共有夢(3)

「え?」


 師階田(しがいた)が今しがた言った言葉。僕のメモリ化に気づいたのだろうか。僕は身構える。彼女は視線を逸らさない。


「とぼけなくてもいいよ。最後に当てた石、靴から出してたよね?」


「あ……。これは」


 真面目にメモリ化の能力のことを説明しようとしてから、踏みとどまった。所詮夢だ。何をそこまで真剣に話すことがあるだろう。これまでウロの夢みたいな味気のない夢ばかりみていたから、自分でも知らないうちにはしゃいでしまっているのかもしれない。

 僕がまごついていると、何かを察したように師階田は眉をひそめる。ついでに、その少し下がった目尻が印象的な眼も細めた。


「まさかと思うけど。君、『この場所』に来るの初めて?」


 妙に『この場所』という言葉へアクセントを乗せた言い方だ。僕ら三人が雁首揃えて顔を突き合わせているこの高校の玄関口のことを言っているわけではなさそうである。

 となると、ウロの夢から抜け出したこの夢のことか。


「まあ、そうですね。いつも見ている夢とは違います。初めての夢です」


 答えると、師階田が「へえ」と驚いた顔をした。そして、染石に対して「珍しいね、りっちゃん」と声をかけた。染石も僕を見てうなずいている。


「何が珍しいんですか?」


「君、高校生くらいかな?」


 質問に質問で返される。話を聞かれていないのかと不服に思いつつ、話の主導権が僕にないのはわかっているので「今年で十六になります」と言ってうなずく。師階田は「そこだよ」と指摘した。


「普通『共有夢』に来る人は、十歳になるまでには来てるもんだから」


 彼女は華奢な顎に手を当てて僕の問いに答える。聞き慣れない言葉に耳を引っ張られた僕は再び疑問を口に出してしまう。「共有夢?」と。師階田はというと、にこやかに笑ってから手を差し出してきた。


「ようこそ、九空埜くん。ここは共有夢。私たち夢見(ゆめみ)が過ごしていかなきゃならない、もう一つの世界だよ」



 夢見(ゆめみ)というのは遥か昔、紀元よりもさらに昔から存在していた能力者の集団らしい。

 集団と言っても一箇所に集まって暮らしていたとかではなく、夢見同士が出会うのはもっぱら夢の中。なんとも寝ぼけたやつらだ。師階田や染石、そして僕もその夢見なんだとか。

 彼らは眠ると半分強制的に共有夢を見る。共有夢とは世の中の人間の認識やイメージが重なり合った夢なんだそう。その姿かたちが現実世界に酷似しているのは、世の中の人間が皆リアリストであることの証明だろう。

 ここまでの話を師階田に聞いた僕は疑問を口に出す。


「じゃあ、お二人は起きたら現実にいるんですか?」


「そうだよ」


 師階田の隣で日本刀を持った染石が答える。


「きい姉も私も夢見だから今の出来事はしっかり覚えてるし。どこかですれ違ったら声くらいはかけてよね」


 つまり、僕の脳が作り出した夢の人物ではなくて、御本人ということなのか。

 染石の認識から僕は外れているみたいだが、クラスメイトである。彼女とはどこかですれ違うどころか今日も会っているし明日も会うことになるだろう。気まずいな。


「なるほど……」


 これまで夢はあくまで個人の脳内で発生しているものであり、例えるならばコンピュータのローカルにあるような物だと思っていた。しかし、今話されている共有夢というのはインターネットに近い概念のようである。であれば、夢見というのはネットの閲覧権限を持つアカウントと考えれば良いか。

 確かに今考えると、この夢が僕の頭の中だけで作られていると考えるには違和感はあった。

 ……通学路のイチョウ並木である。あの木々がイチョウだと僕は知らなかった。知らないところまで形作られているのは、僕以外の世の中の人間の認識で補完されているからに他ならない。

 しかしそうなると気になるのが犬コウモリの存在である。


「ここが世の中の人間の認識を体現した共有夢だとして、あのバケモンは何だったんですか? あんな生き物、現実では見たことがないです」


「あれは夢魔(むま)だね」


 今度は師階田が答える。


「今はざっくり、悪いことをするやつだと思ってくれればいいよ。武器や能力があれば対抗できる。……そうだ」


 思いついたように師階田はジャケットのポケットから一本のボールペンを取り出した。そして、ノックを一回したかと思うと紙も無いのに空中でペンを動かし始める。ペン先がなぞった空間に白く淡く光る軌跡が残る。見る見るうちに線の数が増えていき、重ねられた。見覚えのある形だと思っていると、ゲームや漫画で見たことのあるような一本の西洋剣。シンプルでオーソドックスな形だ。

 師階田は「一旦これでいいか」とつぶやくと、空中に描かれた剣の絵の柄をつかんだ。そして、引き抜く。線画でしかなかった剣に色がついていき、具現化していく。

 まるで魔法だ。

 目を瞠った僕はそれでもたった今起きた現象を受け入れる。僕だって夢の中でメモリ化の能力を手に入れたのだ。夢というのはどうも、昼間に生きてきた人間には思いもよらぬ力があるらしい。


「よいしょっと。ほら」


 剣を引き抜いた師階田は僕へ剣の柄を差し出した。受け取れ、ということだろう。僕は剣を握ると、金属製のずしりとした重みを感じつつ師階田の目を覗き見る。


「これ、なんですか?」


「剣」


「あ、そういうことではなく……」


 師階田は「冗談だよ」と言いながらペンをジャケットの内へ仕舞う。


「君はこれから現実だけじゃなくて、この共有夢でも生きていかなきゃいけない。だから、身を守るための武器を渡してあげるってこと」


 待て待て。それっていうのは詰まるところ……。


「僕に、『あれ』と戦えって言ってるんですか」


「でなきゃ、ここで生きていくのは難しいかもね」


 取り付く島もないというのはこういうことだろう。あくまで自分の面倒は自分でみるべきであるという意図なのかな。その考え方自体に否定はないのだけど、これだと色々と突然過ぎて困ってしまう。

 唖然としながら剣を握っていると、染石が僕の肩を叩いてきた。


「大丈夫だよ。きい姉は脅してるけど、夢魔なんて本当はそんなに出くわしたりしないんだから」


 夢魔が出ないというのが本当かどうかは知らないが、僕を励ましている様子だ。励ますくらいなら守ってほしいとも思ったが、染石の表情と言葉からして、僕に付きっきりというつもりは全くなさそうである。

 うまく返事も出来ないまま、今度は師階田が再び話し始める。


「済まないが、私たちはこれから行かなきゃいけない場所がある。君は十六になるんだろう。りっちゃんと同い年なわけだ。それに……いや、これは良いか」


 彼女は思わせぶりなことを言いつつ、加えて「何かあればこの辺に来るといい。私たちはしばらく維目高校周辺で活動している」とのたまう。それから空を指さして笑う。


「助けを呼んでもいい。あんまり人が居ないんだ。声はよく通るぞ」


 まるで少女のようないたずらっぽい笑みを浮かべたまま、背を向けて歩き出してしまう。引き留めようと思いながら、掛ける言葉も浮かばない僕は口をパクパクさせる。朝になるまで守ってよ、なんて恥ずかしくて言えないし、どうやら予定もあるそうなのだ。僕の都合で邪魔をしてはいけないと思ってしまう。

 染石も去っていく師階田を追いかけながら「じゃ、またどこかで!」と呑気に手を振った。

 置いていかれた僕はもらった剣に目を落とす。師階田がサラサラと空中に描いた剣だが、重みは明らかに本物である。これで戦えと言われても、僕には剣道を始めとした武道の経験はない。主張の出来ない僕は友人との喧嘩だってまともにしたことが無いのだ。


「重……」


 こんな鉄の塊を持って歩き回るのは嫌だな。とりあえずどっかに仕舞うとしよう。……メモリ化能力があって本当に良かった。

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