タッグ
二週間後。
最高のコンディションでローレルはドヴァホールに訪れた。参加者百五十人、三つに分かれている大会の一つにしては人数がいるほうであろう。
ローレルは指定された場所に行く。控え室らしかった。いくつも
「78のK、78のK……あった」
いったい、どんな人がローレルのパートナーになるのか。緊張しながら衝立の横を通ると、拍子抜けすることになった。
なぜならパートナーになったのは、ノンアルコールカクテルとパフェをサービスしてくれた、いつかのマスターだったからだ。
「おや、この間のお客様ではありませんか」
やや驚き気味に、マスターはローレルを出迎えた。
「となれば貴女がパートナーですね」
「そうなるな。マスターも、ハンズやってたんだな」
「えぇ。まぁ」
『腕輪を支給いたしますので、少々お待ちください』
アナウンスが流れた後、スタッフが腕輪を配り始める。しばらくしないうちにローレルとマスターにも腕輪が付けられた。コインとカードも受け取り、ローレルはズボンのポケットに入れる。
「よろしくお願いしますね」
「いや、こっちこそ」
軽く握手を交わす。
アナウンスの案内が始まり、それに従って二人は迷路のフロアに足を踏み入れる。道は三人ほどが並んで歩ける幅がある。左右は白い壁、床は黒。道は曲がっていて、そこまで先が見えるわけでもなかった。
「まさか、貴女と一緒になるなんて」
「私も意外だよ」
並んで、歩を進める。
二人とも考えていることは同じらしく、右の壁伝いに迷路を進んでいた。壁伝いに進んでいけば、いつかはたどり着けるだろう。
問題はコインだ。
「おい! 女連れてるやつがいるぜ」
「ひひっツイてるぜ俺ら」
前方の分かれ道の右側から男がふたりやってくる。もう闘いは始まっているらしい。
「優男と女だァ! ぼこぼこにして、女は……ふひひっ」
駆けてくる男二人。
「闘えますか」
マスターの問いに、ローレルは笑みで返した。
「もちろん。そっちこそ闘えるのか」
「心配には及びませんよ。これでも、強いほうだと自負してますので」
襲い掛かってくる男はウェイブを引き出してる。ローレルたちも発動させた。マスターのものはグリーンウェイブだった。特に脚力が強化されるウェイブだ。
相手の男のふたりは一斉にローレルに殴りかかる。
「ふっ」
ローレルは片方の男の側頭部を殴り飛ばす。男は転がっていき、分かれ道の境目となっている壁に後頭部をぶつけた。
もうひとりの男はマスターの前蹴りを食らった。鳩尾に、だ。
「ごへっ」
マスターが蹴った男は体が曲がり、その顎へマスターが膝を入れる。
「がっ」
宙に舞うはずだった男の頭を掴み、マスターはもう一度顎に膝蹴りを当てる。
相手の顎が砕ける。
両手で掴んでいた頭を、片手で持ち、壁に叩きつけた。男は白目を剥いて、床に倒れる。それきり立ち上がってこなかった。
ローレルが殴った男はというと立ち上がってきた。一撃では足りなかったらしい。
「手伝いましょうか?」
「心配ない」
男は大振りの拳を、ローレルは身を屈めてステップインすることで避け、下に構えた拳を真っ直ぐ突き上げる。
「おごっ」
アッパーを食らった男は放物線を描いて床に倒れた。
もう、起き上がってこなかった。気絶していた。
「さすがです」
「大したことないさ」
ローレルとマスターは拳を付き合わせる。マスターの動きは普通ではない。ただの喧嘩なれではないだろう。何か技術を得ているのかもしれない。
「コイン回収しましょうか」
「そうだな」
ふたりのコインを奪い、ローレルとマスターは分かれ道の右を進んだ。右の壁伝いに歩いているからだ。
ローレルとマスターはあまり苦労もなく、コインを5枚手に入れた。
ローレルはマスターと一緒に闘っていて気付いたことがある。最初のマスターの印象は親切な男だった。見た目通り優しく親切。
しかし、今は違う。マスターは闘いになると、相手を必要以上に攻撃する。そして、わずかに笑みを浮かべるのだ。マスターのような類の人間を、ローレルは何度も見てきた。マスターの人を殴ったときの顔は、人を痛めつけるのが好きで好きでたまらない人間の顔だ。
優しげな仮面の下で、マスターは飢えた獣を飼っている。血に飢えた、猛獣を。
「私がなぜ、ハンズをやっているかわかりましたか」
唐突にマスターが聞いてきた。
わかっている。
「欲求不満、なんだろう。人を殴る感触が快感で、やめられない。だからハンズで人を殴りたいんだ」
「そうです。実は私、島流しにされた身でして」
恥ずかしそうにマスターが頭をかく。島流しとは犯罪を犯した人間がクライムに送還されることを言う。
「女性を襲っていた強姦魔がいたんですが、女性を助ける建前で殺してしまいまして。しかも徹底的に体を壊して。5、6人の集団だったのですが、逃げる人も逃がさず全員。当然、過剰防衛になりまして今に至ります」
かといって辛い過去を話しているふうには見えなかった。自分はこういう人間だと、教えてくれているように思える。
「かじった程度ですがね、格闘技の知識もあるのですよ、だから余計に殴ったときの快感が忘れられなくてですね。ハンズをやっているわけです」
「気持ちはわからなくもない」
「そうですか? ところで貴女はなぜハンズをしているのですか。さしつかえなければ教えていただきたいです」
「倒したい男がいるから」
「その方はハンズをしていると」
「あぁ」
「もしも、倒した後は」
「たぶん、続ける。小さいころから、ボクシングをやってきたし」
「ボクシングですか、懐かしい」
「ほら、片腕じゃ公式の試合に出られないだろ。やるのは練習試合ばかりで……な。だがクライムは違う。私はできればこの拳で生きていきたいんだ。だからきっと、その人を倒しても私はハンズを続けるだろう」
そういって、ローレルは軽くジャブをして見せた。
「好きなんですか、ボクシング」
「好きだ。大好きだ」
ためらいもなくローレルは笑顔で答えた。
しばらくして出口らしき場所にたどり着いた。扉は閉じられ、その横に細長い穴が二つある。片方はコイン、もう片方はカードを入りそうな幅だった。
「ここですね」
「ここだな」
「お先にどうぞ」
「悪いな」
「いえいえ」
カードを入れるはずもない。ローレルはポケットからコインを五枚取り出し、幅の狭いほうの穴に入れていく。
コインを五枚入れると扉が開いた。
「先に行くぞ」
「えぇ」
扉を通り過ぎる。散弾は当たり前というか撃たれなかった。ローレルが通った直後、扉は閉じられすぐにまた開く。そしてマスターがやってきた。
「簡単でしたね」
「そうだな」
扉の先は一本道だった。進んでいくとすぐに別の部屋にたどり着いた。迷路ではなく控え室らしき場所だ。何人かいるスタッフがローレルとマスターのもとにやってきて、腕輪をはずす。報酬が渡される。
「あなたがたが最初にクリアしたチームです。今後のハンズはトーナメント進行になります。次のハンズはまたニ週間後、今度は組んだ相手と、つまりあなたがたが闘うことになります」
詳しい日程が書かれた冊子を渡され、ローレルもマスターも受け取る。
「では、あちらの扉から出てください。今日はこれで終わりです」
何ともあっさり、ハンズは終わった。
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