■ 74 ■ 身を捨ててこそ Ⅱ




「シア、治療をお願い」

「分かりました! うわー綺麗に折れてますね」


 いやうん、凄いボッキリいってるわね、膝が逆の方向に曲がってるし

 とりあえず脚を正しい位置に固定し、そこに当てられたシアの掌から銀色の光が溢れだすと、少しずつではあるが傷が塞がっていく。

 しかし、こう見ると、


「ナンス、あの【魂の世界ヴェルト・デア・ゼーレ】って何? 魔術としての性能が桁違いなんだけど」


 まだ聖女として覚醒してないけど、それでもプレシアはトップクラスの聖属性魔術師よ?

 それをも越えてほぼ瞬間的に怪我が治るあの【魂の世界ヴェルト・デア・ゼーレ】っていったいなんなのよ、魔術の桁が違いすぎるわ!


「よく分からねえっす! 兄貴はルナ様固有の決闘用魔術だって言ってたっすけど」

「決闘用?」


 よくわからないわね。どっちも傷が癒えるなら決着が付かないと思うんだけど、


「心が折れた方は傷が治らなくなるっす。格上を決める魔術だって兄貴は言ってたっす!」

「ああ……心が折れない限り戦い続けられる、って精神的な話じゃなくて物理的な話だったのね」


 そういうことか、私にもようやく【魂の世界ヴェルト・デア・ゼーレ】って魔術が分かってきたわ。

 互いに力と技を駆使して相手の心を折る。ラッキーパンチによる決着なんて認めない。

 徹底的に実力が上の者だけが最後に勝者として戦場に残る。奇策など以ての外。


 格上が格下に負けることが絶対にない環境を作り上げる。本来の実力でしか勝ち負けが決まらない。

 それが【魂の世界ヴェルト・デア・ゼーレ】の本質か。だから他人まで癒やす。故に戦闘用ではなく決闘用。


 脚と、おまけで肋骨の治療を終えたダートが嬉しそうに立ち上がって二度三度その場で跳躍、脚の具合を確かめて嬉しそうにパンと掌に拳を打ち付ける。


「じゃあ行ってくるっす! ウヒョー!」

「姉さん、頼むから大人しくしてて下さいね! 危険なことはなさらないように!」


 骨折が治ったナンスと共にアイズが駆け出す後ろで、しゃあねぇ。ならば私は頭脳労働に取り組むとしよう。


 真っ先に気になるのは【魂の世界ヴェルト・デア・ゼーレ】だけど、とてもルナさんが自分の為に作り出した魔術とは思えない。


 狂化ってのは狂わせるってことだから、今の凶暴なルナさんが彼女の本性というわけではない。

 あくまで普段のちょっとおしゃまで好奇心旺盛なルナさんの方が本来の姿だということだ。


 そう考えるとやはりステゴロのセメントで決着を付ける【魂の世界ヴェルト・デア・ゼーレ】はルナさん向きの魔術じゃない。

 誰が他の人から与えられたか継承した魔術と考えるべきだろう。


「しかしとんでもなくバカげた魔術だわ……」


 運の要素を否定した完全な実力での決着を付けるために、自分だけでなく他人すら癒やすとか。ワルトラントらしいっちゃらしいんだけどさ。

 最も強いものが狂獣王フィアの後を継ぐに相応しいと信じて戦いを続けるワルトラント――


――狂、獣王?


 …………

 ……


 ……マジか、そういうことか。そういうことなのかダート!?


 いや、それなら理解できる。聖女を上回る魔術を行使できるのも納得だ。

 いくらまだ皆が若くて未熟とは言え、肝心の剣の勇者がまだ現れていないとはいえ。

 剣の勇者候補フルメンバーでも勝ちに行けないのも納得だ。


 まさかよりにもよってそんなモノが王都のスラムに平然と転がってるとか!

 そんなの想像できるはずがないじゃない!


「目眩がしてきたわ……」


 人間換算十歳の時点でこれだ。成人すればどれだけの猛威になるかなんて見当もつかない。

 一日に一万人を殴り殺すくらいはそりゃあ造作もないだろう。


 何であれだけ強いダートが難民になんかなってるのかと思ってたけど、そうね。ルナさんの性格からして、ワルトラントにいては幸せにはなれないわね。

 こっちにいるほうがまだ心安らかな生活を送れるでしょうよ。大変ね、お兄ちゃんは。


「アーチェ、悟ったような顔してるけどまかり間違っても突撃とかしては駄目よ。アイズ様が仰られたように大人しくしてなさい」

「お姉様は私を何だと思ってるんですか」


 ついにはお姉様まで私に釘を刺し始めて、なんだ。私はそんなに危なっかしい人間に見えるか?


「アーチェは時々自分の命を信じられないほど軽んじる、いえわざと危険に飛び込みたがるきらいがあるからね。見ていて不安になるのよ」

「あ、それ分かります。アーチェ様自分の扱いが雑だって時々感じますし」

「……」


 否定は、できんわな。実際私は私の命を軽んじてるし。

 だって既に一回生きてるんだもん。二回目の人生が軽く感じてしまうのは仕方ないじゃん?


「分かりましたよ。はいはい情報解析に専念しますから、皆さんも協力して下さいね」


 まぁいいや、それより問題の収束だよ。

 何やらルナさんが赤くなって――まあ三倍トラ○ザムとかにならず【魂の世界ヴェルト・デア・ゼーレ】とやらの展開範囲が広がっただけなのは僥倖だけど……体力勝負で本当に夜明けまで持つのか?


 そもそもこの世界の魔術はスタンド能力みたいなものだから、傷を癒やすにしたって恐らく無限ではあるまい。

 例えば手傷を負った時に失われた血液とかまで完璧に元通りにはならない、と思った方が良いのではないか。


 そんなことを考えながらルナさんと男衆の等活ズタズタ地獄を遠目に観察する。

 なにはともあれ情報を集めて分析するのは大切だ。ただ漠然と見ているよりかは何かに着目したほうがよいか?


「現時点で何か気付いたことと、あと何かに注目してる人はいますか。あればどんな些細なことでも報告を」


 そう告げてみても三人とも何も言わない、ってことは現時点での情報更新は無しか。


「ではここからは手分けして詳細に戦場を分析しましょう。お姉様はルナさんの交戦履歴を。誰と何回どのように交戦したかに傾注して観察をお願いします」

「分かったわ」

「シアは味方の動きを大まかに観察して。激戦の中で疲労を正確に自覚するのは難しいからね。動きが鈍ってる奴には外から声かけて下らせて聖属性で治癒」

「分かりました」

「アリーはルナさん個人の動きを観察して。右足より左足のほうがよく使うとか、脚の振り方や角度はいつも同じか、そういうルナさんの癖や好みが分かれば皆がそれだけやりやすくなるわ」

「はい、アーチェ様」


 私は――引き続き全体の俯瞰でいいか。細部ではなく全体を見る目もあったほうがいいしね。


「怪我人が運ばれてきたらシアは観察は止めて治療に集中していいわ。無理せず、一つずつこなすのよ」

「はい!」


 さて、これで一先ずは大丈夫の筈だ。

 そこそこの疲労はあっても皆まだ疲労困憊という程ではないからね。

 だけど即死しないよう極度に集中しての戦闘ならば疲労なんてあっという間に溜まっていくだろう。

 夜明けまで本当に彼らが持てばいいけど、それが無理そうなら私たちが手を打たないと全滅必至だ。




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