ことりちゃんの少し過剰な恩返し
和成ソウイチ@書籍発売中
第1話 10年前、『ことり』との出会い
俺、
ほどよく都会で、ほどよく田舎の町に生まれた、ごく普通の高校生だ。
……いや、普通ってのはちょっと違うかも。
俺には、友人たちが揃って「変わってんなお前」と言ってくる習慣がある。
それは、地元の神社の参拝と墓参りを毎日欠かさないことだ。
俺の両親は、ふたりとも早くに亡くなった。幸い、親戚の人がよくしてくれるので、生活には困っていない。
参拝は、そうした周囲の人たちへの感謝を忘れないための、俺なりの筋の通し方……みたいな感じだ。
これも友人に言われたことがある。「おめえ、そのいかついツラで予想外すぎるワ」と。いかついツラは余計だ。両親から貰った顔だっつの。
……ま、この顔のおかげか見事にモテないんだけどな……。
その両親。今から思えば、ちょっと変わってて、すげぇ立派な人だったんだろうなって思う。
俺に、『礼』を尽くすことの大切さを教えてくれた。俺の名前の由来も、そこから来ていたらしい。
人に礼を尽くしなさい。たとえそれが死者であっても。
そんなわけで――。
俺は物心ついたときには自然に、死者に敬意を払う習慣が身についてしまっていた。
別段、俺は自分のことを信心深いとは思っていない。
ただ、死者にも敬意を払うのが気づけば当たり前になっていた――それだけのことだ。俺にとって。
今日も今日とて、両親の墓参りに向かう。
アパートから自転車で少し移動したところ。町外れで、周囲は山とか田んぼばっかりだ。訪れる人間はほとんどいない。
ましてや今日は雨模様。
カッパを着ていても、服がじんわりと湿ってくる。
こりゃ帰ったら速攻シャワーだなあ、とぶつぶつ言いながらも、俺はいつもの日課をこなしていった。
墓参りも終え、さあ帰ろうかと思ったときである。
墓所の敷地から少し山へ入る小道に、人影があるのに気づいたのだ。
ひとり。
参拝客にしてはやけに小柄だ。
俺は人影の方に歩み寄った。
山道に一歩踏み入れば、雨が梢を打つ音が一際を大きくなる。
そのときの俺はなぜか、山が俺へ注意を促しているように聞こえた。ここだ、ここだ――って。
人影がしっかり見えてきたところで、俺は驚いて立ち止まってしまう。
山道の脇に、カッパも着ず傘も差さず座り込んでいたのは――小さな女の子だったのだ。
年齢は六歳……くらいだろうか。こちらに半分背を向けている。背中までの髪や服、履いている靴はびしょ濡れ、泥だらけになっていた。
なにより気になったのは……この子、すごくやつれていないか?
「なあ」
声をかけて、即座に失敗したと思った。
俺は周囲の陽キャ友人ほど対人スキルが高くない。おまけにこの『いかつい』顔だ。
そんな男が「なあ」なんて声をかけたら、不審者通り越して恐怖の対象になるに決まっている。
案の定、びくりと肩を震わせて振り返った少女は、俺を怯えた表情で見ていた。
なんというか、申し訳ない。
でもやっぱり、やつれている。頬がこけている。
放ってはおけないと思った。俺の両親が生きていたら、きっと同じように声をかけたはず――そう腹を決めて、口を開く。
「そんなところで何をしているんだ? 傘も差さないで、風邪を引くぞ」
「……」
「早く家に帰った方がいい。何なら、俺が家の方に連絡して――」
「だめ」
短い拒絶があった。
俺は少し天を仰いだ。
なるほど、訳ありですか。
家に帰りたくないなんて、俺どうしたらいいですかね神様……。
途方に暮れた俺は、ふと、少女の手元に目が行った。
雨の中、この子は何かを大事そうに手で包んでいる。
鮮やかな青い羽根が、少女の手の中からのぞいていた。
「オオルリ……?」
この辺りの山でもよく目にする、美しい青い鳥。『森の宝石』と呼ばれるこいつは、俺も大好きだ。
俺は少女の隣のしゃがんだ。
少女はゆっくりと手を開いた。
確かにオオルリだ。
けれどもう……亡くなっている。
「わたしの、ともだちだったの」
「友達」
「うん。たったひとりの、ともだち」
雨粒とは違う雫が頬を流れる。
「てんごくに、いっちゃったぁ……」
嗚咽。
俺は少しためらってから、少女の背中に手を置いた。落ち着かせるように軽く何度か、撫でる。
きっと優しい子なんだろうなと俺は思った。
死んじゃった、じゃなく、天国にいった、とこの子は言った。ここに居る間、ずっとそう願っていたのだろう。
こんな
死者にも礼を尽くせ。それが俺の信条。
命を失った生き物に、人も小鳥もない。
「お墓を作ってあげよう」
俺が言うと、少女は顔を上げた。
手近な石を取ると、俺は山道脇に穴を掘る。しばらくして、少女も手伝ってくれた。
ふたりで、オオルリを丁寧に埋葬する。
それから、周囲にあった枯れ枝などを使って、小さな鳥居を作った。その様子を少女は不思議そうに見ている。俺は言った。
「これで、ここは君の友達のおうちになったよ」
「おうち……?」
「ああ。いつでも、会いに来られる」
俺がぎこちなく笑う――狙って笑うって難しい――と、少女もぎこちなく笑った。
それからふたりで手を合わせる。
「そうだ、名前……俺の名前は礼哉。中里礼哉。君は?」
「……ことり」
ん? と俺は首をひねった。
少女は俺の顔をじっと見上げ、言った。
「わたし、ことり……っていいます。さいおんじ、ことり……です」
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