起
手紙
2023年7月5日(水) 午後12時10分
千葉県〇〇市にある戸松高校。この学校の1階にある1年D組の教室で、3人の男子生徒が何やら話し込んでいる。
平日の昼時だというのに、教室には彼ら以外誰もいない。それは、彼ら3人が話している内容が関係している。
彼らは、窓際の列の一番後ろの席に集まっている。1人がその席に座り、1人が机の前側に立ち、そして、もう1人が椅子の横に立っている。
彼らは、机に置かれている1枚の白い紙を見ている。すると、机に座っている顔と身体が少し丸みを帯びている
「2!絶対2だ!」
堀田が高らかにそう宣言した。彼は、自信ありとでもいうように、口角を上げている。
堀田の机にある紙には、日本語と英語の文が印字されている。その紙の上部には、「英語 期末考査」と下にあるいくつかの文よりも少し大きめに印字されている。
そう、この時期は期末考査のため、下校時間がいつもよりも早めになっているのだ。この日は最終日で、数学、英語の2科目のテストがあった。終わったのが午前11時45分頃。英語のテストが終わったと同時に、大半の生徒が下校していった。そんな中、3人は下校せず、テストの解答確認をし合っているのだ。
堀田は、正面に立つ中肉中背でアップバングの髪型をしている
「この問題か。確か…」
小川は、堀田が指差す問題文に目を通す。日本語で書かれた問題文、そして1箇所が空欄になっている英語の文。さらにその下にある、番号付けされた4つの英単語を読んでいく。
一通り読み終えた小川は、眉を顰めながら自分の答えを告げる。
「これ、1だろ?」
小川が堀田に確認するように尋ねる。すると、堀田が眉を顰める。
「いや、2だってば。だって、関係詞の前が"dog"だもん。『前の名詞が動物なら、関係詞は"who"だ』って、先生言ってたろ」
「はあ?お前、マジで言ってんの?」
「おうよ」
堀田の返事を受け、小川は小さなため息を吐いた。
「間違って覚えてんじゃねぇか」
「はっ!?どういうこと!?」
堀田は、語気を強めて尋ねる。信じられないとでもいうように目を大きくしたまま、小川を見ている。そんな彼の表情を見た小川は、また小さなため息を吐いた。
「あのな、先行詞が人以外の動物は、"which"なんだよ」
「はぁ!?じゃあ、人の時は?」
「そっちは"who"。『人と動物では、関係詞が違う』って、幸太も言ってたろ。なあ?」
小川は、堀田の隣に立つ男子生徒に目を向ける。贅肉がほとんどないスラリとした体型で、髪にパーマをあてている
「先週図書館で勉強会したの忘れたのかよ」
「嘘ぉ…、自信あったのに」
堀田はショックのあまり、顔を俯かせる。
「終わった…」
「まあ、ドンマイ。てか、幸太はどれ選んだんだよ」
「3だな」
「はっ?」
松本の答えに、小川は首を捻る。
「いや、1だろ?先行詞が"dog"なんだからよ」
「"dog"の前、見てみろよ。"the cutest dog"って最上級だろ?そういう時は、先行詞は"that"になるんだよ」
「はあっ!?」
松本の説明を受けた小川が、問題用紙に目を向ける。問題を読み返し数秒経った頃、小川の口が何かに気づいたかのように半開きになる。
「あっ…。今、思い出した。『先行詞が最上級の時は、気をつけろよ』って、幸太が言ってたな」
「まあ、よく引っかかる問題だよ。お前もドンマイ」
松本は慰めるように、小川の肩を叩いた。肩を叩かれた小川は、「ははは」と乾いた声で苦笑する。そんな困った様子の小川を見た堀田が笑い声を発する。
「ははは!和也も間違ってんじゃんか!」
「うるせぇ!おめえよりはマシだよ。てか、今回は赤点回避できそうなのか?」
「…まあ、なんとかなるよ、きっと」
「知らねぇぞ、全く」
無理して笑顔を浮かべる堀田に、小川は呆れる。そして、額に手を置き、またもやため息を吐いた。
堀田が椅子の背もたれに背を預けながら、横に立つ松本に目を向ける。
「てか、幸太はどうだったの?」
「まあ、半分以上は答えられたから赤点はないな」
「いいなー。そんなに頭良くてよ」
「そんな良くねぇよ。てか、和也も赤点はないだろ?」
松本が小川に尋ねる。
「まあな。前回はギリギリでやばかったから、勉強した甲斐があったよ。ありがとな、俺たちに勉強教えてくれて」
「別にいいって。中学校からの腐れ縁なんだからよ」
「そうだな。てか、幸太さ」
「ん?」
「お前、前回の中間テスト何位だったっけ?」
「30位くらいだったかな」
「えーっ!30位以内とか入ったことねえよ」
割って入ってきた堀田が、称賛の声を上げる。照れくさそうに笑う松本に対し、小川の表情に笑みはない。
「もっとやれば、10位以内なんて余裕なんじゃねえの?本当はできるやつだって、俺は知ってるからよ」
「何だよ、急に」
「俺らに合わせなくてもいいんじゃねぇのって、思っただけだよ。中学の時のお前は、すごかったからさ」
小川の言葉に、松本は口を噤む。そんな時、松本の頭に、ある光景が浮かび上がってくる。
クラスの担任、部活の顧問に褒められ、充実した日々を過ごしていた頃の自分。全てが順風満帆、そう思っていた矢先に降りかかった悪意。
それ以上思い出さないように、松本は映像の再生を止める。
「…あん時は、ただ運が良かっただけだよ」
「運じゃないだろ。お前の実力じゃんか」
「ただの運だよ。まあ、そこそこの成績取って、目立たないように過ごす方が気楽でいいんだよ。それに、お前らといる方が楽しいしさ」
「おお!我が心の友よ!」
堀田が満面の笑みを浮かべ、松本に抱きつく。嫌々と言いながら、堀田の身体を引き剥がそうとするも、松本は笑みを浮かべている。
「そっか」
小川がそう呟くと、寂しい笑顔を浮かべた。彼の表情を見た松本は、その真意が理解できず、ただ呆然とする。
「何か、今日のお前変だぞ?」
「いや、忘れてくれ。あっ、そういえばよ」
小川が話を逸らすように、別の話題を切り出す。
「実はさ、ちょっと面白そうな話を持ってきたんだよ」
「えっ?なになに?」
堀田が興味深そうに、前のめりになって尋ねる。
「まあ、まずはこれ見てくれ」
小川はそう言うと、足元に置いたバッグを開けた。中に両手を入れ、何かを探り始める。そして、バッグから白い紙を取り出した。
少し皺が入ったその紙を、堀田の机の上に広げる。松本と堀田は、その広げられた紙に視線を向ける。
「それを読んでみろ」
小川の指示を受けた2人は、その紙に書かれている文を読み始める。
「7月7日午後7時16分に、2階と3階の間にある階段踊り場の大鏡の前で、5人以上が一斉に「中に入れてください」と言うと、不思議な世界に行ける」
「はっ?何だ、これ」
読み終えた松本は、眉根を寄せる。お世辞にもあまり上手とは言えない殴り書きの黒文字を見て、松本は懐疑心を抱く。
「7月7日って、明後日だろ?これ、誰からもらったんだよ」
「知らん」
「はぁ?知らんって、どういうことだよ」
松本がすかさず問いを投げかける。すると、小川は真剣な面持ちで答える。
「俺の鞄の中に入ってたんだよ。今日の1限目の数学の前に、公式を見直そうと教科書を取り出した時にポロッと出てきたんだよ」
「鞄の中に?誰かのイタズラじゃねぇの?」
「俺もそう思った。けどよ、イタズラにしては結構凝っているとは思わねぇか?」
小川は松本の問いに答えると、文中のある部分を指差した。
「7月7日の午後7時16分って、やけに具体的だろ?それに、この内容、どっかで聞いたことがあるんだよなー」
「何だよ」
「あれ?これって、学校の七不思議っぽいね」
理解できない松本をよそに、堀田が答える。
「そうそう。"異世界につながる大鏡"だっけ?」
「"異世界につながる大鏡"?ああ、七不思議の一つとして有名なやつか」
松本は理解したと同時に、頭の中でその話に関する記憶を探り始める。そして、ある記憶に辿り着き、それを口にする。
「午前4時44分に通ると、異世界に引きずられるってやつだよな?結構信じてる奴いたもんな」
「そうだよな。けどよ、午後7時16分って内容違くねぇか?」
小川の疑問に、松本は考え始める。頭の中で、"異世界につながる大鏡"に関する話の記憶をさらに探り始める。
こういった話で盛り上がったのは、小学生以来だった。数年も前の記憶を探すのは、困難である。しかし、そう思った途端に、ある記憶を探り当てることができ、それを口にする。
「確か、7時16分の場合でも同じことが起きるって話、聞いたことがあったわ」
「マジで?聞いたことねぇわ。てか、何で7時16分?」
「その時刻を鏡に映すと、4時44分になるからだよ」
「…っ!おお、マジだ」
数秒の間をおいてから、小川が理解したように頷く。一方の堀田は、困惑した表情を浮かべている。そんな彼に対し、小川が黒板の上にある時計を指差しながら説明する。
「あの短い針が"4"を指してる状態で、反対にしたら"7"を指してるように見えるだろ?」
「…おお!ほんとだ!じゃあ、長い針が44分を指してたら、反対は16分ってことか!」
堀田の考えに、小川が首を縦に振った。堀田が理解したのを見て、小川はほっとため息を吐いた。
「へぇー。うちの学校にも、こういう話あるんだ。誰が送ったのか知らないけど、面白そうじゃん!」
「一、マジで信じてんの?こんなん、チェーンメールみたいなイタズラに決まったんだろ」
「でもよ、令和の時代にこんな手紙でなんて、逆にそそられねぇか?」
「はぁ?和也まで何言ってんだ」
積極的な姿勢を見せる2人に、松本は戸惑う。
「何にもなかったら、ただのいたずらでした、って笑い飛ばせばいいだけだろ?」
「そうは言ってもよ」
「マジで不思議な世界に行けたら、面白くねえか?」
「どんな世界でもか?」
「ああ。それに、高校生活なんて3年しかないんだぜ。この短い期間中に、くだらねぇけど記憶に残る体験しようぜ」
「それが、これってか?」
松本の問いに、小川はゆっくり頷いた。
彼の前向きな姿勢を見せつけられるものの、松本は乗り気ではなかった。こんな胡散臭い話に乗るなんて、どうかしてる。
「"5人以上"って言ってるけど、誰呼ぶんだよ?」
「そうだな。せっかくだし、女の子呼ぼうぜ。男ばっかじゃ、やだろ?俺は、西野っていう女の子にでも声をかけようかな」
「西野?誰?」
「あー、いつも本読んでる子でしょ」
堀田がそう言うと、小川は頷いた。
「ミステリー系が好きだって言ってたから、興味あるかなーって」
「それで釣れるのか?まあ、いいや。じゃあ、あと1人は?」
「こ、幸太」
「ん?」
堀田の呼びかけに、松本は反応する。
「何だ?」
「栗花落さんとか、呼べない?」
「はあ?」
予想外の人物の名前に、松本は目を大きくする。
「だって、同じクラスなの、幸太だろ?頼むよ」
「とは言ってもよ、こんな話に乗ると思うか?あのクールビューティーがよ」
松本がそう言うと、堀田が眉を八の字にする。親友の頼みを快く受けられない辛さはあるものの、上手くいくとは思えなかった。
彼女とは同じクラスではあるものの、今まで誰とも親しくしているのを見たことがないし、笑顔だって見たことがない。しかし、彼女はクラスで目を引くくらい綺麗だった。それゆえ、何人もの男子が近寄ってきては、全員が軽くあしらわれているのを見てきた。
一匹狼のような彼女が、こんなイタズラみたいな話に乗るとは思えない。だからこそ、誘いに乗るという確信が得られないでいる。
困り果てている松本に対し、堀田は両手を顔の前で合わせる。
「頼む!心の友よ」
堀田が頭を下げ、必死に懇願してくる。親友の恋路を応援してやりたい、そんな気持ちが芽生えてくる。頭を下げ続けている親友の姿を見て、松本は返事をする。
「分かったから!頭上げろって」
「ほんとか!?ありがとう!」
堀田が満面の笑みを浮かべる。嬉しそうに笑顔を浮かべている親友を横目に、松本は机にある手紙へ視線を向ける。
--はあ、めんどくせぇ。
誰にも聞かれないように、心の中で愚痴をこぼした。
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