また来るよ
きつね月
第1話
夏みたいに暑い春。
桜は散り、蝉も泣かず、梅雨もまだ。
そんな風にぽっかり穴の空いた季節のこと。
「……」
始発から電車を乗り継いで、私は昔住んでいた町に向かっていた。
田園、山、川、古ぼけた電灯、踏み切り、青い空に浮かぶ、一筆書のようなすじ雲――なんだか全てがひどく遠くに感じられるような、現実と記憶の境界が曖昧になるような景色が電車の窓から見えている。
「……」
大人になった今でも定期的にこうして帰っている。
でも別に里帰りというわけではない。
この町に住んでいたのは中学校に通っていた間だけのことで、当時住んでいたアパートもすでに取り壊されているし、通っていた学校に縁もない。
それでもこうして帰ってきた気がしてしまうのは、私の心をそこに置いたままにしてあるからだろう。
「……」
駅についたので電車を降りる。
白い壁を基調にデザインされた新しい駅舎。改修されたのは五年ほど前のことだったと思うけど、未だに見慣れない。
近くのスーパーマーケットで花を一本だけ買って、自動販売機で飲み物も買って、駅のロータリーからバスに乗る。三十分ほどそれに揺られていると目的の場所に着く。
まるで周りの空気までが眠りについているかのように、穏やかで静かな霊園。
舗装された坂道を上って、彼女のお墓にたどり着く。と、そこに誰もいないのを確認してちょっと安心する。
「……」
――墓参り。
一般的に言えばそういうことになるんだろうし、そうじゃないならなんなのかと訊かれたら、答えることはできない。
それでもそう思えないのは、私の心もその日に置いてきてしまったからだろう。
「……」
あれからもう十三年も経っている。
当時中学生だった私も二十七歳になり、取り壊されてしまったアパートとか、やたらと綺麗になった駅とか、大人みたいな私の見た目とか、暗い土のなかにいる彼女のこととか、変わっていったこともある。
それでも、なにも変わらない。
外見が変わってもその中身は、現実と記憶が混ざったまま、あの日となにも変わっていない。
私はひとつ深呼吸をして、目を閉じた。
そして目を開くと、彼女がそこにいた。
「……ねえ、また来ちゃったよ」
私が言うと、自分のお墓の上に座った彼女は笑って、
『お帰り』
と言った。
なにも変わらない制服姿の、あの日のままの笑顔で。
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