化け物が今まであえて隙を与えて捕らえなかったことに気づいた。うまく回避していたつもりだったが、木の化け物に弄ばれていただけだったのだ。


 やっぱり、魔物に勝つなんてできないのか……。


 いや、今はそんなこと考えるな。


 コナタを助けられるのは俺だけなんだ。


 今はこの危機を乗り越えることだけを考えるんだ。


 カナタは周囲の根っこに集中し、僅かな動きも見逃さないように神経を鋭く尖らせる。とはいえ、人間の目には、必ず視界に映らない死角が生まれるものだ。


 根っこは、気づかれないように死角にするりと入り込み、足に絡まりつくと、カナタのバランスを崩し転倒させた。カナタは、緑の生い茂った草原にドサッと音を立て倒れ込む。

 

 根っこは、抵抗する隙を与えず、たちまちカナタの身体を覆い被さっていった。根っこが幾重にも重なり合い、彼の非力な力では引きちぎることは愚か、払い除けることさえ困難だった。


 次第に胸のあたりから、首の方へ根っこが移動し、ついには、顔の方にも、覆い被さっていく。身動きを封じられたカナタは、無力感と敗北感に苛まれる。 


 ごめん……お母さん、コナタ。 


 俺は、救うことができなかった。


 カナタは、悔しさのあまり、奥歯を噛み締めて、瞳から涙を滲ませた。ボロボロになった右手を青く澄んだ大空にぐっと伸ばすと、木の棒をぎゅっと握る。


 その時、ふと、握っている木の棒にある変化が起こっていることに気づいた。


 木の棒が、怪しげな光を纏っている。光は、ふわふわしていて、ほのかに温かい。不思議な感覚だ。


 この光景……どこかで、見たことがあるような。


「異世界に来た二人の勇者は、不思議な力に目覚めます。村の人々が魔物に襲われた時、二人が持っていた剣に、光が宿ったのです。光の正体。それは、異世界でマナと呼ばれるものでした」

 

 カナタは、母親が温かく優しい声で読み上げてくれた絵本の内容を思い出す。


 そうだ。絵本の中で見たことがあるんだ。


 これが絵本に出てきたマナだとしたら……。


 彼は、咄嗟に右手で握っている木の棒に力を込めた。力を込めると、木の棒に宿る光が強まり、眩い輝きを放つ。


 その直後、凄まじい轟音とともにカナタを覆う根っこが激しく弾け飛び、周囲に巻き上げられた砂埃が舞った。

 

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