流されていく先で(2)
夜になり、電気を消してから布団に入って二度瞬きをすると、自室に立っていた。身につけているものはいつもの寝巻き。窓から外の様子を伺って気がつく。晴れた青空と星空の重なった幻想的な光景。共有夢だ。
乙百につきあって身体を動かしたせいで寝付きがよかったんだろう。布団に潜り込んでからの記憶がほとんど無い。いつもだったらスマホでネットサーフィンしてるのに。
僕は今日も冷蔵庫からペットボトルを取り出して『メモリ化』で腕時計にしまい込む。すでに師階田(しがいた)の作ってくれた西洋剣は入っているが、腕時計の容量にはどうやらまだ空きがあるらしい。
「行こうかな……学校」
自室にいたってやることもない。剣があればなんとか夢魔とも戦えることは今日の昼の数学の居眠り時間で理解できた。であれば、師階田に会っておきたいと思った。この夢の世界で生き抜いていくためのお願い事をしたいからだ。以前、学校周辺にいると言っていたし、運が良ければまた会えるはず。
鍵もかけずにアパートの部屋を出た僕は、通学路を通って駅まで歩き、それから線路の上を歩いて維目(いめ)駅へ。ひと気のないバスロータリーを横目に道を進んでいくと、夢魔に出くわすこともなく、すんなりと維目高校まで辿り着いた。
とりあえず校内に入ろうと昇降口を目指す。校門から昇降口までの道をたどりながら、僕は犬コウモリとの戦いのことを思い出していた。
「……ちょうどここだったっけ」
僕がメモリ化で靴に仕舞っていた石を打ち出して攻撃をしたのも、その後現れた染石が颯爽と日本刀で夢魔を葬ったのも。
本当に、訓練すれば染石のように動けるのだろうか。
僕は足を止め、腕時計から西洋剣を取り出した。まっすぐ構えてみようとしたものの、確かな重みを覚えて剣先が下がってしまう。昼に仮面の騎士と戦ったときも、夢中になっていたせいで気づかなかっただけで、同じように崩れた構えになっていたのかもしれないと思った。
試しに剣を振り上げる。刀身の重量によって重心が傾き、後ろに倒れそうになった。慌てて後ろに出した右足が何とも情けない。
「はあ」
僕はため息をついて剣を下ろす。振り下ろすのではなく、力なく下げた。到底、染石のように戦える気がしない。……変に勘違いして彼女の誘いを受けないでよかった。
「あれ?」
背後から声。驚いて振り向く。セミショートのハネた黒い髪の女性が校門に寄りかかって腕組み。僕の方を見て微笑んでいた。
「やめちゃうの、練習」
そう言ってからその女性……師階田は片手を上げて振ってくる。「や。昨日ぶり」と、僕に近づいて来ながら挨拶をしてきたので、僕も小さな会釈でこたえた。
「……練習してるわけじゃ、なかったんですけどね」
断りを入れつつ、僕は恥ずかしいような気持ちになった。剣を振るのではなく、剣に振らされていると言わんばかりの状況を見られてしまったのだ。どうも格好がつかない。
耳が熱くなるような感覚を覚えながら、僕はそれでも少し喜ぶ。こんなにすぐに師階田に出会えるとは思わなかった。ラッキーだ。
「師階田さん。僕、今日の昼に学校で夢魔と戦いました」
「……へえ。九空埜くん、マジメそうなのに授業中に居眠りかい?」
「あはは……」
苦笑する。僕が今日の昼、染石に言ったものと似たような言葉が返ってきた。因果応報である。
「今日出てきた夢魔は動きが遅かったので、まだ何とかなったように思います。ですが、昨日みたいなのだと、多分勝てない……」
「あー。あの犬の生首ね。確かにさっきの君の動きだとちょっと厳しそうだ」
彼女はそう言うが、『ちょっと』どころのお話ではないのは僕も自分で理解している。だからこそ、僕は彼女と会いたいと思っていたのだ。
「これから先、僕は眠る度にこの『共有夢』に来ることになるんですよね」
「そうなるね。私の知る限りだけど、一度夢見になった後で力を失った事例は聞いたことがないから」
「だとしたら、僕はこれからも多かれ少なかれ夢魔と渡り合っていくことになるんだと思います。だから……戦うための武器が欲しいんです」
「君の右手の剣(それ)じゃ、不足かな?」
師階田は小首をかしげる。僕はその質問を意識的に無視して続ける。
「今日、染石の日本刀も師階田さんの持つ『筆術師』で作ったものだと聞きました。この剣と同じく」
右手にある西洋剣。重たくて、僕が振るうには、僕の力が足りない。
「あなたは描いたものを具現化できる能力を持っているんですよね。その能力を見込んで、お願いがあります」
力が足りなくて、技倆もない人間でも手っ取り早く強くなれる方法があるじゃないか。
「銃を出してもらえませんか」
そう。火器だ。アサルトライフルでもピストルでも良い。あんまり銃器に詳しくないからわからないけど、それでも技倆のない僕が鉄の棒切を振り回すよりも絶対にマシだというのはわかる。
すると師階田は「良いよ」と簡単にうなずいた。あまりにもすんなりと承諾されたので少し肩透かしを食った気持ちでいると、彼女は懐から取り出したペンでさらさらと空中に線を描き始める。詳しくない僕にも伝わるほど、ディテールの細かい線画がどんどん組み上がっていく。その動きに見とれているうちに、手のひらから溢れ出るくらいの大きさのハンドガンが一丁完成していた。
仕上げに彼女がその銃の取手をつかんで引き抜くと、重々しい黒鉄の塊がひとつ。それを僕に差し向けて彼女は笑う。
「はい、どうぞ。これで良いかな?」
僕は小さく「ありがとうございます」とお礼を言って受け取った。想像よりもずしりと重たい。ひんやりしていて、握る手の熱も飲み込まれていってしまいそうだ。
こんなに簡単に銃が手に入ってしまった。でも、これならば夢魔に怯えることもない。後は銃弾も貰えれば。
僕が思っていることを察してか、師階田は「それが気に入ったら弾は後で好きなだけ描いてあげるよ」とペンをゆらゆら。それからそのペンで高校の昇降口を指し示した。
「まずは試し撃ちでもしてみたら」
試し撃ちの的として学校を提示してくるとは、中々挑戦的だな。でもこれも、夢だからこそ出来ることか。
うなずいて、僕は昇降口へ向かって銃を構える。片目をつぶって狙いなど定めてみる。銃の構え方が正しいのかもわからない。まあ、後で調べて練習すれば良い。時間はたくさんあるんだ。
なんだか緊張してきた。息を整えて唾液を飲み込む。人差し指を引き金に当てて、ゆっくり力を込めていく。すると僕の横でこらえきれなくなったような笑い声。師階田が口元を抑えながら目を細めていた。
「ごめんごめん。あんまり真剣だったから……。意地悪して悪かったけど、それ、ガラス一枚割れないと思うよ」
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