アーチェ・アンティマスクと黙示の最先

 ■ 131 ■ 遠征準備 Ⅰ






 翌朝、準備体操の後にドライアズダスト邸の前庭をランニングしながら今後の展開を予想する。


 食糧民たちの住まう連結都市ターミナルシャフトを潰したせいで喫緊の課題は血鬼ヴァンプ族の食糧不足解消となった。


 このためにニール氏を指揮官とした大規模な狩猟部隊が編成され、アルヴィオスへ侵攻する予定になっている。

 信じられない位に元老院がアルヴィオスからの報復による被害を想定していないのは、ディアブロス王国の国土というものが基本的に地中に存在しているからだ。

 つまりアルヴィオス王国は被害を受けた分の報復としてディアブロス王国から切り取れるものが何もない、ということである。


 無論、農地は地上にあるからこれを襲撃して焼き払うぐらいはできるだろうけど……ディアブロスとアルヴィオスの緩衝地帯、結構広めなんだよね。私たちも魔術やケイルの翼を駆使してなお、抜けるのに三日かかったし。

 ここを騎士団が駆け抜けてディアブロスに侵攻するの、一侯爵家だけではどうにも厳しそうだ。その間にディアブロスは騎士団を発見、国を上げて防衛に入れるわけだし。

 つまり現状、アルヴィオス北方侯爵家としては泣き寝入りをするしかないって状況である。


 うーむ、北方侯爵家には開戦を求める理由はないと思っていたけど、これだと鱗鬼スケイル族辺りと結託することも不可能じゃないわ。

 「血鬼ヴァンプ族がいるから我らは人拐いをせねばならぬ。優先して血鬼ヴァンプ族が戦死するよう仕向けるから一つ戦でもやらないか」ってね。

 気位が高いアルヴィオス王国貴族が蜥蜴人と手を組めるかはかっなーり怪しいけどさ。


 しかし……まさかこんな事態が裏で進行していたとはなぁ。

 流石のお父様でも他国における連結都市ターミナルシャフト自沈処理からの北方動乱の糸を引くのは不可能だろう。これができたら神の手管にも等しいよ。


 さらにはそこからの狩猟遠征。これが成功するにせよ失敗するにせよディアブロスがアルヴィオスに徒党を組んで侵攻した事実が残る。

 この時点でもうお父様とか関係なく開戦の為の下地は出来てしまっている。


 魔王ニクスが戦争を始める理由なんてない、そう思っていたけどデスモダスの下で状況を整理したらきちんと導線は存在していた。

 開戦へ繋がる流れが可視化されてきたのはありがたいけど、困ったことにこれはとても私に止められるものではないよ。


「クソっ、対使徒決戦用迎撃都市がよ……」


 ディアブロスがこうも狩猟気分でヒョイヒョイ人狩りなんぞに出られるのも、ひとえにディアブロスの国土自体が侵入経路が限られた要塞であり、アルヴィオスには大損害を出さずにこの国を攻める手管がないってことに尽きるわけで。

 普通の国なら逆侵攻を招きかねないからホイホイ他国へ侵攻など企みはしないだろうけど、ディアブロス王国はそうじゃない。国交もないから経済制裁の心配もない。

 この国民性を変えるにはやはり、アルヴィオスに彼らが脅威を感じるほどの武力、例えば地下都市の天井を吹っ飛ばす核兵器並の脅威がないとだけど、この世界の魔術ではどうやっても個人でその出力は用意できない。


 例外があるとすれば、多分熱伝柱トレードピラーよね。カワードは儀式魔術って言ってたけど。

 あんな地下と地上をつなぐ柱をぶっ立てる魔術だ、十分に地下攻撃にも転用できるだろう。

 あるいはそれを予見していたからこそ、魔王国がある程度発展した時点で魔王の誰かが細工して熱伝柱トレードピラーが立てられなくなった可能性もなくはないのでは。


「ハァ、思考だけなら可能性は無限ね。いくらだって仮説は立てられるわ」


 額の汗を拭って入口前でランニングを終えると使用人が水筒を差し出してくれるので、それを一気飲みして失われた水分補給。然る後に館内に戻り、使用人の案内に従って空いている浴場へ移動。

 全身くまなく磨き上げられてから自室に戻り、改めてオーダーメイドされた肌触りのよい平服に着替えれば朝食の時間だ。


「ごゆっくりどうぞ」

「はいどうもー」


 相変わらず野菜ばかりの食事を済ませ、空の食器が回収されればさぁここからは読書タイム。

 ……なのだが最近はどうにも身が入らないのは、どうすればこの戦争ウェルカムな状況から抜け出せるか、それが全く分からないからだ。


「魔王の降臨が遅すぎた。それが全ての元凶なのよね……」


 魔王がいないとディアブロス王国はいつか溶岩の海に沈む。その不安が元老院に食糧民用連結都市ターミナルシャフトを潰す判断を下させた。

 神の采配を恨みたくなるわ。こんなの私にはどうしようもないじゃない。


 あるいは去年のうちにこの国に来ていて、私が天才的な頭脳を発揮して魔王国魔法陣を改善、魔王ニクスを降臨させることが出来てれば防げたかもって?

 そりゃあ可能性としてはゼロではないだろうけどさ、そんなの無理に決まってるよ。


 それとも覚悟が足らなかった?

 もっと前、幼少の頃から全てを捨てて魔王国入りしていればワンチャン行けた?

 でもその場合は私がプレシアと接触することはなく、アルバート兄貴はプレシアと距離を詰めてプレシアの時報に収まっていただろう。

 それだと戦争が起きても起きなくても兄貴は死ぬ。つまりたった一人の犠牲を惜しんだから、私は戦争を回避できるかもしれない未来を失った?


「ハッ、全てを恣にできる全能神にでもなったかのような傲慢さね。自惚れが過ぎるわ」


 考えすぎにも程があるわね、大した才もないモブA如きが。ままならない現実を前に悲劇のヒロインぶるとか、御為ごかしもいいとこだわ。

 貴様は何者だアーチェ・アンティマスク。所詮貴様などクソOLの記憶があるだけの、無双など縁遠いただのガキだろうに。


 それが国の運命を左右できないからって嘆いて足を止めるだと? あまりに傲慢が過ぎるわね。

 いつからお前はそんなに偉くなった。調子こいてるのもいい加減にしろ。


「クヨクヨするな。まだ戦になると決まった訳じゃない。そこに至りやすい下地が出来ただけだ」


 結局のところ、人は自分に今できる最良のことをやるしかないのだ。たらればを始めた時点で時間の無駄遣いにしかならない。

 ひとまず私ができることはこれ、デスモダスの手元にあった熱伝柱トレードピラー魔法陣の解析記録の読了だ。


 もっとも現時点で熱伝柱トレードピラーを立てられるようになってない以上、これは失敗に終わったわけだけどさ。

 明確に失敗した事例が分かればそのアプローチで無駄な時間を費やすことはなくなるしね。


「やれやれ、こういうのは象牙の塔魔術研究室本館の役目だ、って投げてたのが裏目に出てるわね」


 正直、前世でいうところの数学書でも読んでいるような気分でさっぱり理解が及ばないけど、我慢して読み進めていくしかない。

 奇跡を待つより地道な努力だってどこかの太鼓を叩く科学者も言ってたしね。






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