ゲーム:『標本』

 2023年7月7日午後8時


 鎌を持った骸骨が、栗花落にゆっくりと近づいてくる。2メートル近くある不気味な存在を前に、緊張感が張り巡らされる。

 両者は向かい合ったまま、互いの動向を探る。どちらが先に仕掛けるのかと、傍らで見ていた松本がそう思った時だった。

 骸骨が左手を高く上げ、栗花落へ駆け寄ってきた。そして、距離を詰めると、袈裟斬りのように斜め下へ鎌を振り下ろした。

 一切の躊躇のない攻撃に、松本は慄く。しかし、一方の栗花落は、冷静な表情でその攻撃を後ろに下がって避けた。

「すげ…」

 松本は、感嘆の声を上げる。後ろに下がった栗花落は、その場で様子を伺っていた。

-一体、どこを攻撃すればいい?

 そんな疑問を抱きながら、骸骨から視線を切らないようにする。

 固唾を飲みながら、じっと考える。すると、ある考えが栗花落の頭に浮かび上がってきた。

 栗花落は骸骨の顔へ視線を向ける。"首が取れたら、人は死ぬ"、そんなことを骸骨に当てはめて考える。しかし、目の前にいるのは人じゃない。首が取れたところで、死なないかもしれない。それに、身長差があって届かない。そんな懸念点がいくつか浮かび上がり、彼女は頭を悩ませる。

 攻撃を避けられた骸骨は、もう一度左腕を高く上げた。そして、上下の歯をかち鳴らし始める。骸骨の不気味な動作を見た栗花落は、次の攻撃に備える。

-恐らく、さっきと同じ攻撃。なら…!

 そう思いながら、骸骨の動きに注視する。すると、骸骨は栗花落へと駆け寄って来た。そして、距離を詰めると、鎌を斜め下へ振り下ろした。しかし、彼女が半身引いて躱す。すると、左足を大きく前に出した。大きく出した左足を軸に、腰を回して右足の蹴りを放つ。

 栗花落の蹴りが、骸骨の左足に当たった。硬い感覚が足に響き、栗花落は苦悶の表情を浮かべる。しかし、彼女の蹴りは、骸骨の体勢が崩すことに成功する。骸骨はその場で跪き、頭を低くする。

-今だ!

 栗花落は、すぐさま右足を地面に着ける。右手に力を込め、骸骨の顔面に目掛けて繰り出そうとする。

「はああ!!」

 栗花落は、大きな掛け声を発する。そして、骸骨の顔に正拳突きを放つ。硬い感触が拳に響いた同時に、骸骨の頭が胴体から飛んでいった。吹き飛んだ頭が、ガシャ、ガシャと音を立てながら地面を転がっていく。

 頭を無くした胴体は、ピタリと動きを止めた。それを見た栗花落は、地面に落ちている頭蓋骨へ近づく。そして、それを手に取ると、壁に思いっきり叩きつける。

 壁に激しくぶつけられた頭蓋骨は、鼻から後ろにかけて砕けた。それを見た栗花落は、頭蓋骨を手放した。地面に落ちたと同時に、ひび割れていた箇所がさらに広がり、細かく砕けた。

 決着が着いた。それを示すように、骸骨の身体から粒子が溢れ落ち始めた。それは、骨がゆっくりと分解されていたためであった。身体だけでなく、頭蓋骨もそうだった。

 徐々に時間をかけ、骸骨の身体が消えていく。やがて、全身が消えて無くなると、そこには小さな塵の山が出来上がった。

 側から見ていた松本は、呆気に取られる。

「す、すげぇ…。栗花落さん…、何者?」

 松本は驚きのあまり、呆然としている。そんな彼に対し、栗花落は微笑みながら答える。

「ただの女子高生」

「そんな果敢で強い女子高生なんて、見たことないよ」

「そう思ってもらえるといいわ」

 栗花落の言葉に、松本は笑みを浮かべた。

「とにかく、これでゲームクリアだな」 

 松本の言葉に、栗花落は何も返さない。明るい表情が消えた彼女に、松本は尋ねる。

「どうしたんだよ。なんでそんな顔してるんだ」

「こいつ一体で終わりならいいんだけど…」

「…どういう意味だよ」 

 松本が首を傾げる。困った表情を浮かべる彼に対し、栗花落は語り始める。

「実はね、さっき西野さんの死体を見つけたの」

「…西野さんが?」

 松本は驚き、目を大きくする。

「保健室の前で、血まみれになって死んでたの。凄惨な現場だったわ」 

「そんな…。まさか、骸骨にやられたのか?」

「それも考えられるけど、ちょっとおかしいと思うの」

「何が?」

「彼女、背中を滅多刺しにされてたの。鋭利な刃物のようなもので」

「滅多刺し!?なんて酷いことを…」

「その傷を見た時、てっきり骸骨にやられたのかと思った。けど、鎌って切り付けるものよね?」

「確かに。草を狩る時は、切りつけるもんな」

「そうだよね。だから、そんなもので刺し殺したなんて思えないの」

 栗花落がそこまで言うと、松本の顔が青ざめていく。

「まさか、もう一体いると思ってるのか?」

 松本の問いに、栗花落はゆっくりと頷いた。彼女は肯定して見せた。しかし、それが信じられなかった松本は、反論する。

「でもよ、二体倒すだなんて言ってないだろ?」

「逆に、一体だけだっていうのは聞いてないでしょ?」

 栗花落の反論に、松本は言葉を詰まらせる。

「それに、私気づいたの。今までのゲームは、学校の怪談がモデルになってる。その中に、動く人体模型がある。学校によっては、さっきの骸骨みたいな骨格標本か人体模型だったりと片方しか聞いたことがない。けど、この学校には両方いる可能性だってあるかもしれない」

 栗花落の話を、松本は黙って聞いている。彼は驚きのあまり、ただ聞いていることしかできないようであった。

「それにさっきから聞こえないでしょ?"ゲームクリア"を知らせるアナウンスが」

「…マジかよ。じゃあ、そいつはどこかにいるってことかよ」

 松本は、まだ信じられないとでもいうような表情を浮かべている。その時だった。

 コツ、コツ。

 誰かの靴音が聞こえ、松本と栗花落は辺りを見渡す。

「まさか、もう一体が?」

「派手に音出したからね。それで来たのかも」

 栗花落の言葉に、松本は背筋が凍る感覚に襲われる。警戒心を高めながら、辺りを見渡し続ける。

 コツ、コツ。

 音が大きく聞こえてくる。すると、栗花落がある一点を凝視する。松本は、彼女の視線を追うようにその先を見る。

 そこは、渡り廊下の突き当たりにある防火シャッター。完全に閉じられたシャッターの向こうから、足音が聞こえてくるのだ。

 コツ、コツ。

 得体の知れない存在が近づいてくる。そう思うだけで、冷や汗が吹き出てくる。

 コツ、コツ。

 一定のリズムで発せられた足音が、突如鳴り止んだ。一体どうしたのだろうかと訝しんでいる時だった。

 ガチャ。

 防火シャッターの隣にある避難扉が、ゆっくりと開かれる。開かれたドアの先にいる何者かの姿を捉える。そして、松本たちは息を呑んだ。

 そこに立っているのは、人体模型だった。顔の左半分は皮膚があり、右半分は顔の筋肉と目玉が丸出しになっている。そして、胸に窪みがあり、そこに心臓がある。それは、その窪みに嵌め込められていると言った方が正確だろう。

 剥き出しになっている心臓は、どういうわけか本物のように質感があって、一定のリズムで鼓動を刻んでいる。人体模型と言えば、心臓だけでなく、肺や腸といった臓器も剥き出しになっていて、決して本物ではない。しかし、目の前の人体模型は、自分が知っているのと違っている。

 あの心臓は、一体。そんな疑問が浮かぶと、背筋が凍る感覚に襲われる。

 男性をモチーフにしたその模型の表情は、無表情だった。そんな表情のまま、こちらにゆっくりと近づいてくる。人体模型の動きを見た松本たちは腰を低くし、いつでも逃げられる姿勢を保つ。そして、距離を空けるようにゆっくりと後ずさっていく。

「あいつが、二体目の…」

「やっぱり、人体模型もいたのね。でも、知ってるのは違うけど」

 栗花落が冷や汗を浮かべながら、人体模型の心臓を見る。すると、人体模型はその場でぴたりと止まった。光のない無機質な目が、松本たちを見つめる。その視線が気味悪く感じるものの、彼らは目線を逸らすことなく、じっと動向を窺う。

 松本は、人体模型の右手に注目する。その右手には、刃が血に塗れた柳葉包丁が握られている。刃先から、誰かの血が滴り落ちていく。それを見た松本は、栗花落の話を思い出す。

「もしかして、あの血は西野さんのじゃ…」

「恐らくね。あの刃渡りの長い包丁なら、彼女の刺し傷に一致すると思う」

「あれで西野さんを滅多刺しにしたのか。クソが」

「あいつを倒さないと、ゲームクリアにならない。当たってほしくなかったな」

 栗花落が残念そうに呟く。すると、人体模型の両手が胸の高さまで上がった。突然の動作に、松本たちは身体をびくっと震わせる。すると、突然拍手をし始めた。左の掌に、包丁を持った右手を打ち続ける。ガシャ、ガシャと硬い物同士がぶつかる音に、松本たちは呆気に取られる。その時だった。

『お見事です』

「えっ?」

「しゃべったのか?今」

 栗花落は驚き、口を半開きにする。松本も彼女と同じ反応をする。

『僕以外、誰がいるんですか。それにしても、骸骨をよく倒しましたね。あなたたち二人で倒したんですか?』

 人体模型の質問に、松本たちは何も答えられない。すると、困ったように頭を人差し指で掻く仕草を見せる。しかし、表情に一切の変化は見られず、無表情のままだ。

 その場に沈黙が訪れる。得体の知れない存在と対峙し、緊張感が張り巡らせている中、栗花落が口を開く。

「あなたは、ゲームの中の一人なんでしょ?」

『あっ、やっと話してくれた。良かった。てっきり言葉が通じてないのかと思いましたよ』

 そう言うと、骸骨が笑い声を発した。さも愉快そうに笑う彼に共感する者はいない。

『そう。私は、"弐"のゲームの担当者。あなたたちがさっき倒した骸骨と私を倒すことでクリアとなるゲームです』

「ゲームの開始を知らせるアナウンスはなかったはずだが?」

『全てがそうだとは限らないっていう話ですよ。ふふふ』

 人体模型から発せられる不気味な笑い声に、松本は苛立ちを覚える。

「そんなの、卑怯じゃねぇか」

『何とでも言ってください。ちなみに、私が参加してきたのは、"壱"の鍵が解錠された後ですよ』

「何?」

『一階の理科室から出てきたんですよ。それで、近くにあった保健室で参加者を見つけて殺しました』

 人体模型の話に、松本と栗花落は衝撃を受ける。

「やっぱり、あなたが殺したのね」

『簡単に殺せましたよ。ところで、私が上履きを履いてる理由、何だと思います?』

 人体模型がつま先で地面を鳴らした。つま先へ目を向けた松本たちは、意味が分からず困惑する。

『これを履いてると、大半の人が

「何言ってんだ」

『今まで見てきて分かったことがありまして。必ずいるんですよ。保健室に隠れる参加者が』

 困惑する松本たちをよそに、人体模型は話し続ける。

『「助けに来ました」、なんて声をかけると、出てくるんですよ。「やった!助かった!」って喜ぶんでしょうね。そうして出てきたところをこの包丁で刺すんです。たまりませんよ』

 人体模型の話す声は、愉悦に浸っているように聞こえる。しかし、表情に相変わらず変化が見られず、松本はゾッとする。

『骸骨を倒したのは、驚きでした。何せ、しばらく倒されることはなかったんですから』

「しばらく?」

 栗花落が問いを挟む。

『ええ。大半の人間は、骸骨の外見と狂気に恐れて反撃をしてこない。それで怯えたまま殺される子ばかりでした。しかし、あなたたちは違った。全くお見事です』

 そう言うと、人体模型はまた拍手をした。

 人を殺すことを嬉々として語る姿に、松本は怒りを覚える。そして、骸骨が持っていた鎌を拾い上げ、人体模型に向ける。

「お前も倒してやる。所詮は人形だ」

『所詮人形…。ふふふ』

 人体模型が不気味な笑い声を発する。2対1という状況を前にして、なぜ笑っていられるのか。松本はそう不思議に思いながら、鎌を握る手に力を込める。

『生憎ですが、私は彼のようにはいきませんよ』

 そう言うと、人体模型は包丁を構えた。その動作を見た栗花落も、構えを取る。

『それじゃ、行きますよ』

 その瞬間、人体模型が松本に向かって駆け出した。素早い動きに反応を遅らせた松本は、焦りを抱く。

 あっという間に目の前まで来た人体模型が、包丁を薙いだ。松本はすぐさま躱すも、腹に小さな切り傷ができた。

「ぐっ!」

 刃物の鋭い痛みに、顔を顰める。痛みで生じた隙を見た人体模型が、追撃しようと真上から振り下ろそうとする。

「やばっ…」

 反応できず、身体が固まる。このまま身体を切られる、そう覚悟した時だった。

「はあああ!」

 栗花落が発声とともに、上段蹴りを繰り出した。しかし、人体模型は屈んで躱した。彼女の攻撃によって危機を回避した松本は、その場で尻もちを着く。すると、人体模型の首が右に回った。

『厄介ですね。あなたから殺しましょうか』

 その先にいる栗花落へ視線を向ける。そして、彼女目掛けて駆け出すと包丁を薙ぐ。栗花落が半身引いて躱す。柳刃包丁の薙ぎが、栗花落の前で空を切る。彼女が躱したのを見て、人体模型は追撃を繰り出す。

 袈裟斬り、横薙ぎと次々繰り出される攻撃を躱していく。しかし、そこで栗花落は危機に陥る。

 後ろに下がり続けた栗花落は、渡り廊下の壁に激突する。ぶつかった衝撃で、彼女は一瞬怯む。すると、その隙を見た人体模型が腕を振り上げる。

「栗花落さん!」

 彼女の危機に、松本は叫ぶ。柳刃包丁がすでに振り下ろされているのを見た彼は、決心する。

-彼女を助けないと!

 その一心から、身体に鞭を打って起き上がる。

「うおおお!!」

 雄叫びを上げながら、人体模型に向かっていく。鎌を高く上げ、斜め下に振り下ろす。しかし、すんでのところで躱されてしまった。勢いよく駆け出したせいで、バランスを崩し、そのまま倒れ込む。それと同時に鎌が手から離れ、そのまま前に転がっていく。

『無駄ですよ』

 人体模型が見下ろし、嘲るように言う。

「松本君!」

 栗花落が叫ぶ。すると、人体模型が包丁を振り下ろそうとする。その場で固まっていた彼は、呆気に取られる。

「あっ…」

 呆けた声が漏れ出る。このまま刺される。そう覚悟し、目を強く瞑る。

「…?」

 何も変化が起きず、松本は不思議に思う。そして、ゆっくりと瞼を開く。

 目の前にいる人体模型は、固まっていた。振り下ろそうとしていた包丁は、胸の高さで止まっている。そして、全身をカタカタと揺らしている。

『ぐっ…』

 人体模型がくぐもった声を出す。松本は、ようやく分かった。人体模型が突然動きを止め、苦しそうな声を出しているのかを。

 背後には立花悠人が立っていて、鎌で人体模型の心臓に突き刺していたのだ。その鎌は、松本が先ほど手放した鎌だった。

「立花!生きてたのか」

 松本は、彼に目を見張る。しかし、立花の様子がおかしいことに気づく。彼は歯を食いしばり、顔を強張らせている。そして、大きく開かれた目は、人体模型の横顔に向けられている。その表情は、憎しみを抱いているかのようで、近寄りがたい雰囲気を出している。

「うう…」

 立花が獣のような呻き声を発する。すると、鎌を持つ右手に力を込め始める。それによって、僅かではあるが奥に刺さっていく。そして、流れ出ていた血の量が増す。

『ぐふっ!離しなさい!』

 人体模型の右手が立花の右手を引き剥がそうとする。しかし、立花の力が強いせいか、バクともしない。このままでは無理だと判断したのか、人体模型が包丁を左手に持ち変えた。そして、その先を立花の右手に向ける。

『さっさと離せ!』

 語気を強めて言うと、立花の右手に突き刺した。その刃が深々と突き刺さったのを見た松本は、目を見開く。

「立花!」

「ぎゃあああ!!」

 立花は悲鳴を上げ、鎌から手を離す。そして、ゆらりと後ろに下がっていく。負傷した右手から血が流れ出て、地面に滴っていく。すると、人体模型が後ろに振り返った。柳刃包丁を右手に持ち変え、負傷した心臓を押さえる。

『このクソガキィ!…ぶっ殺してやる』

 そう怒りを露わにすると、前に駆け出した。痛みで判断が鈍った立花は、胸に包丁を突き刺される。

「ぐふっ!」

「立花!」

 惨劇を目の当たりにした松本は、咄嗟に身体を起こす。そのまま人体模型に向かい、羽交締めにする。そのまま全身の力を込めて、引き剥がそうとする。すると、人体模型の右手から包丁が離される。その瞬間、立花が力なく後ろに倒れ込んだ。

『くそっ!離せぇ!!』

「栗花落さん!!頼む!!」

 松本は、背後にいる栗花落に叫ぶ。目を見開き、身体を硬直させていた彼女は、我に帰る。彼の意図していることを瞬時に理解し、人体模型に駆け寄る。

『このクソ野郎ぉ!テメェら、ただじゃおかねぇぞ!!』

 背後にいる松本に対し、怒りをぶつける。振り解こうと身体を動かし続ける人体模型に負けまいと、松本は全身に力を込める。そんな中、栗花落が人体模型の前に立つ。

『まさか!やめろ!』

 人体模型が無表情ながら、驚きの声を発する。すると、栗花落は、人体模型の心臓に突き刺さっている鎌の柄を掴む。そして、引き裂こうとする。

「鎌ってこう使うものよね!」

 栗花落はそう言うと、鎌を思いっきり斜め上に引き裂いた。

『ぐはぁ!!』

 心臓を激しく裂かれた人体模型から、苦悶の声が発せられる。そして、裂かれた部位から血が勢いよく吹き出す。その血が、栗花落の身体に振りかかる。

 徐々に力が弱っていくのを見た松本は、拘束を解く。拘束を解かれた人体模型は、辺りに血を撒き散らしながら、人形のように踊り狂う。そして、数秒経った時、事切れたように背中から思いっきり倒れ込んだ。ガチャンと硬い音が発せられてから、その場に沈黙が訪れる。その時だった。

『皆様、おめでとうございます。ゲームクリアです』

 校舎内に、アナウンスが響き渡る。それを聞いた松本は、深いため息を吐く。

 松本は、倒れ伏した人体模型へ視線を向ける。すると、動かなくなった人体模型の腹に、大きな亀裂が走った。そして、その亀裂が全身にまで広がると、粉々に砕け散った。

 そこに、キラリと輝くものがあった。松本が摘み上げると、それは小さな鍵だった。表面を見てみると、"弐"と刻まれていた。

「これで、残るゲームは一つ…」

「っ!立花君!」

 栗花落の言葉に、松本はハッとさせられる。彼女につられて、松本も駆け寄る。仰向けに倒れている立花の目は、天井に向けられている。そのままじっとしているのを見た栗花落と松本は、心配になり、彼の側で膝を着く。そして、大きな声で呼びかける。

「立花!しっかりしろ!」

「そうよ!あと一つクリアしたら帰れるのよ!」

 二人の呼びかけに対し、立花が僅かに反応を見せる。「ぶふっ」と血を吐きながら、ゆっくりと口を開く。

「…俺は、美緒を救えなかった…。そんなんで帰っても…、俺は自分を許せ…」

 立花の言葉が途切れた。事切れた彼の表情は、悲しさを表していた。そんな彼の最期を見た松本は、歯を食いしばる。

「ちくしょう!立花がいなかったら、クリアできなかったのに!」

 目に涙を浮かべながら、松本は悔しさを吐き出す。栗花落は悲しそうに、眉の内側の端を吊り上げている。

「…松本君。行きましょう」

 栗花落が松本の肩に手を置く。数秒の間を置き、松本はゆっくりと頷いた。そして、鍵を握りしめる。

「最後のゲームに行こう」

「ええ。でも、その前に」

 栗花落が静止を呼びかける。するの、立花の顔に手のひらを当てた。そして、下に引くと、立花の瞼が閉じられた。

 仲間の死を悼みながらも、松本たちは立ち上がり、前を向く。

「このゲームは、学校の七不思議がモデルになってる。有名な話で、まだ出てきていないのは…」

「トイレの花子さん」

 栗花落の答えを聞き、松本は静かに頷く。

「でも、そうじゃない可能性もある。七不思議なんて、色んな話があるし。そういえば、今の時間は?」

 松本が尋ねると、栗花落がポケットからスマートフォンを取り出す。画面が明るくなると、"20:15"と表示された。

「残り45分か。あまり、悠長にはしていられないな」

「そうね。とにかく、明かりが付いている部屋を探しましょう。もしかしたら、トイレじゃないかもしれないし」

「そうだな」

 考えがまとまったところで、松本たちは次なるゲーム会場を探しに向かう。

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