【完結】 俺だけドラゴンブレスが使える異世界

ファンタスティック小説家

異世界転生

 自分のために生きればよかった。 

 最後に思ったことだった。

 さしたる痛みもなく俺の人生は幕を下ろした。


真鳥真人まとりまさとさん、あなたは死にました。過労死です。流石に店長ひとりでワンオペ22連勤はやりすぎでしたね」


 黒いスーツ姿の男はそういいながら紙面に万年筆を走らせる。


「30歳。早過ぎる死でしたね」

「……。質問をしてもいいですか」

「私に敬語を使う必要はありませんよ。あなたは死のフラストレーションをぶつけてもいいのです。それくらい可哀想な人生でした」

「あぁ、いや、これは気を使ってるとかじゃなくて、癖みたいなものです。もうずっと長いこと誰にたいしても敬語でした」


 タメ口を使えるほど、俺は立派な人間になれなかった。


「どこで間違えたんですかね、俺の人生」

「答えかねますね」

 

 俺は顔を覆い隠し、深くため息をついた。

 

「名前に真ってふたつ入ってるでしょう。真鳥真人まとりまさとって。親がよく真面目が一番って言ってたんです。疑わなかった。コンビニ店長として、真面目にやってきたのに。バイトが急に6人が同じ時期に退職したから、その埋め合わせをしようと頑張ってきたのに、新しいバイトが全然入ってこないから、ぅぅ、本部には何度言っても人手不足の一点張り、店舗責任者の管轄って……、ガソスタ併設されたるから、夜中になると怖い若者たちがミニ集会開いてるし……俺が、なにか、悪いことしたんです、かね、ぇ……」


 気がつけば涙が溢れていた。

 こんなことなら真面目ぶらず、もっと遊んでおけばよかった。

 仕事のしすぎで死んでしまうなんて馬鹿みたいだ。

 死ぬくらいなら、仕事なんか放り出して、逃げてしまえばよかった。

 たくさんの人に迷惑はかけるが、死ぬよりはずっとマシだったはずだ。


 あぁ、何もできなかった。

 何もやらずに終わってしまった。


 人生を振りかえる。


 本当は数学者になりたかった。

 偉大になりたかった。みんなに尊敬されたかった。

 人類の進歩の一翼を担って、歴史に名を刻みたかった。


 だから数学を専攻して、大学院まで出た。

 でも、就職先が見つからなくて……だから、高校生の頃からバイトで勤めていたコンビニで就職して、やべえ店舗に転属して、気がついたら数学の研究なんか何年も手がついてなくて……俺の人生なんだったんだ。


 何も達成できなかった。

 もっといくらでも幸せになれたはずなのに。


 真面目に生きたせいだ。

 忙しいだけで終わってしまった。


「天使さん、笑ってください、無様でしょう?」

「そうでもないです。あなたは評価点があります。次がある。転生ルートですね」

「……転生ルート?」

「輪廻転生です。それでやり直しができます」


 俺は顔をあげる。


「やり直し……?」

「ここではない次の世界でという意味ですが」

「もしかして、異世界転生、ってことですか?」

「そう呼ばれていますね。一般的には」


 ひたすら孤独を極めた学生時代。

 本は日常的に嗜んでいた。異世界への羨望はあった。

 やり直しできたらどれだけいいか。そう思って日々を生きていた。


「はは、すごい、凄すぎる、どんな論理がそこにあるというんです? これで論文を書いたら間違いなくノーベル賞ものですよ」

「次の世界にノーベル賞はありません」

「まあそうですよね……。そうだ、もしかして何かチートとか貰えるんですか」

「ふむ……評価点が微妙に足りませんね。転生、だけです」

「嘘でしょ。こんな悲惨な人生送ったのに、なにもないんですか? 評価方式に問題があるとしか思えません。抗議します」

「いいでしょう。あなたほど可哀想な人間は多くない。30歳で、童貞で、女の子と手を繋いだこともなく、そして童貞で死にました」


 3回くらい同じようなディスりされたのは気のせいじゃない。


「ミスター童貞の真鳥真人まとりまさとさん」

「二つ名の訂正を要求しても?」

「では、素人童貞の真鳥真人まとりまさとさん」


 それだと意味変わってきちゃいますね。


「私には情があります。ひとつだけチートをあげましょう。あなたは要領がいい人間ではないですが、賢い人です。それで今度の人生はうまくやれるはずです」

「ありがとうございます……ええと、お名前を聞いても?」

「では、私のことはミカエル・ガブリエル・ラファエルとお呼びください」

「欲張りすぎでは」


 小学生が考えた最強の天使かな。


「要望をお聞きします。どんな来世をお望みで」

「…………スローライフですかね」


 悩んだ末にそう言った。


「いいえ、本心は違いますね。美少女に囲まれてハーレムを築きたい。これが本心です。さあ声に出していってください」

「ち、違います。真面目にやってください! 俺は人生をかけて学者を目指した人間ですよ、だというのに今更そんな低俗な……希望なんて、あるわけ……」

「ふむ。では、なにが欲しいのですか」


 美少女ハーレム、確かに魅力的だが、そんなものはくだらない、人生は意味のあるものじゃないといけないはずだ、ましてや二度目の人生なら━━━━。


 激しい葛藤が俺を引き裂こうとする。


「では、不老不死とかはいかがですか」

「不老不死、ですか」

「ずいぶん悩んでいる様子。やりたいことがたくさんあるのでしょう。前世の分まで。時間がたくさんあればそれだけ成せることも多いでしょう」


 不老不死、無限の時間。

 つまり最強のチートでは。


「良いアイディアですね。じゃあ不老不死で」

「よいでしょう。ひとつ注意を。長い時間を生きると機微に疎くなりがちです」

「どういう意味ですか」

「鈍感になる、という意味ですね。他者の言葉に傷つかない、他人の視線を気にしなくなります。感情の希薄化、魂の摩耗とも言えるかもしれません。まわりと接して、新鮮な体験をすることを忘れないようにしてください」

「なんだそんなことですか、むしろメリットじゃないですか。二度目の人生、俺は真面目とは無縁の生き方を選びたいと思ってたので、他人を気にせず、ひとりで心穏やかにダラダラと暮らせるのならそれに越したことはないですよ。あぁそうだ、もし死にたくなったら死ねるオプション付きだと嬉しいです。漫画だと究極生物だとか不死身だとかになったせいで、死にたくても死ねない悲惨な敵とか出てくるじゃないですか。ああはなりたくないです」

「そのオプションなら元からついてますね。不老不死は不死身ではないです。外的要因では普通に死にます。ただ寿命がないというだけなのです」

「なるほど。事前に教えてもらってよかったです。プランとしては不老不死を利用して、前世でできなかったことしつつ、スローライフしたいですね。魔術とかゆったり勉強しつつ、偉い学者になって、ほどほどに世の中の役に立って、みたいな」

「スローライフ。では、転生場所も配慮しましょう。のどかな春の大地に」

「本当ですか? 至れり尽くせりじゃないですか」

「あなたは可哀想な人間なので、真鳥さん」


 同情されてるなぁ。


「ほかに要望は? ないようですね。これで手続きは完了です」


 スーツの男は万年筆を素早く走らせ、ぴっと書類を完成させた。


「二度目の人生、悔いのないように」


 視界が白い光に包まれていく。

 二度目の人生、か。まさかこんなチャンスが来るなんて。

 

 過労死なんて馬鹿なことはもうごめんだ。

 今度は誰のためでもない。

 自分のためだけに生きよう。

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