あべこべ世界で起業します!

ワナワナ

第1話 ガール・ミーツ・ボーイ

「つかみ取りなさい。自らの手で。」


 その言葉が頭にこびりついている。未だに貰ったものすら分からない。そして今、どこにいるかも分からない。


 "新氷河期世代"俺たちはひとまとめにそう呼ばれた。20xx年に米国株が暴落して、世界中が終わりの見えない不景気になった。日本も未曾有の円安と株価の低迷、貿易赤字にあえいでいた。そして俺は大学生で、これから絶対に採用されないであろう面接に向かう途中だったはずだ。


 辺りを見渡しても別に中世ヨーロッパ風異世界ではない。都会だ。ただ標識に書いてある文字がおかしい。


"樺太 豊原市"


 ここはどこなんだ?ジオゲッサーは無理ゲーだと思い。スマートフォンを取り出そうとして気づいた。俺は何も持っていなかった。流石に無一文で帰るのは無理だろう。俺は近くの交番に行くことにした。


「すいません、財布を落としたみたいでお金を貸してくれませんか?帰らないと行けなくて。」


 何故か自分の声が高い気がした。それにいつもより、世界が低く感じる。


「……待て、そもそも何故、男の子がこんな所に出歩いているのよ?」


「男の子?俺は大学生で……。」


「……何を言っているの?」


 ?やはり何かがおかしい。それからしばらく会話してもどこか噛み合わない。何かが根本的に違う。


「…………単刀直入に尋ねましょう。ここがどこか分かるかな?」


「いえ……。」


「無戸籍しかも男の子、おまけに何も知らない……。心配しないで。これは特別保護案件に該当するから。」



 それからは衝撃の連続だった。何と言っても大きいのは男女比が異なることだ。おおよそ1:50……いかれてる。次に日本も違っていた。この世界での名前は日本連邦。おおよそ同じ歴史だが、樺太州と台湾州を有している。


 そして俺は保護された。推定年齢は五歳……。若返り過ぎている。現在は警護官という不思議な職業を名乗るメイドさんと一緒に食事をしている。海鮮丼が思ったよりも豪華で嬉しかった。部屋は洗練された和風の内装で、窓からは庭園が広がっている。和紙の障子が陽の光を柔らかく拡散させ、穏やかな雰囲気を漂わせている。


「まずは自己紹介からしましょう。私は神野風華かんのふうかです。」


「俺は篠宮悠月しのみやゆずき。」


 神野さんは微笑みながら手を伸ばし、俺と握手をした。その手は柔らかく、温かさが伝わってくる。彼女は真摯な眼差しでこちらを見つめている。


「さて篠宮様、とりあえず現状は確認していただけますか?」


「……今は何年だ?」


「1989年1月8日です。今度はこちらが質問する番です。お母様はどこですか?住所は言えますか?」


「……どっちも日本国の東京。しかも20xx年だ。」


「ここは日本連邦ですよ。」


 俺と神野さんは互いに肩をすくめる。どうにもならない。何度説明しても信じてもらえないのだから。


「……とりあえず不明にしておきます。大事なのはこれからですから。」


 それにしても美人だ。彼女の瞳は蒼く、深い海のように神秘的で、その白銀の髪は日本ではめったに見かけないもので、本当に日本人なのか疑ってしまう。顔立ちは東洋と西洋の特徴を併せ持ち、高い鼻梁と、細長いまつげが印象的で、どこか異国情緒を感じさせる。肌は色白で、まるで雪のように透き通って見える。


「神野さんは本当に日本人なのか?」


「ええ。本邦で生まれました。ただご先祖様はロシア人の血を引いているとは聞きました。」


「だから綺麗なのか。」


「……ふぇ?……何でもないです。お世辞は良いですよ。」


「これから特別保護費用っていうのが貰えるんだよな?」


「ええ、大体普通車が一台買える程度ですが。」


「それは多いな……。」


「樺太州は少ない方です。関東州ならスポーツカーが買えますよ。」


「この家にはいつまで住める?」


「あなたが望むならいつまでも。引っ越ししたいなら毎月生活費用が貰えるのでそこから貯めましょう。」


「至れり尽くせりだな。」


「そうですか?普通の男性は足りないと言いますよ。」


「さて真面目な質問です。」


 急に彼女の雰囲気が変わるのを感じる。


「これからどうなさいますか?」


「俺が本当に5歳なら幼稚園か?」


「一般的には必要ありません。」


「学校は?」


「普通は行かなくても構いません。」


「仕事は?」


「金銭的な問題はありません。」


「……なんのために生きればいい?」


「結婚のために。」


 ……この言葉でやっと、この世界のルールがわかった気がする。男にはそれしか求められていないのだと。


「神野さんとってことか?」


 俺がその言葉を言うと彼女は頬を赤く染めて驚いて……しばらく押し黙った。


「はいっ?…………別にそういうわけではないです。もう少し大きくなってから、同じことが言えるなら良いですよ。」


 早口で大人な対応だった。気まずくなりそうだったから俺は話を変える。


「所で神野さんは何歳?」


「……15ですよ。これでも史上最年少の警護官なんです。」


「なら俺の方が歳上だな。」


「その身長で言われても……。」


 それにしても、突然目標がなくなってしまった。そして立場も随分と弱くなった。今の俺は誰かの庇護下になければ死ぬだろう。どうすればこの状況を打破できるだろう?


「何かしたいことはありますか?」


「……強くなりたい。時代に負けないように。」


 認めよう。俺はこの世界に来てしまった。でもあんな未来を待つのは御免だ。


「えっ?もっとこう子供らしいものというか……。」


「とにかく本をたくさん持ってきてくれ。この世界を知らないと勝てない。」


「何に勝つつもりですか?」


「時代に。」


 本当に1989年ならどこかにチャンスがあるはずだ。


「では、明日にでも図書館に行きましょう。」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


とても簡単な用語解説


樺太州…現在のロシアサハリン島、主要産業は石油や天然ガスなどのエネルギー産業。

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