【メイド喫茶】
「こないだメイド喫茶行ったんだ」
「へえ、珍しい」
「意外とね、雰囲気暗かった」
「え、暗い?」
「お通夜みたいだったよ。まだ来るなって言われたし」
「変な店だな」
「でも、お土産にってこれ貰った」
「……冥土の土産って書いてる」
「生気の無い人が沢山いたわ」
「お前それ
「あ~、メイド違いだったか」
「メイド違いだったか、じゃないんだよなあ」
「言われてみればみんなゾンビみたいだった」
「そりゃ雰囲気お通夜だよ」
「いやでも、店員さんたち可愛かったよ? ちゃんとメイド服着てた」
「そこは腐ってもメイドなのな」
「っていうか、このお土産美味しい。三途の川渡って行った甲斐が有ったわ」
「渡っちゃったのかよ! ってか、どこにあったの三途の川!?」
「川の向こうにメイド喫茶があるって聞いたのよ。それで川を渡ろうとしたら、気付いたら三途の川を渡ってたんだ」
「橋渡れ。溺れちゃってるからそれ。よく生きて帰ってきたな!」
「いや、文豪みたいな人に誘われてさ。一緒に逝ってくれませんか、って」
「多分それ太宰治のファンだろ。「いく」の解釈間違ってるからな、お前」
「その人も冥土喫茶に一緒に行ったよ。店員さんを口説いてた。キスしてあげよう、って」
「太宰治のファンだわ」
「そしたら出禁になって、一緒にこっちに戻ってきた」
「太宰治のファンが過ぎるだろ。綺麗に自殺未遂じゃねえか」
「戻ってきてすぐに、「薬を買いに行かないと」って、どこかに歩いて行ったよ」
「人間失格だな」
「俺は、激怒した」
「……ん、どうした? どうして急にメロスになった?」
「薬くらい、俺が買いに行ってやる。いや、なんで行かせないのか、って」
「行くな。行っちゃだめだから。多分その人にクスリ渡すのだめだから」
「お前まで言うのか? いや、その人が言うにはな、薬を買って欲しいって言っても誰も買ってくれないんだと。おかげで人間不信になったって」
「理不尽だろ! 薬物中毒だからだよそいつが!」
「いやいや。関係ないね。俺は、彼に人を疑うことは恥ずかしいことだって教えてやるために、薬を買いに行くことに決めたんだよ!」
「なんで邪知暴虐の王と羊飼いの話になってんの!? 走れメロス過ぎるだろ!」
「そして俺は薬局に急いだ。とりあえず、あらゆる薬物を買うことにした。エコバッグが一杯になるほどに」
「さりげなく環境にやさしいなお前」
「するとどうしたものか、薬局の店員さんは怪しむような目で俺を見てきたよ」
「そりゃあ、突然エコバッグ一杯に薬はちょっと怪しいかもな」
「俺は、お客さんを信じて誠心誠意勤めるように伝えたんだ」
「それお前、妹に夫を信じるように言う羊飼いだろ。しっかりメロス踏襲してんじゃねえか」
「すると、店員さんは別れを惜しむようにして俺を見送ってくれた」
「店員さんまで太宰ファンなのか? メロスに侵されてるのか?」
「それから大急ぎで依頼人のところまで走った。途中、川が洪水になっていたり、途中で色んな人が俺を襲ってきて大変だった」
「色んな人?」
「みんな、「モルヒネ、モルヒネ~」って、俺にたかってくるんだよ」
「多分みんな太宰ファンだ。原作ではそこは山賊なんだけどな。……洪水も、多人数に襲われるのもメロスなんだよ」
「でな、俺はいくらか薬を奪われて、意気消沈した。いっそのこと、依頼人のことを裏切って逃げ出そうかとすら思ったよ」
「最初から断れ。この場合は話が違う!」
「でもな、近くの公園の、ぴゅーって水が出るヤツで水分補給したら、疲労回復とともに義務遂行の気力が復活し、再度走り出した」
「なんなんだその一帯の地域。なに、太宰治の怨霊か何かが悪さでもしてるの? なんでメロスってるの!? ……まあいい。いっそのこと頑張れ。あと少しだ」
「俺はボロボロの身体に鞭打って走り、ようやく目的地までたどり着いた。そしたら、今まさに警察に捕まりかけている依頼人の姿があった」
「今まさに磔刑に処されようとしているセリヌンティウスだな」
「俺は薬の入ったエコバッグを掲げ、大声で言った。「クスリ、買ってきましたよ~!」って」
「これ以上ないほどに最高のタイミングで薬物中毒の証拠を突きつけたな」
「なのに、あの人……「おまわりさん、ヤク中なのはあの人です」って言って、俺に全部被せて逃げていった」
「人間失格だな」
「それから俺は警察に事情聴取され、太宰治ファンの皆で走れメロスと人間失格の融合した、新時代の演劇の練習をしていたと言ったら解放してくれた」
「おまわりさんガバガバじゃねーか!」
「はー。おかげで俺もすっかり人間不信だよ」
「大変だったんだな」
談笑する彼らの前に、突然、全裸の男性が。
「あ、あの……」
「あ、あなたはクスリの人!」
「待って。体型がどちらかというと多分メロスなんだけど、なんで全裸?」
「この間はすみませんでした。あなたに人間不信になって欲しく無くて、衣服が破けるのも無視して走ってきました。私をぶってください」
「いえ、それを言ったら私もです。私も、あなたのことを疑ってしまいました。なので、お互い様です」
「もう登場人物ぐちゃぐちゃじゃねーか! そしてこっちをちらちら見るな。俺は仲間に加えてはくれまいか、とか言わないからな!」
「おお、あなたも太宰ファンでしたか!」
「違う!」
「あの、クスリの方。すみませんが……服着てもらっていいですか……?」
「お前はなんで顔赤らめてんだよ!」
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