異世界でAランクヒーラーだった俺。現代日本に戻ったら超天才セラピストとして大活躍。人間国宝となりました。

くろげぶた

1章

第1話 おかげで比呂は奇跡の力。魔法を使えるようになったのだから。

俺の名前は、平良 比呂たいら ひろ

18歳。私立 江ノ山高等学校の1年生である。


そう……高校1年生である。

18歳にもなって高校1年生ということは、つまりは……


「うぇーい。平良たいらっちー。昨日の宿題を写させて」

「高校1年生を2回目なんだしい? 余裕でやってるっしょ?」

「2回目やないって。平良っちは2留やから3回目なんだぜー」


……そういうことである。


「ダメっすよ! 先輩は年上なんすから敬語だって言ってるじゃないっすか!」


「えー? 敬語とか意味不明だしぃ?」

「年上っていっても、同級生っしょ?」

「つまりはタメってことでぇー。タメ口OKって感じぃ?」


タメというのは同い年を意味するからして違うようにも思うが……同級生であるからして間違いというわけでもないわけで……


「……写すのは構わないが、自信はないぞ?」


そう言って比呂が机の上に差し出す宿題ノート。


「ちゃらーっす」

「さすが平良たいらっち」

「あざーっす」


ちゃらい返事でギャル3人組はそのノートを持ち去って行った。


「……先輩。あれって馬鹿にされてるだけっすよ?」


そうかもしれない。だが、変に気を使われるよりはタメ口で接してもらえるほうが俺としても気楽というもの。


「同じクラスメイトなんだから松田まつださんも普通に話してくれて良いのだが……」


「だめっすよ。先輩はボクより2つも年上なんすから」


そんな2つも年上を強調しなくとも。と思わないでもないが……


目の前の少女は松田 里美まつだ さとみさん。

クラスメイトにして、何故か2留の俺にも普通に話しかける変わり者である。


そう……実を言うと俺はこのクラスで浮いていた。

まさか、気さくでお人よし。善良善人のこの俺がクラスでぼっちになろうとは……


7月になったというのに仲の良い友達と呼べる存在もない。それもこれも2年前のあの事件。比呂が2留する原因となった、とある出来事に由来する。





2年前の6月。当時16歳 高校1年生だった平良 比呂たいら ひろは通学のために自宅を出た後、電車に乗った姿を最後に行方不明となった。


事件、事故の両面から捜査が行われ、駅の防犯カメラの確認はもちろん多くの捜査員を動員しての聞き込みも行われた。しかし、何の手がかりも見つからないまま半年が経過したところで捜査本部は解散。規模を縮小しての捜査を継続するも発見は絶望的とされていた。


そんな折、比呂が行方不明となってから2年後。正確には1年と11ヶ月後。今年の5月になってひょっこり比呂は自宅に帰ってきた。


両親をはじめ周囲が大騒ぎとなるのは当然。即座に健康診断が行われた後、行方不明であった間の出来事について詳細な聞き取り調査が行われた。


しかし、比呂の答えは決まって。


「何も覚えていません。電車で寝過ごしたと思ったら、いつの間にか夕方だったので帰ってきただけです」


であった。


家出をごまかすための方便であろうと思われたが、発見当日、比呂が電車を降りる姿は記録されているものの、電車に乗る姿はどの駅の防犯カメラにも記録されていなかった。


また、比呂が持つ電子乗車券の履歴でも、発見当日の退場記録の前は2年前の入場記録となっていた。


つまりは2年前の6月。駅から電車に乗った平良 比呂は、今年の5月になって電車を降りて駅から出てきたというわけである。


その不可思議さから令和の神隠しとしてテレビのニュースやインターネットのオカルトサイトでも取り上げられ、ヤクザにさらわれマグロ漁船に乗せられていたのではないか? いや、北の楽園に拉致され強制労働させられていたのだ。いやいや、変態に囚われ性的搾取されていた。さらにはUFOによるアブダクションであるなどなど。怪しげな議論の主役となっていた。


報道では比呂の名前こそ出されなかったものの、行方不明の際に顔写真入りの捜索が行われていることから調べれば誰にも分かる状態であったため、比呂は地元ではちょっとした有名人となっていた。


それもポジティブな有名人ではない。マグロ漁船や北の楽園で働き性的搾取を受けUFOで人体改造されたネガティブな有名人として……


その後、事件性が見つからないこと。本人が無事であったことから通常の家出として処理され捜査本部は解散となった。


そして比呂はというと、行方不明の間も高校の在籍が残されていたため、6月から学生としての生活を再開していた。


ただし、高校3年生として再開したのでは勉学についていけないであろうことから、行方不明時の学年。高校1年生としての再開である。





そんなこんなで2年ぶりの高校生活を再開して1ヶ月。季節は夏。7月になったというのに比呂はいまだ学校になじめずにいた。


休憩時間。トイレへ行こうと教室を出た比呂の姿に、廊下で談笑を楽しむ他クラスの生徒たちが声を潜めて噂する。


「やっべ。あれって行方不明のやつやん」

「あー。なんか前にテレビでやってたな」

「え? 行方不明ってなに? 教えてよ」


1学期途中での編入。2回の留年を経ているため他の生徒より2つ年上。さらには2年近くも行方不明という経歴を持つのだから無理もない。


小用を終えて教室へ戻ろうとする比呂の前。おそらくはトイレへ向かうのだろう。前から2人の女生徒が歩き近づいていた。


1人は少し茶色みをおびた髪を肩口で切りそろえた少女。

1人はつやつやとした黒髪を腰まで伸ばした少女。


「へ? 誰あの2人? めっちゃ可愛いんだけど」

「ばっか。知らないの? A組の平良たいらさんと東堂とうどうさんだよ」

「マジかよ。A組うらやましいぜ」


端的にいうなら、廊下の生徒たちが振り返るほどの可愛い少女と綺麗な少女である。


「あれ? 平良って留年野郎と同じ苗字やん?」

「知らないの? 2歳違いの兄妹だよ」

「マジか? 兄貴と妹で同学年ってことか?」


ちらり。比呂の姿に気づいた茶髪の少女と視線が交わるが、それも一瞬。少女は目をそらすと比呂の横を黙り通りすぎていった。


「あれ? 何も話さず素通りしたけど?」

「そらそうやろ。2留の兄が同学年とか恥ずかしいやん?」

「平良さんの前で兄貴の話は禁句らしいから注意しろよ?」


その様子に比呂はトボトボ教室へ歩き戻るのであった。



1日の授業を終えてホームルームの時間。


「えー。それでは最後に……我が校はクラブ参加は必須となっておる。まだクラブに参加していない者は早めに決めるようにするのじゃぞ」


先生の言葉を最後にホームルームは終わる。

生徒が教室を後にするなか、比呂は椅子に腰かけ机の入部申請書を見つめていた。


「先輩、もしかしてまだクラブ決めてないっすか?」


「松田さんか? まあ、まだ決めかねるというか……」


「先輩、前はどこかのクラブに入っていたんすか?」


「……まあ、その、ボチボチね」


「ボチボチっすか? 2年前は陸上部期待の新人エースだったって聞いたっすけど?」


「いや、知っているのか……」


ならば、なぜ聞いたのかと俺が疑問の目を向けるなか。


「ふふんっす。ボクはマスコミ部っすよ? この程度の情報は朝飯前っす」


松田さんは威張るよう胸を張って見せる。


「新聞部などであれば部活として聞くが……マスコミ部?」


「そうっす。校内のニュースを伝えるという点では似たようなものっす。今は新聞以外にも動画配信とか色んなメディアがあるってことで名前が違うくらいっすかね?」


松田さん。将来はマスコミ業界を希望するのだろうか?


「女の子はみんなゴシップ記事とか大好きっすからね」


初耳である。が……女の子である松田さんがそう言うなら、多分そうなのだろう。


「先輩もどうっすか? 2年間も神隠しにあっていたんすから、ゴシップ記者の素質ありまくりっすよ? 入らなきゃもったいないっす。今すぐエースを張れるっすよ」


ゴシップ記者の素質と言われても困るわけだが……


「もしかしてだが……松田さんが俺によく話しかけるのは、神隠しに興味があってのことか?」


「はいっす。そうでもなければ好き好んで2留男に話しかける人はいないっす」


なるほど。これまでの疑問が氷塊、納得する。


「でも、先輩はてっきり元の陸上部に戻ると思ってたっす」


……


「やっぱり2年振りだと戻りづらいっすよね? 元の同級生が今は先輩っすから」


松田さんの言葉に加えて言うなら、夏の大会に向けた大切なこの時期。今さら2留の俺が戻っても部活を混乱させるだけである。


「そこでマスコミ部っすよ。ボクは先輩が2留だからって気にしないっすよ?」


確かにこれだけ絡んでくるのだから気にしていないのだろうが……


「松田さんが気にしなくとも、他の部員が気にするだろう?」


「みんな将来はマスコミ業界を目指す人たちっすよ? たかが2留ていどで……いや、やっぱり1年生で2留は珍しいっすけど……公明正大をモットーとするマスコミ部のジャーナリストがそんな小さなこと気にしないっすよ? ……多分っすけど」


俺が行方不明となった際、捜索活動などではマスコミの人たちにも随分お世話になったと聞いている。まあ、おかしなニュースもたくさん流されたようだが……


「とにかくどうっすか? マスコミ部。入るっすよ」


「うーん。悪いがマスコミ部は遠慮しておくよ。それじゃ」


松田さんに小さく頭を下げると比呂は教室を後にする。


おかしなニュースを恨んでいるわけではないが、マスコミにはあまり深入りしない方が良い。なぜなら俺には秘密がある。警察の事情聴取にも隠し通した大きな秘密が……





帰り道。自宅の近くにさしかかった所で比呂は小さな鳴き声を耳にした。


「にゃーん……」


今にも消えそうな鳴き声を頼りにたどり着いた先。細い路地裏で1匹の白猫が路肩にうずくまっているのが見てとれた。


「にゃーん……」


車に跳ねられでもしたのか?

白い毛並みの下半身。お腹から下が赤黒く血に染まっていた。


「にゃーん……」


か細く声を上げる首元には、鈴のついた赤い首輪が見える。


飼い猫か……野良猫であれば助けたところで意味はないが……


周囲に人気がないことを確認した比呂は路肩にしゃがみ込むと、白猫の下半身、血でそまる下腹部に右手を触れた。


「癒せ。神の奇跡。メジャーヒーリング」


右手を前に怪しげに呟く比呂の姿。頭でもイカれたかと思われるだろうが……比呂の呟きと同時、その右手の平が金色の光を放ちだす。


白猫の折れた骨が、開放した傷が、潰れた内臓が光に包まれ修復されていく。


「にゃぅ!?」


金色の光が消失した後には、不思議そうに4本足で立ち上がる白猫の姿があった。


「治療完了だ。もう何ともないだろう?」


「にゃーん!」


自分の身体の無事に、目の前の男が治療したと気づいたのだろう。比呂の首元に飛びつくと、お礼のつもりかペロペロその顔を舐めはじめた。


「っと? 血まみれの身体で飛びつくんじゃない」


「にゃんにゃんにゃーん!」


本人に悪気はなく、お礼のつもりだろうから怒るわけにもいかない。


「まあ元気そうで何よりだが……浄化せよ。被服にまといつく塵芥。クリーニング」


続く比呂の言葉で白猫の身体、そして比呂の衣服に着いた血の汚れが、綺麗さっぱり消えてなくなる。


「やれやれ。まさか地球に戻っても魔法が使えるとはな……」


神隠し。何の痕跡もなく忽然と人が消え去る様を神の御業に例えての名づけであるが、この2年間に比呂が経験したのは、まさに神の御業としか思えない出来事であった。


おかげで比呂は奇跡の力。魔法を使えるようになったのだから。

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