聖女「魔王城で働けるようになって良かったです」

仲仁へび(旧:離久)

聖女「魔王城で働けるようになって良かったです」



 とある企業で働いていてぶっ倒れた私は、どうやら別の世界に転生したらしい。


 その世界は、色々ファンタジーな世界で、魔物がいたり魔王がいたり、勇者がいたりした。


 その世界は、魔王がけしかける魔物の脅威におびえていて、前世で住んでいた国ほどほど治安がよくはなかった。


 最初はそんな世界に戸惑ったけれど、数年住めば慣れるものだ。


 治安の悪い場所の避け方や、犯罪現場の回避方法は自然と身についていった。


 孤児院生まれで身寄りはなかったが、少なくとも今すぐに死ぬような状況ではなかった。


 だが、聖女の力に目覚めてからは、私は何度も死にかけた。


 魔物とかのせいではなく、大量の仕事のせいで。






「ノウナさん、書類がまだできてませんわよ」

「すみません、今片づけます!」

「ノウナ! 今日までの護符を千枚作っておけと言われているだろ!」

「すみません! もうすこし時間がかかりそうです!」


 とにかく毎日忙しかった。


 聖女になった私は、聖女教会という場所で働いていたのだが、勤めてから一度も休みの日が来たことがない。


 聖女の数が不足しているのも原因だが、上層部の判断で仕事しない人間はすぐ辞めさせられるからだ。


 聖女の仕事はきついが、お給料はいい。


 この世界では、こんなにいいお給金が出るところはそうそうない。


 ぼろ小屋の孤児院育ちで、お金がない生活を味わってきた身としては、辞める選択肢はなかった。


 しかし、無理な働き方がたたったらしい。


 遠方の地で、浄化作業やら護符の販売やら負傷者の手当てやらを行っていた私は、ばったりと倒れてしまった。


「うーんうーん、お金が~、お金が逃げていく~」


 運悪く人気のない場所で倒れてしまった私は、そんな事を呟いていたらしい。


 のちに私の拾い主が、間抜けで面白かったぞと言っていた。






 そのままそこで倒れていたら大変な目にあっていただろう。


 一緒に来ていた同僚に見つけてもらえばいいのだが、そうでない場合は最悪、生きて目覚める事ができないかもしれない。


 しかし。


「あれ、ここは一体? 知らない部屋ね」


 私は運が良かったらしい。


 何かを盗まれているわけでも、体に異変があるわけでもなかった。


 誰かが助けてくれたのだろう。


 早くその人にお礼を言わなければ。


 そう思ったのだが、やってきた者の顔を見て仰天。


「何だ、起きていたのか。ならば今、ニコールを呼んで食事をはこばせよう」


 私を助けた者。それは、絵の中でしか知らない存在、人類の敵である魔王だった。







 聖女教会でもらった、魔王の絵にそっくり。


 よせばいいのに寝ぼけていた私は「ひょっとして血も涙もないと言われている魔王ですか」と、聞いてしまった。


 しかし魔王は、気分を害したわけでもなく「そうだが?」と答える。


 妙な沈黙がその場に降りた。


 きっかり一分をかけて事態を理解した私が「ひぇっ」と気絶したのは、特別におかしいことではなかっただろう。


 後に拾い主は、魔王を見て気絶したのに、お金の夢を見てうなされていたぞと笑っていた。







 再び目覚めた私が目にしたのは、美味しそうな食事と、それを運んできた魔王の部下だった。


 ニコールという名前のその使用人は、私の事を客人だと言って、害を与えないと約束した。


「特に誰かへの取引に利用したり、何かへの生贄にしたりするわけでは、ないというの?」

「はい、そうです。魔王様は気分で動かれるときがあるので、貴方をお客様にしたい気分だったのでしょう」


 反射的に、そんな魔王がいてたまるかと突っ込みかけた。


 何か目論見はあるのだろう。


 だが、害をなす目的ではないことは確か。


 牢屋に入れられていないのだから。


 魔王であれども、恩を受けたらかえすのは、人として当たり前の事だ。


 だから深呼吸した後、私はその提案をした。


「分かりました。では私をしばらくここで働かせてください」


 その判断は。


 もしかしたら、心の中ではあの労働環境に納得くしていなかったからなのかもしれない。







 この世界の聖女として働いていた私には、魔王の情報がいくつか耳に入ってきていた。


 血も涙もない残虐な存在として語られるものが、ほとんどだったが。


 中にはそうではないものがあった。


 盗賊に襲われていたところを助けてもらったとか、行き倒れていたら介抱してくれたとか。


 数は少ないが。


 だから、この目で本当の事を確かめたいと思ったのも、理由の一つだ。


 そうすれば、この世界を取りまく問題を、少しは改善できるのでは、と考えて。


 お金を得るための仕事だったが、意外と聖女としての意識が芽生えていたのかもしれない。


 そんな理由のため、それから毎日魔王城で働くことになったノウナだが……。


「あれ?私のいた職場って実はおかしかった?」


 自分のいた労働環境がかなりブラックだという事を知ったのだった。








 手伝うことになったのは事務の作業。


 だが、魔王城の労働では、


 休憩時間もあり、残業はなし。前世でいうボーナスまであった。


「やっ、休んでいいんですか!?」

「当たり前だろ、お嬢ちゃんどんな環境で今まで働いてきたんだ」


「ここの仕事を余分にやっといたほうが、後で楽じゃないんですか!?」

「っていっても、もう夜中じゃねぇか。さっさと切り上げて、仕事終わらせちまいな」


「とっ、特別手当。そんなものが、存在したんですねっ」

「お嬢ちゃん……(ひたすら憐れんだ視線をむけられる)」


 人間の聖女として、当初は腫れ物に触るような扱いを受けていたが、仕事場がブラックすぎたせいで一か月働くころには、魔族の同僚が若干優しくなっていた。








「例の聖女。適当に、拾ったものだがよく働いているらしいな。これは思わぬ収穫だ」

「はい、妙に様々なことに手慣れておるので、各部署の橋渡しにもなっています。仕事の効率が上がったと、現場からは声が届いております」


 書斎で仕事を片付けていた魔王は、監視役のニコールから報告を聞いていた。


 魔王軍と人類との戦いは、はるか昔から長く続いていた。


 だが、あまりにも戦いが長引きすぎたため、魔王軍は疲弊を隠し切れなくなった。


 だから、和平も考えざるを得なくなっていたのが現状だった。


 しかし、無策で望むわけにもいかない。


「我々の益になるかしっかりと見極めなければならんな」


 魔王は、どうにかして聖女を味方につけられないかと考えていた。








 魔王城のホワイト労働環境で、働くようになって二ヶ月。


 私は、だいぶ昔のことを思い出していた。


 それは、前世の記憶だ。


 それもかなり、子供だった時の記憶。


 確か五歳くらい?


 その当時の私は、どこかの大型ショッピングモールで迷子になって、心細くて大泣きしていたのだった。


 しかし、


「大丈夫だからね。ちゃんとお母さんとお父さんが迎えに来てくれるからね」


 そんな私を精いっぱい励ましてくれた迷子センターのお姉さんがいたおかげで、なんとか不安を少なくすることができたのだ。


 その時私は思った。


「あんな風に、仕事ができる大人になりたいな」と。








 休暇をもらった私は、魔族の町に繰り出していた。


 魔王城で勤め始めた当初は、休みの日の過ごし方なんて分からなかったが、今はなれたものだ。


 甘味のお店に、かわいい小物屋にと、行きたい場所がどんどん浮かんでくる。


 しかしそんな風に歩いていると、目の前で魔族の子供が盛大に転んでしまった。


 大泣きする子供に駆け寄った私は「大丈夫だからね、すぐにお姉さんが痛いのを消してあげるから」と、聖女の力で傷を治してあげた。


 不思議なことに聖女の力は魔族にも聞く。


 興味本位で「やってみろ」といった魔王に何度か実験したので、安全性は実証済みだ。


 歴史の中で、変わり者の聖女が何人か試していたというのもある。


「お姉ちゃんがすごい、ありがとう!」


 ありがとう、なんて前の職場では聞いてこなかった。


 仕事はできて当たり前だったし、職場のみんなはピリピリしていた。


 外で仕事するときも、(実際はともかく)聖女は特別な存在として人々に認識されているから、市民体からきやすく話しかけてくれたりはしなかったのだ。


 手を振ってその場を去っていく子供の後ろ姿を見て、私は思う。


 魔王に拾われたときは、とんでもないことになったと思ったものだが。


 今は、魔王城で働けるようになってよかったなと。


 そう思えた。


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