「近畿地方のある場所について」の魅力

 この作品、めちゃくちゃ怖いです。怖いけど面白い。怖さと面白さが直結してるんですね。

 と書くと語彙力がゼロに近いので、自分なりに、この作品の面白さ(≒怖さ)について言語化を試みました。


・引きこまれる導入

 最初のエピソードは「おかしな書きこみ」で、AVの無断転載エロサイトで出会い厨をしている山の神という、冷静に考えると俗っぽすぎてちょっと笑っちゃいそうになる語りから始まっています。けれど、これ、じわじわくる怖さがあるんですよね。何せこれは、ネットで主に語られている「幽霊はエロが苦手」という俗説を覆し、読者の逃げ道を塞ぐことになっているわけです。「読んでて怖くなっちゃったからちょっとエロで休憩&退魔」という技を封じるわけです。後述する「逃げ場のない怖さ」を演出するのに一役買っています。


・実話怪談形式のビュッフェ

 この作品では、様々な形式で怪異が語られます。雑誌や新聞の記事、ネット掲示板、youtuberの文字起こし、医師への無料相談HP、果てには「学校の怖い話」という児童書まで。現代における多様な「文字」媒体の形式を網羅しています。一方で「インタビューの文字起こし」は、「語り」という形式で口語体で語られる怪談です(これが怪談好きには刺さるものがありました)。「文字」と「語り」を駆使し、ありとあらゆるアプローチが取られるのがこの作品の大きな魅力だと思います。

 すごいのは、一話一話がちゃんと怪談として「オチ」ているということです。最後にぞわっとさせられる話も多くあって、それでいて全体の中の一部としてもまとまりがある。作者の構成力と表現力が見事です。


・現代オカルトアベンジャーズ

 この言葉は桐晩カキ子さんによるyoutubeの動画「【w/玉田デニーロ氏】近畿地方のある場所について:読破感想会【※ネタバレ注意!】」からお借りしたものです。動画で言及されている通り、この作品には多数の怪異が存在し、「洒落怖」などを代表とする現代オカルトの要素が盛りだくさんです。

 この作品に登場する怪異として主に登場する「山へ誘うモノ」「赤い女(ジャンプ女)」「男の子」「謎のシール」は、怖い男、怖い女、怖い子ども、怖い無機物とあらゆる「怖い」要素を盛りつくしているし、舞台となる場所のダム・団地・人家の廃墟なども「心霊スポットといえば」という感じで非常にアツい仕上がり。

 前述の「実話怪談形式のビュッフェ」と合わせて、ホラー好きが辿って来たあらゆるホラー媒体・要素を追体験できるものとなっています。


・細部まで凝られた描写

 例えば「謎のシール、その正体に迫る!」で語る警備員の人の話や、「心霊写真」で出てくるファッション雑誌の撮影現場など、その職業でしか知り得ない感じの情報や空気感が提供されていたり、雑誌の記事ごとに文体が微妙に違っていたり(事実を淡々と述べているものがSさんの記事で、煽るような書き方をしているものがKさんの記事なのでは、という考察を見た時は「なるほど!」と思いました)、ディティールの表現が緻密なのも、この作品の世界観とリアリティの構築を基礎から支えています。「学校の怖い話」のエピソードが「当事者が行方不明」というオチで終わっていて「語り手は誰なんだよ!」というツッコミどころを残す感じなのも逆にリアル。

 まずもってプロの犯行なのでは、と言われるのはこの辺りが大きそう。この、いかにも現実にありそうな感じは没入感と臨場感を楽しめます。よき。


・「カクヨム」という掲載媒体、さらにはSNSまで活用した演出

「近畿地方のある場所について」は、メインとなる本編だけではなく、作者のプロフィール欄や近況ノート、Twitterまで含めて一つの作品となっています。概要欄や「はじめに」の冒頭で私が「作品群」と記したのも、その辺を踏まえてのことになります。

 作者・背筋さんのプロフィールと近況ノートに目を通していない人は、さっそく足を運んでみてください。

 ……はい。

 見ましたか?

 ちょっと後悔しましたね? 

 となぜか得意げになってしまう私であります。何せ私が個人的に一番怖いと思ったのがこの、付随している情報たちだったからです。

 作者のプロフィールには「たすけてください」との文言。この時点で既に不穏ですが、さらにぞわっとするのが近況ノートです。近況ノートには、「あ」というタイトルの記事(バイカーのブログのものと一緒ですね)や、「IMG_0053」というタイトルの記事があり、その中には「シール」の絵、真っ黒な写真、関西軍曹が引き出しから見つけたと思しき「あきらくん」の写真など、作品の中に出てきた小道具がビジュアルとして提示されています。ビジュアルから攻めてくるタイプのホラーがちょっと苦手な私としては「ヒエッ」と思わず声をあげそうになりました。

 Twitterアカウントは怖くて見れていませんが、同様の写真があがっているのかな?

 ともかく、作品のみならず、「カクヨム」という掲載媒体の機能を巧みに使いこなした演出となっております。


 また、「近畿地方のある場所について 1」の2カ月後に、「近畿地方のある場所について 4」にて「小沢くんは2カ月後に死にました」という言及があるのも、コメント欄の指摘で見つけた時にはめちゃくちゃ唸りました。

 さらに、作者の背筋さんはエゴサ力も非常に高いそうです。投稿した端から捕捉される様は、本編エピソードの「浮気」を彷彿とさせます。

 先述の近況ノートなども含めて、とにかく作者の雰囲気づくりがうますぎる。


 その上、演出に参加しているのは作者だけでなく読者も同様です。コメント欄やレビューに多数の「ありがとうございます」「見つけてくださってありがとうございます」「お山にきませんか かきもあるよ」等の文言を見つけることができます。こういった、読者の悪ふざけや考察まで含めて一種の「作品」を形成しているのが興味深いところです。


・メタフィクションとしてのホラー

 この作品が参加型ホラーアトラクションとなっているのは、読者がコメント欄やレビューで書きこみができるから、というのに加えて、「伝染する怪異(有り体に言ってしまうと、「見たら呪われる」やつ)」をまさしく目の当たりにしているという構図があると思います。自分にも怪異が伝染してくるんじゃないかと、読者が当事者意識を持つタイプのホラー作品となっているんですね。

 しかもこの作品で出てくる怪異はどんな人にも適応されます。男性であれば「山へ誘うモノ」のしもべにされるし、女性であれば「赤い女」のしもべにされたり「山へ誘うモノ」のお嫁さんにされたりするし、「赤い女」に魅入られれば男女問わずもれなく「男の子」がついてくるし、といった具合。逃げ道が無いんですね。エロも効かないし。その辺も参加型ホラーとしてかなり秀逸だと思います。

「見たら呪われるものを読者(視聴者)にも見せる」という技法はホラーの鉄板でもあり、ある種のお約束でもあります。ぱっと思いついただけでも、比嘉姉妹シリーズの『ずうのめ人形』、小野不由美さんの『残穢』、言わずと知れた『リング』など、多くの作品が頭に浮かびます。ただ、多く例があるとはいえ、誰にでもできることではなく、この構図を使いこなすにはそれなりの技量が必要です。それも含めて作者はすごいな、と思わざるを得ません。


・オカルト哲学の提示

 これは先述の桐晩カキ子氏の動画で言及されていたことなのですが、この作品は「インタビューの文字起こし 3」の女性作家への取材で、「あなたは幽霊とどう向き合いますか」という一歩切り込んだ問いを提示してきます。さらに、「幽霊をいるものと信じるなら、これ以上の深入りはやめなさい」という語り手への忠告は、それを読んでいる読者への忠告と重なるところがあります。なんだか、ディズニーシーのアトラクション「タワーオブテラー」で「引き返せ!」と言われることに似ていますね。そんなこと言われても今さら引き返せないことも含めて。

 語り手が聞いていることをそのまま文字に起こす、という体でこれが語られるということ、つまり「一方的に語り掛けられる」状況でこの問いが提示されることにも、作者の巧みさを感じます。うーん、うまく言えない……。


・ラストの秀逸さ

 この作品では、主な怪異については、広げに広げられた風呂敷がスパパパーンときれいに畳まれる図式で幕を閉じています。「ホラー好き」には往々にして「真相がぼやけたままになっている方が怖さの余韻があっていい派」がいるものですが、ホラーミステリ好きとしては、このきれいな伏線回収には興奮しました。怪異の元凶が明らかになってスッキリするのが好きなんですよね。

 それに加えて最後の「了」……! この終わり方は本当にシビれました。よすぎる……!!! このラストのために「あきらくん」の布石があったと言っても過言ではないと思います(……いや、過言かもしれない)。とにかく、私は「この終わり方しかない!」って終わり方をする作品が大好物なので、好みど真ん中を射抜かれました。好きです。


 みなさんは「近畿地方のある場所について」のどんなところが好きでしたか?


 次のエピソードからは、この作品についてより深く理解するために、事実関係を整理したうえで、他の方の情報をまとめたり、ちょっとした考察をしていったりしようと思います。



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