■ 162 ■ 写真展を開こう Ⅱ






「写真展を開く、というのはよい視点、発想だと私は思うけど――撮影技術はアーチェのものだしね。どうかしら? アーチェ」

「よいのではないでしょうか。実際、撮影の度にバナール様に御迷惑をおかけするのが心苦しくもありますので、唯一カメラマンの地位を早く手放したいですし」


 まだ子供の私は大人の夜会に一人で参加する権利はない。バナールに招待状が届き、そのパートナーとして初めて私が大人の夜会に参加する体裁が整えられる。

 つまりダンスの撮影には必ずバナールを付き合わせてしまうことになるわけで、バナールはなんてことはないって笑うけど実際には迷惑だと思ってるだろうし。


 そう頷くと、お姉様とクローディアが何故か呆れたように私を見て溜息を吐いてるのは、


「なんです? 何か言いたいことでもあるなら仰って下さいよ」

「別に。相変らずアーチェは鈍いからお父様にもう少し押しを強くするよう言わなきゃって思っただけ」


 お姉様は恋愛脳でそう言うけどさ、カメラマンしている間は私はバナールと踊れるわけでも歓談できるわけでもないんだからさ。

 パートナーである私の時間が撮影に費やされる夜会は、やっぱバナールにとってつまらないものになってると思うのは別に間違ってないよね?


 まあ、それはそれとしてだ。


「写真展、という構想は悪くないと思います。私の方でもこれまでの被写体様たちに掲載許可を取りますので、やってみては如何でしょうか」

「そうね。アーチェがよいならそのように。ラナ、新聞作成と並行して進められる?」


 コラーナが頷く前に、そうだ。


「せっかくだし、写真展はストーリー仕立てで行くのはどうでしょう」

「ストーリー?」

「ええ、順番に写真を見ていく流れそれ自体に物語性を持たせるんですよ。その方が若者の感受性に響きます」


 ただ並んでいる写真を見るだけでは「へー」で終わってしまう人も多いだろう。

 ただ前世美術館の特別展などであったように、解説などを工夫して掲載順を上手く整えれば、ストーリーと合わせて観客を写真の世界に引き込むことができる筈だ。


 こうなると途端に録音技術も欲しくなってくるよね。美術館の作品説明ボイス、あれ結構私好きだったし。

 お姉様の鈴を転がすような美声で作品の説明を耳元で囁かれたら、男子学生なんざコロッと転んじまうだろうよ。そうするとルイセントがガチギレして……あれ? そう考えると録音技術はなくて安心だな……


 ただまあ、この世界にはまだそういう美術品を一連の流れで見せる思考がないこともあって、そう提案してみたところ、


「それは面白い考えねアーチェ! ラナ、是非やってみて頂戴!」


 そしてお姉様が喝采したことで、その方向で行くことがここに確定してしまった。すまんなコラーナ、仕事増やしちゃって。


「ストーリーテラーに悩むようならリトリーを使えばいいわ。あいつならいくらこき使っても構わないから」

「……一応敵対陣営の人員ですよね?」


 コラーナが頬をひくつかせるが、基本的に私やリトリーは陣営がどうとかいう考えを第一優先にしていないのでね。

 どちらかと言うと仕事内容で自分の行動を選んでいるのが私やリトリーだし。


「前にフィリーにも言ったことをもう一度明言しておくわね。敵だの味方だの、そういうレッテル張りは選択肢を狭めるだけ。危険度と脅威度は把握しつつ、しかし他人を敵と見る思考は止めたほうがお得よ」

「ちょっと、簡単には真似できない思考です」


 それじゃ駄目なんだよラナ。今後も貴方が新聞造りに携わっていきたいならね。


「目の前の出来事はなんであろうと私たちの新聞のためのネタ、取捨選択すべき情報の一つよ。新聞部員ならこの目線で情報を扱わないとね」




 なお、その話をコラーナに振られたリトリーはムンクの叫びみたいな顔になって、


「アーチェはどこまで私を使い倒すつもりなんだぁーーーーっ! あの女は鬼だ、悪魔だよぅ!」


 虚空に向かって叫んだらしいが知るかバーロー、お前将来の夢は小説家なんだろ? だったらウダウダ言ってねぇで書けって話だよね。


「ストーリーに沿う一枚がなければ新たな写真の撮影をすることも可能だし。必要ならば言いなさい、コラーナ」

「はい、副部長」


 とまあ、そんな感じでコラーナには写真展を開催するための準備を進めて貰い、私は私でコラーナが使いたいと言った写真の被写体にお手紙を書くわけである。

 もっとも、被写体の高貴なる成人貴族たちは二つ返事で許可をくれるのみならず、


「……大変申し訳ありません。バナール様」

「アーチェが動くと社交界が動く、流石としか言い様がないな」


 どうも、これまでの被写体さんたちがそりゃもう思いっきり写真展が開かれること、そこに自分の写真が並ぶことを喧伝しているらしくて、


「婚約者としても鼻が高いものだ、気にすることはない」



 そうなると私も負けてられるか! となるのが社交界である。

 今から写真を撮って個展に飾って欲しい、みたいな要望が次々とエミネンシア家はバナールの元に届いて、バナールと私は最近夜が大忙しである……ベッドの上の話じゃないぞ。

 ついでに夜会にガンガン参加していることもあって、


「こんな事もあろうかとこの冬は針子を増員しておきましたので、お任せ下さい」


 エミネンシア家御用達の呉服商も絶賛フル回転中だよ。


「……私のドレスなんぞに金をつぎ込んでいいんですか?」

「なに、長いこと妻が不在だったこともあって交際費には余裕がある、というより私がアーチェの可愛らしい晴れ着姿を見たいのだね」


 これが大人の余裕という奴か。バナールがドレス(ほぼ着物だが)をガンガン仕立ててくれるのでついに桐箪笥が三つになっちゃったよ! 私の部屋!


「……なんだか申し訳なくなってくるわ」


 それでもこのままだと箪笥が足らなくなるとあって、去年仕立てた最初のドレスのうち、地味な白綾地に墨と淡彩で秋草を描いた二着目をアリーに、紅梅墨絵に蒲公英金刺繍の三着目をプレシアに下賜している。

 当然、そのドレスを仕立てる金を出してくれたバナールに許可を貰ってなんだけど、


「わざわざ私に確認しなくてもよいのだが……大切にしてくれているのだね。ありがとう、アーチェ」


 一々許可を取る方が逆に奇矯らしくバナールにことのほか驚かれ、喜ばれてしまうの、やっぱ世界のギャップってものを感じてしまうよ。

 上位貴族たるもの、こうやって配下に利をもたらすのはこの世界では当然とは言え、だ。男に買って貰った服を他人に譲るの、前世記憶も相まって気が引けるわ。私、致命的にパパ活に向いてないってはっきりわかんだね。


「バナール様も喜んでいらっしゃいますし、気になさらないことですよ。お嬢様」


 ドレスなんぞ貴族令嬢なんだから貢がせて当然だろ? と言ってくるメイの方がよっぽど私より貴族っぽいよね。






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