【幽霊部員】
「お前、新歓コンパ行く?」
部活仲間にたずねられた。
「は? 何のことだ」
「声かけられてないのか?」
「聞いてないぞ、そんな話」
「さては部活サボり過ぎて、美人マネージャーからも忘れられてるんじゃね?」
「……ちょっと待ってくれ」
「ん?」
「ウチの部にはマネージャーなんていないぞ?」
***
「俺、確かに会ったぞ」
僕が掛け持ちするテニス部の同級生、タケルが言う。
やけに久しぶりに現れたかと思えば、開口一番に妙なことを言い出した。
「確かに、この目で見たし声も聴いた」
美人な女子マネージャーに、新入生歓迎コンパに誘われたのだと。
大学入学から3か月、いよいよ楽しみにしていた歓迎会に行けるのだ、と。
「繰り返すが、テニス部にマネージャーなんていない。女に飢え過ぎて、妄想でもしたのでは?」
「まさか。ツヨシじゃあるまいし」
ひどいことを言われてしまった。
彼が「妄想」とバカにしているのは、僕が以前話した「能力」のことだろう。
「言っておくが、死者を見ることができるのは本当だぞ」
「でもさ。現世をさまよう死者と実際に生きている人間、見分けがつかないんだろう?」
「それはそうだが」
そこを突かれると返す言葉は無い。
だが、実際に確認は取れている。
普通に会話していた人間が、実は死者だったことはざらにあった。大抵は後から事実を知ったり、会話している時に「誰と話しているのか」と心配されて気付くことが多い。
「まあ、その能力の真偽はさておき。地下アイドルに尽くすというのも酷い妄想劇とそう変わらない気がするけどな」
「ふん。放っておけ」
僕にはありすたんという最推しのアイドルがいる。人はみな「どこがいいのか?」「どうせ流行らんぞ」とうるさく口出しをするのだ。
彼女の本当の魅力は、僕だけが知っていればそれで良い。故に気にすることも無いのだけれど。
「見返りなど求めていない。彼女を推せればそれでよい」
「はいはい、楽しそうで何より」
タケルは呆れ気味に言う。まったく失礼な奴だ。
「話を戻すが、その美人マネージャーの話。妄想で片付けるにしても証拠が欲しいな」
いくら僕がさほどテニス部に行っていないのだとしても、新入部員の存在を知らない程、参加率が低い訳ではない。
むしろ最近来ていなかったのはタケルの方なのだが。
「そうだぞ。妄想にしてはリアルだった」
当の本人はこの調子である。
もしかすると、コレはアレかもしれない。
「……タケル。とりあえず、僕と一緒に来てくれ」
できればその可能性はハズレであってほしいけれど。
***
「お邪魔しまーす。おお、意外と広いんだな」
タケルを連れ、僕が掛け持ちしている怪異研究会の部室を訪れた。
他の部員も数名いたが、こちらを
「……何と言うか、暗いな」
タケルは憚ることも無く言ったが、その言葉に反応する者は居ない。
「まあ、そう言わないでくれ。みんないい奴なんだよ」
「そうなのか? まあ、みんなツヨシみたいなヤツだと思えば良いのかな」
「そんな感じ」
タケルの言う通り、僕のような人間ばかりだ。……多少の違いはあるが。
故に理解があるし、寛容である。
「オカルト趣味の奴らって変な奴らだとばかり思っていたが」
「変な奴って言うのは否定できないかもな」
「ははっ」
小気味よい会話をしていても、誰も彼もこちらを振り向くことは無い。
「あっ、ツヨシくん!」
部室の奥から僕に声をかけてきたのは。
「ありすたん!」「あれ、女子マネージャー?」
僕の最推しアイドル兼、怪異研究会会長、ありすたんだ。彼女は地下アイドルとしての活動をしながら、裏ではここで怪異の研究に勤しんでいる。
タケルの反応を見るに、僕の予想は当たった。彼がテニス部の美人な女子マネージャーと思っていたのは彼女だったし、もう一つの予想も残念ながらアタリだろう。
「あら、こないだ声かけた子じゃん」
「やはりタケルに声をかけたのはありすたんでしたか」
僕と彼女の会話に、タケルはきょとんとした。
「どういうことですか?」
「タケルに声をかけたのは、ありすたんだったんだ」
「でも、俺、テニス部しか入ってないし、怪異研究会の新入生歓迎会に誘われる覚えとか無いから、てっきりテニス部の新歓かと思ってたんだけど……」
「ごめんね。確かに、歓迎会のお誘いはしたよ。君、楽しみにしていたものね」
「? 確かに、俺は新入生歓迎会を楽しみにしていましたけど」
僕はタケルとありすたんの会話を静かに聞いていた。
「でも、なんでそれを知っているんですか?」
タケルは不思議そうな表情でありすたんに問いかける。
彼は何も知らない。まだ何にも気付いていないのだ。
「落ち着いて聞いて欲しいの。……ツヨシくんも、大丈夫?」
「……ええ。心の準備は、していましたから」
準備は、できていた。
ショックを受け入れる準備は。
「どうした、ツヨシまで。一体何の話なんだ?」
困惑するタケルに、優しい声音で残酷な真実が告げられる。
「鈴木タケルさん。――あなたはもう、亡くなっているの」
***
鈴木タケル。
数週間前から顔を見なくなった、僕の友人。
テニス部に所属していて、新入生歓迎会を楽しみにするような、人が好きないいヤツだった。
そんな彼は久しぶりに僕の前に顔を表したかと思えば、美人女子マネージャーから新入生歓迎会の誘いは受けたか、と突拍子もないことを言い出した。
最初に否定したとおり、テニス部にマネージャーなんていない。
「それを聞いて、思い至ったのね」
「はい」
墓石の前で僕とありすたんは言葉を交わす。
引き寄せで納骨を済ませたらしく、既にツヨシの遺骨はここにある。
「死者の過去と現在を見通せるあなたなら、ツヨシを
ありすたんはタケルの最期に、歓迎会に代わる想い出を作って成仏させようとしていた。
タケルが成仏できない理由として、歓迎会に未練があると踏んだのだ。
「ずいぶんと信頼してくれているのね」
僕と同じく、彼女も異能者だ。
死者を視認できる上に、それが死者だと認識できる。
更には死者の過去、現在、そして素性や
彼女の能力は、言ってしまえば僕の上位互換だ。
「彼、四週間前に交通事故で亡くなっていたみたい」
しかしながら大学の友人――例えば僕に、その訃報が届くことは無かった。
タケルの両親は僕らの連絡先などを知る由もなく、タケルも交友関係について彼の両親に語ることはほとんど無かったのだという。
故に大学の然るべき機関にのみ通知され、現在に至る。
「まあでも、お別れができて良かったです」
「そう」
部室で真実を告げた日、タケルは特段驚くことも無く、己の死を自覚して逝った。
『今までありがとう』
それが彼の最期の言葉だった。
「向こうで歓迎会されてますかね」
「されてるわよ、きっと」
先日お供えしたという、ビール缶を指して言った。
「少なくとも6本は置いといたんだけど、きっとあの世に持って行って、他の人たちと飲み会でもしたんじゃないかしら。さすがにあの世の様子までは
その言葉を聞いて、救われるのは僕なんだ。
こんな風に何の気なしに誰かを救っていく。
「……ありがとうございます」
彼女のそういうところが、僕は好きだ。
だからこれからも、僕は彼女を推していくだろう。
「私たちも弔い酒と行っちゃいますか?」
ありすたんの言葉を合図に、僕らはゆっくりとタケルの墓から離れていく。
「ははは。良いですねそれ」
不思議と空になっていたビール缶を
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