推しが生きるのにお前が邪魔だ

朱衣金甲

第一章 幼年期 アーチェ・アンティマスク伯爵令嬢、五歳です。

 ■ 00 ■ プロローグ



 グリシアス・アンティマスク伯爵。


 貴様・・か。


 ああ、そうか。


 貴様が、私の父親・・・・か。



 私がこいつを排除しようと、どれだけ試行錯誤したか。

 私が推しを生かそうとどれだけもだえ苦しんだか。

 主人公陣営で協力者のように微笑むそのスチルにどれだけ吐き気を催したか。



 一瞬にして私は私が転生した意味を悟った。

 心優しい神様の、その麗しき神慮に内心で感謝の祈りを捧げた。


 私が何故、ゲーム世界への異世界転生なんぞを果たしてこんな所にいるのか。

 その答えは一つ。




 シナリオの選択肢なんて生易しい手段じゃどうしても排除できなかったこの男を社会的に抹殺するためだ!




「お嬢様、力を抜いて旦那様にご挨拶と快癒の報告を」


 そっと耳元で侍従に囁かれ、ハッと我に返る。

 そうだ、疑われては拙い。私はまだたった五歳の、この男の庇護を受ける存在でしかない。この男無くしては生きられないひ弱な小娘でしかないのだ。


 臥薪嘗胆、面従腹背。


 時を待て。


 策を練れ。


 知恵と力を付けろ。


 この男の外見は、ゲームのそれよりまだ若々しい。


 ならば運命の日まで、まだ十分に時間がある。


 それまでは、この私は――



 父親を恐れども敬する、ただの伯爵令嬢だ。



「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、お父様。もう大丈夫です」


 僅かにスカートの裾をつまんでカーテシ―。

 だけど修学中の幼女らしく少し怯えた様子でたどたどしく。


「宜しい。快癒したなら明日より再び勉学に励め」


 数日高熱を出して寝込んでいた娘に投げかける視線は、まるで物でも見るかのように冷やかで、そこに一切愛情など籠っていない。

 いやいや結構、愛情がないというならこっちだってやりやすい。


「はい、お父様」


 せいぜい、この私を政略のための駒とでも思っているがいい。


 貴様の自信を、立場を、余裕を、権力を。


 貴様が恃みとするその全てを私がぶち壊してやる。





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