ことりちゃんの少し過剰な恩返し

和成ソウイチ@書籍発売中

第1話 10年前、『ことり』との出会い


 俺、中里なかざと礼哉れいや。十六歳。

 ほどよく都会で、ほどよく田舎の町に生まれた、ごく普通の高校生だ。

 ……いや、普通ってのはちょっと違うかも。


 俺には、友人たちが揃って「変わってんなお前」と言ってくる習慣がある。

 それは、地元の神社の参拝と墓参りを毎日欠かさないことだ。


 俺の両親は、ふたりとも早くに亡くなった。幸い、親戚の人がよくしてくれるので、生活には困っていない。

 参拝は、そうした周囲の人たちへの感謝を忘れないための、俺なりの筋の通し方……みたいな感じだ。


 これも友人に言われたことがある。「おめえ、そのいかついツラで予想外すぎるワ」と。いかついツラは余計だ。両親から貰った顔だっつの。

 ……ま、この顔のおかげか見事にモテないんだけどな……。


 その両親。今から思えば、ちょっと変わってて、すげぇ立派な人だったんだろうなって思う。

 俺に、『礼』を尽くすことの大切さを教えてくれた。俺の名前の由来も、そこから来ていたらしい。

 人に礼を尽くしなさい。たとえそれが死者であっても。


 そんなわけで――。

 俺は物心ついたときには自然に、死者に敬意を払う習慣が身についてしまっていた。

 別段、俺は自分のことを信心深いとは思っていない。

 ただ、死者にも敬意を払うのが気づけば当たり前になっていた――それだけのことだ。俺にとって。


 今日も今日とて、両親の墓参りに向かう。

 アパートから自転車で少し移動したところ。町外れで、周囲は山とか田んぼばっかりだ。訪れる人間はほとんどいない。

 ましてや今日は雨模様。

 カッパを着ていても、服がじんわりと湿ってくる。

 こりゃ帰ったら速攻シャワーだなあ、とぶつぶつ言いながらも、俺はいつもの日課をこなしていった。


 墓参りも終え、さあ帰ろうかと思ったときである。

 墓所の敷地から少し山へ入る小道に、人影があるのに気づいたのだ。


 ひとり。

 参拝客にしてはやけに小柄だ。


 俺は人影の方に歩み寄った。

 山道に一歩踏み入れば、雨が梢を打つ音が一際を大きくなる。

 そのときの俺はなぜか、山が俺へ注意を促しているように聞こえた。ここだ、ここだ――って。


 人影がしっかり見えてきたところで、俺は驚いて立ち止まってしまう。

 山道の脇に、カッパも着ず傘も差さず座り込んでいたのは――小さな女の子だったのだ。

 年齢は六歳……くらいだろうか。こちらに半分背を向けている。背中までの髪や服、履いている靴はびしょ濡れ、泥だらけになっていた。

 なにより気になったのは……この子、すごくやつれていないか?


「なあ」


 声をかけて、即座に失敗したと思った。

 俺は周囲の陽キャ友人ほど対人スキルが高くない。おまけにこの『いかつい』顔だ。

 そんな男が「なあ」なんて声をかけたら、不審者通り越して恐怖の対象になるに決まっている。


 案の定、びくりと肩を震わせて振り返った少女は、俺を怯えた表情で見ていた。

 なんというか、申し訳ない。

 でもやっぱり、やつれている。頬がこけている。


 放ってはおけないと思った。俺の両親が生きていたら、きっと同じように声をかけたはず――そう腹を決めて、口を開く。


「そんなところで何をしているんだ? 傘も差さないで、風邪を引くぞ」

「……」

「早く家に帰った方がいい。何なら、俺が家の方に連絡して――」

「だめ」


 短い拒絶があった。

 俺は少し天を仰いだ。


 なるほど、訳ありですか。

 家に帰りたくないなんて、俺どうしたらいいですかね神様……。


 途方に暮れた俺は、ふと、少女の手元に目が行った。

 雨の中、この子は何かを大事そうに手で包んでいる。

 鮮やかな青い羽根が、少女の手の中からのぞいていた。


「オオルリ……?」


 この辺りの山でもよく目にする、美しい青い鳥。『森の宝石』と呼ばれるこいつは、俺も大好きだ。


 俺は少女の隣のしゃがんだ。

 少女はゆっくりと手を開いた。

 確かにオオルリだ。

 けれどもう……亡くなっている。


「わたしの、ともだちだったの」

「友達」

「うん。たったひとりの、ともだち」


 雨粒とは違う雫が頬を流れる。


「てんごくに、いっちゃったぁ……」


 嗚咽。

 俺は少しためらってから、少女の背中に手を置いた。落ち着かせるように軽く何度か、撫でる。


 きっと優しい子なんだろうなと俺は思った。

 死んじゃった、じゃなく、天国にいった、とこの子は言った。ここに居る間、ずっとそう願っていたのだろう。

 こんな辺鄙へんぴな場所にやってきた事情はわからないが、この子の気持ちは無駄にしたくないと思った。


 死者にも礼を尽くせ。それが俺の信条。

 命を失った生き物に、人も小鳥もない。


「お墓を作ってあげよう」


 俺が言うと、少女は顔を上げた。

 手近な石を取ると、俺は山道脇に穴を掘る。しばらくして、少女も手伝ってくれた。

 ふたりで、オオルリを丁寧に埋葬する。


 それから、周囲にあった枯れ枝などを使って、小さな鳥居を作った。その様子を少女は不思議そうに見ている。俺は言った。


「これで、ここは君の友達のおうちになったよ」

「おうち……?」

「ああ。いつでも、会いに来られる」


 俺がぎこちなく笑う――狙って笑うって難しい――と、少女もぎこちなく笑った。

 それからふたりで手を合わせる。


「そうだ、名前……俺の名前は礼哉。中里礼哉。君は?」

「……ことり」


 ん? と俺は首をひねった。

 少女は俺の顔をじっと見上げ、言った。


「わたし、ことり……っていいます。さいおんじ、ことり……です」





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