流されていく先で(3)

「え、……割れない、って」


 僕は拍子抜けて銃を下ろす。師階田は手をピストルの形にして「夢の世界じゃ銃は意味がないんだ」と言った。


「銃については数人の夢見が研究してるらしいんだけど、この世界で上手く扱えない理由はまだわかってないんだ。この世界での攻撃って、距離ができると威力が一気に減衰するの。……攻撃というのが、自分の認識を他の認識に干渉させる行為だから自己の認識が弱まる飛び道具は威力が下がるんだとか、世界中の人間の中で、銃の威力をちゃんと認識できている人間が少ないからだとか、色々仮説はあるんだけどね」


 師階田が何か解説をしていたが、後半はほとんど聞いていなかった。銃が駄目だとわかったのが少しショックだった。それでは僕は、下手な剣術でこれから先の人生、眠るたびに怯えていかなければならないのか。

 師階田はため息とともにもう一度ペンを走らせる。さらさらと描かれていったのは一本の西洋剣。僕の持っているのと同じような形だ。


「昔、私も九空埜くんと同じように銃の活用を思いついて試行錯誤したよ。だから残念に思う気持ちも分かる。でも、私たちはこの世界に招かれた以上、順応して生き抜いていくしかない。……自衛能力に不安があるなら、お姉さんが少し手ほどきしてあげるよ」


「手ほどきって……」


 嫌な予感がする。染石が言っていた方法は何だっけ。現実で鍛えるのとそう変わらないような方法じゃなかったか。師階田が絵から取り出した西洋剣の白い刃が厭に目につく。


「極限状態で身体を動かして、自身のイメージを認識しながらそれを拡張していく訓練。早い話が試合だね」


「え、いや、その……」


 やっぱりそういう類いか……!

 師階田がゆっくりと上段に剣を構えた。


「君は他の夢見初心者たちと違って良い歳でしょ。ちょっとは根性見せて――」


 彼女は足を踏み出してくる。しっかりと体重の乗った動き。来る。


「――みようか!」


「うわっ!」


 僕は剣を横にして師階田の剣をかろうじて受け止める。上段からの振り下ろしだ。それから慌てて後ずさる。

 衝撃で手がしびれる。こんな打ち合いしてたら握力も麻痺して剣を持てなくなってしまう!


「そんなんだとすぐに死んじゃうよ!」


 その勢いに乗せるかのように一喝する声。逃げる僕の引き足に、師階田は踏み込む追い足。人間は前に歩くように出来ているんだ。逃げ切れるはずもない!

 僕が思った通り、三秒もしないうちに追いつかれ、彼女の刃は僕の首筋を撫でるようにして寸止めされていた。


「ひっ」


 僕の小さな悲鳴は彼女に届いていただろうか。師階田は剣を引くと、背中を見せて三歩。そして再度振り返り僕に向き直る。


「よし。次、行くよ」


「ちょっと待ってください!」


 冗談じゃない。今のチャンバラ相当怖かった。染石いわく、夢の世界であったって死ねば現実世界で心に影響があるのだろう。首筋スレスレのやり取りなんて何度も繰り返していたらいつか手を滑らせてしまうに違いない。その場合の僕の心への影響は誰が責任を取ってくれるというのだ。

 少なくとも、目の前の女性はそんなことをしてくれるようには見えない。


「というか……」


 そもそも、この人強すぎやしないだろうか。初めてこの共有夢というものに入り込んだあの日あの時、僕は犬コウモリに襲われている彼女を助けるために危険を承知で動いたというのに、その必要もなかったように思えてくる。

 染石もこの人に鍛えられたのだろうか。彼女の強さの秘訣を紐解けた気がする。


「きい姉~。……と、あれ」


 剣を再度構えることすらまだ出来ていないくらい状況に身体がついていけていないというのに、師階田とはまた別の女性の声が聞こえてきた。間延びしたような調子だったのが、途中から興味深そうに変化。後ろから聞こえてくる声なのに、声の主が僕のことを見つけたのだとわかる。

 僕はためらいながらも後ろをチラリ。校門から元気の良さそうな女の子が一人……染石が僕の方を見ながら向かってきていた。ばっちりと目が合い、それから今日の『お誘い』のことを思い出す。色よい返事もせずに保留としていたことまで思い当たると、気まずい思いまで芋づる式に引っ張られて出てきた。


「ほほおう」


 わざとらしく染石が顎へ手を当てる。


「きい姉が剣を持っていて、九空埜もばっちり剣を持っている、と」


 僕は思わず目を逸らす。だけど逸らした先へ染石はわざわざ足を進めて僕を覗き込む。


「これは何だろ。戦っているようには見えないし、一見剣の練習しているようだけど。おかしいなあ。私が誘った時ははぐらかされちゃった気がするんだよなあ」


 なんという白々しい語り口だ。

 きっと僕は苦虫奥歯な顔をしているのだろう。染石が目を細めて意地悪に笑みを浮かべているからよく分かる。

 何も言えないでいる僕と、「ふうん」「へええ」を繰り返す染石。居心地の悪さに、ついぞ僕が自死をしてでも目を覚ましたいな、などと思い始めた所へ割ってきたのは師階田。


「りっちゃん。そのくらいにしてあげたら?」


 もっと早く切り込んでくれと半分思いつつ、半分は感謝。すがるように師階田の方へ視線をやると、つまらなさそうな声が染石方面からやってくる。


「はーい。……でもさ、その代わりに」


 一瞬安堵したのに、セリフの後半を聞いて嫌な予感。ほぼ同時に鍔鳴りの音。続いて鞘を滑る刀の音。音だけでも充分だが、おろおろと彼女の方へ視覚も向けると嫌な予感は確信へと、これもまた変化した。


「私の練習にも付き合って欲しいな~」


 ついでに聴覚も確信を後押ししてくれた。



「ひどい目にあった……!」


 僕は寝汗にまみれた状態で、自室で目を覚ました。

 昔、怖い夢を見たという友人が語っていた。『悪夢から起きた時、安心するんだ』と。まさにその通りである。当時の僕はウロの夢を見るばかりだったから全く理解できない感情だった。

 今なら分かる。夢だろうがなんだろうが、怖い思いをしたあとに辿り着く自室というものは、例え引っ越したばかりの僕であっても強い安堵を感じるものなのだ。

 僕は上体を起こしてから思い切り空気を吸い込んで、大きなため息を吐いた。


「くそ。染石、容赦なかったな」


 そう。師階田にいじめられていたところに後から合流してきた染石の『練習』とやらは全然優しいものではなかった。ロクな手ほどきもなく、直ぐ様チャンバラ大会の開催である。……大会と言っても、まともにやりあっているのは師階田と染石だけだったが。

 僕は逃げ回ったり、たまに受け止めたりで精一杯で、極稀に勇気を出して自分から斬りかかっても二人には掠りすらしなかった。


「途中で切り上げてくれてよかった」


 ひとしきりの『練習』のあと、彼女らはどこかへ去っていった。学校の周辺を回って夢魔が出ていないかを確認するとのたまっていた。そういえば、最初に会ったときもそうだったっけ。


「『淀み』を探してるのか」


 彼女らが今、夢魔の源たる『淀み』を探しているというのは染石から聞いている。昨夜のチャンバラ大会の終わりに再び話を振られるかとばかり思って緊張していたが、肩透かし。特にそんなことはなかった。

 僕の保留がとけるまで待ってくれているということか。それともチャンバラ大会で実力に難ありと見捨てられたか。案外、後者であったほうが心持ちは穏やかで在れそうだ。


「……結局、流されてばっかりだな」


 そんなことを呟きながら僕は枕元のスマホを手に取る。画面に表示されている数字を眺めてから小さなため息をついた。

 言っているそばから状況に流されてしまうようだけれど、時間はもう登校準備を始めたほうが良いと急かしてきている。さっさと学校へ行こう。

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